第2話 クエスト

 リューが耳元でささやく。


『小娘、警戒しろ。後ろだ。――何者かに付けられてるゼ』


 もちろん私も何者かに追跡されていることは気づいていた。私が組合を出てから後ろを付けている者が一人。フードを目が隠れるほど深く被っているため、その表情はハッキリとは見えない。


 だが、追跡者が素人であることはほぼ間違いないだろう。アサシンや、人拐いであればもっと慎重に気配を消して後をつけるはずだ。


 どうしたものかと悩んだが、みたところ服の下に暗器を所持しているようにも思えない。


(……とは言っても、いつまでも付けられているのはいい気分はしないわね)


 過去には興味本位で付け回してくるような輩もいた。その大半がアレな感じの趣味の残念な男性だったのだが。私のような背丈の女性に関心を持つ男性もいるのだ。


 世界は広いというか、世も末というか。……当事者である私としては極めて複雑な心境だ。私は足を止め、意を決して後をつけてきていた者に問いただす。


「なにかご用ですか?」


 追跡者はフードを脱ぎ、頭を下げる。見たところ二十代前半くらいの女性だった。あちこち縫い付けた跡のある、年季の入った服を着ていることからも、それほど生活に余裕がないことは明らかだった。


 それだけではない。目の下は落ちくぼみ、かなり焦燥したように見える。


「す、すみません。……決して、付けるつもりはなかったのですが」


 女性は身振り手振りで、自身の潔白を証明しようとしている。


「……その、あなたは、本当に?」

「はい。魔物討伐専門の冒険者、タニアです」


 組合での話を聞いていたのだろう。私の容姿を見て、それでも冒険者だと信じるしかない。それほど、精神的に追い詰められているということなのだろう。


「どうか……ダンジョンから帰らなくなった旦那を……助けてください!」


 女性は絞り出すようにして声を出す。その頬には一滴の涙が伝っていた。

「任せて下さい。この依頼、しかと承りました」


 よほど感極まったのか、女性はその場で膝を付き、まるで神に祈りを捧げるかのように、私に何度も感謝していた。


「急ぎの対応が必要なようですね。辛い中、申し訳ないのですが、できるだけ詳しい情報を聞かせてくれますか?」


 私は、女性の肩に触れ、そう問いかけた。



   ◇



『小娘。おめぇもつくづくオヒトヨシだねぇ』


 呆れたように呟く。リューの言い分もわからないでもない。確かに、冒険者としては甘いのかもしれない。


 ……それでも、わらにもすがる思いで助けを求めてきた女性を見過ごすことはできない。


「これはれっきとした仕事よ。前払いの報酬も貰ったわ」


『つっても、報酬がパンとこれっぽちの魔石じゃね。……ワリあわネェ』

「……むぅ。文句言わない。食べ物を恵んでもらっただけでも感謝しなさい」


『まっ、おめぇも、我も仕事選べるよーな立場じゃねーしナッ』

「そゆこと」


 そこでリューとの会話は終わった。依頼者の女性としても、素性の知らない相手に頼むのは賭けだったと思う。


(あの女性にとっては、私たちにくれたパンや、魔石だって貴重な物だったはず……)


 私も、プロの冒険者だ。ロハでは仕事は請け負わない。報酬は前払いで既にもらっている。その額の多寡に関わらず、報酬が発生した以上は必ずやり遂げる。


 それが、冒険者だ。いい加減に仕事をこなすつもりはない。依頼内容はダンジョンから戻ってこない旦那を探して欲しいというもの……。


『なあ、小娘。……今回の仕事の意味、理解してるよナ?』

「……。そうね。わかっているわ」

『ヌルい期待は持つなよ。ぶっちゃけ、たぶん気持ちいい結果にゃならねーから』


 ダンジョンに潜って何日も帰ってこない冒険者が実は生きていた。……そんな例は過去に一度もなかった。ダンジョンは甘くない。そして、この手の依頼は珍しいものではない、だが……その結末は……。


『……ま、旦那の形見一つでも持ってかえられれば、少しは気持ちの整理もつくだろうヨ』


 魔物に食い散らかされた遺体から形見を拾い、依頼者に渡す。形見を受け取ることで大切な人の死を実感として受け入れることができる。そういう儀式的意味あいが強い依頼だ。


「…………」


 ダンジョン内で何日も行方不明になっていた者を連れ戻せという依頼は、アリの巣に落ちたアメ玉を拾ってこいと言われているのも同義。


(……。でも、……それでも。万が一にでも可能性があるなら……)


 そもそも私が冒険者になろうと志した理由に立ち返る。そうだ、私のように悲しい想いをする人が少しでもいなくなるように。


(そう思ったからこそ、厳しい訓練にも耐えることができた)


 行方不明になってまだ二日。……どこかに隠れているのならば、あるいは。自分の頬をピシャリと叩き、気合を入れる。


「行くよ。リュー」


『って、オイ。さすがに夜はヤベーだろ!? せめて日を改め……って、うわぁッ!』


 竜殺し包丁を担ぎダンジョンへと向かうのであった。

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