第4話 分かっているから、確認する

 炎成エンセイにおける『御前試合』。


 それは戦力の要である強化外骨格『よろい』を、中央軍と炎成エンセイ軍が量産型での一対一の試合で外征前に行い、互いの練度を確認するデモンストレーションだ。


 とはいっても、安全を考慮して各種武装を外して徒手空拳の模擬戦出力で行われる。


 ***


 長城砦ちょうじょうとりで、野外特設演習場。


 その天覧席にて。


「さて、今回も此方こちらが勝てればよいのですが」


「どうだか。現役とはいえ、五百年モノに負け続けるのも飽きた。俺の代で勝たせてもらう」


「フレームがそれなだけで、他はマイナーチェンやアップデートはしてますよ?」


 周りの護衛の目もあってか丁寧な口調の鷲相シュウソウと、どこか不満気な黒狼コクロウ豪奢ごうしゃな椅子に座って、眼下の適度な緊張感漂う広大な演習場を観ていた。


 そこには既に中央軍と炎成軍の『よろい』──『刃隼ジンジュン』と『量狗リョウク』の二機が待機していた。


 相対している距離は五十メートル。


 識別の為、前者が黒、後者が白に全身をペイントされている。


「最新鋭とロートル。浅いと深い。他を挙げればキリがないが、こんなところか」


「仕手については言わないのですか?」


「それは言わずもがな、だろう」


「基礎と実戦の差と言いますか」


 鷲相シュウソウが補足をして、黒狼コクロウは呆れた溜息をついた。


炎成エンセイは実戦に関して、他邑たゆうを大きく上回りますからな」


「それも含めて分かっているから、言わずもがな、なんだ」


 皇太子の不機嫌を隠さない声色に、邑長ゆうちょうはハハと笑う。


 主同士の妙な対立具合に、双方の護衛に気まずい空気が流れる中、外では開始の合図のサイレンが鳴った。


 ***


『両者、構え!』


 拡声術式から、審判役の掛け声で臨戦態勢をとる。


 黒の『刃隼ジンジュン』はスマートなシルエットに、一・八メートル程。


 緑の両眼が鋭く光る。


 対する白の『量狗リョウク』は鈍重そうなマッシヴさで、約二・五メートル。


 凸型のバイザーからモノアイが透けている。


『始め!』


 先に仕掛けたのは『量狗リョウク』からだった。


 白の巨影は優れた出力と強靭なフレームを活かしてのタックルを仕掛ける。


 五十の距離を瞬時に一歩の踏み込みで詰める。


 音の壁を破り、波を放って、遅れて破れる音がする。


 後手を取った『刃隼ジンジュン』は、しかし、軽快に飛んで迫る相手の肩に、手をついての空中前転で背後に回った。


「お見事」


「曲芸だ」


 鷲相シュウソウが褒め、黒狼コクロウが吐き捨てる。


 黒の長躯はバックステップとスピンを兼ねた足捌きで、最高点に達した白の背中に右裏拳を叩き込む。


 『量狗リョウク』は慣性のまま倒れ込み、迫る拳を伸びた左足で跳ね上げた。


 体が空いた『刃隼ジンジュン』は視覚素子で、巨影が倒立するのを捉える。


 その姿勢から両の爪先が全身の金属筋肉の出力で、強制的な肩起点による直角回転の二足が振り降ろされた。


「無茶をする」


「こうでもしないと、勝てませんので」


 黒の機体は回避不能と見るやいなや、左腕を上げてガード。


 ズンッ! と、火花と衝撃波。


 受けた側の地面を中心に亀裂が大きく発生する。


 倒立の側は相手より早くアジャスト。開脚からの速度重視で回し蹴りを叩き込み、距離を取らせた隙に二足正面で向き直した。


 『刃隼ジンジュン』側も向き合う。


 再び接近するのは『量狗』。白側から見て右。先程ガードさせた腕側に回り、牽制打を複数放つ。


「ウェイトに差があるとやはり辛いな」


「差し込める隙に差し込まねば、足回りで勝てませぬので」


 黒は叩き落とされた二足を受けた影響で、左半身に幾らかのダメージが回っている。


 デッドウェイト、とまではいかないが、機動力を活かしたヒットアンドアウェイをするにはそれなりに以上に威力と駆動が落ちていた。


 白も吹き飛ばす以上の打撃を加えられないでいた。


 下手に距離が出来てしまうと、軽く機動力のある相手の引き打ちを許してしまう。


 打てて、速射の乱打。削ることは出来ても決定打には遠い。


「起点を潰されるのが痛いな」


「いつ逃げられるかヒヤヒヤしているので」


 『量狗リョウク』がやや有利の膠着状態。『刃隼ジンジュン』の左半身にダメージが蓄積されていく。


 黒がバックステップで距離を取ろうにも、白が下段の蹴りを差し込むので、遅れる左から崩れ、それを戻すワンテンポで距離を詰められてしまう。


「で、近づく訳だが」


「振りほどくのは容易いですな」


 『刃隼ジンジュン』がまともな牽制打を放てない左を抱えたまま、右を放とうにも、振りが見える分、速度が乗る前に『量狗』の重量差のある対角の拳を当てられ、威力を殺される。


 白の右が来る前に、黒は無理矢理の前蹴りの反動で最低限の距離を取った。


「やれやれ、始めの振り下ろしが効いてるな」


「背を見たら追撃する、を逆手に取ったまでで御座います」


 試合の趨勢すうせいが決まりつつある状態に反省と謙虚が互いの落ち度・有利を分析する。


 『刃隼ジンジュン』は左半身にダメージを大きく蓄積していた。


 そして、左から体勢を崩した。


「さて」


 『量狗リョウク』はここぞとばかりに右の回し蹴り中段を叩き込む。


「パワーでは勝てないが」


 黒が跳ぶ。


 フェイントであった。


「スピードは勝たせてもらう」


 崩れたと見せかけた左の溜めから、覆いかぶさるように跳んで相手の右脚に組み付き、膝関節を極めて折る。


 鈍い金属音。


 遠目からでも分かる、『量狗リョウク』の膝から先があらぬ方向に曲がっていた。


「なるほど、瞬発力と軽快さは確かに」


 両者の動きが一瞬止まる。


「ですが、折れた程度で止まるツワモノはおりませぬので」


 白が折れた右脚を振り抜き、その勢いで体軸を回し、軸足のフレームが軋むのを強引に無視して跳ぶ。


 組み付いた黒を左脚とで挟み、跳んだ勢いと空中錐揉み縦回転。全身の力と落下加速をつけて、地に叩きつけた。


 その大きな震度は天覧席の観客達にもハッキリと伝わった。


 ***


『両者、そこまで!』


 拡声術式に決着の号令が響く。


 土埃から立ち上がったのは右脚を引きずる『量狗リョウク』だった。


『勝者! 炎成エンセイ!』


 審判が地に伏す中央側の『よろい』が戦闘不能と判断して、勝者を名指す。


「ふーっ、今回もなんとか勝てましたな」


「そうだな。残念だった、と言っておこう」


「身に余る光栄で御座います」


「……あのバカ、茶番にここまでヤるか」


 皇太子がボソリと呟く。


「どうかなさいましたか?」


「独り言だ、気にするな。それより、早く回収してやれ。兵が気の毒だ」


「は、直ちに」


 鷲相シュウソウは投影端末を開くと、通信で部下に連絡を入れる。


 下ではすでに回収班が出張っていた。


 ***


「お疲れ様です。赫鴉カクアさん」


「おう、お疲れさん!」


 炎成エンセイ側格納庫にて。


 右脚のひしゃげた『量狗リョウク』の背から赤髪の美丈夫、赫鴉カクアが飛び降りた。


「大丈夫ですか?」


 小柄なドワーフの整備兵が、涼しい顔をしている彼に尋ねる。


「あ? 炎成エンセイの通例だろ? 外征前の御前試合を通り名持ち武侠が担当すんのは」


「そっちもそうですけど、脚の方ですよ」


「大丈夫、大丈夫! 靭帯断裂とか骨折くらいなら、勁力けいりょく操作で再生出来っから」


 そういう赫鴉カクアの脚は、既に健常状態と変わらないスラリとした美しさになっていた。


「しっかし、面子保つ為とは言え、赫鴉カクアさんがわざわざ出る必要あります?」


「しゃーねえだろ。中央の『よろい』もいい加減追いついてきてんだから。俺じゃなかったら、手脚のもう一本二本はオシャカ。なんなら負けてたぜ?」


「そりゃ、そうですけど……」


 納得と不満が入り混じった整備兵を横目に、赫鴉カクアは呑気にストレッチを始める。


「やっぱり窮屈でしたか」


「まあな。限界までチューンしてはもらったが、それでもキツい。マー、そもそもハードもソフトもテメエを想定してないんだから、仕方ないが」


「模擬戦中は勁力けいりょくの操作も出力も不可ですから、装備無しでの素潜りのようなモノですか」


 だな、と赤髪は筋肉の凝固を伸ばして解消する。


「でも、通り名持ちが乗ってたのバレたらどうなるんですかね?」


「あん? アイツ……、じゃねえ。皇太子サマ、つか来る皇族なら大体公然の秘密だぜ? それに『魔識皇剣ましきこうけん』の知覚だったら、俺が乗ってるって分かるだろうし」


「……うわー、政治クサイ」


「実際政治だよ。ウチは勝って『実績に対して実力を担保しました』で、アッチは負けて『実力を確認しました。戦力として活用出来ます』って具合にな」


 整備兵はうへぇ、と舌を出す。


 無駄にスケールの大きい『お役所仕事』と感じたのかもしれない。


「なら、なんでこんなマジに潰しに来ますかね? 手を抜いて負ければいいのに」


「それは中央の都合だ。勝てば中央製の『よろい』を各邑かくゆうが欲しがる。『鉄火場の炎成エンセイの『よろい』に勝った』って箔がつく。んで、中央が贔屓してる企業が儲かる」


「随分と品のない話です」


 整備兵は口を尖らすが、


「じゃあ、オメエらを食わしてるのは、どこにいるんだろうな?」


「……潤滑油の揮発性物質を食べます」


「向上心があって結構。ただ、好き嫌いの多いヤツもいるってことを忘れんな」


 赫鴉カクアは開脚で股座を地面につけて、更に伸びる。


「じゃあ、ウチの『よろい』を増産して他邑たゆうに売るのは……」


「ダメだな。内外にいらん緊張が走る。今の数で割とギリギリなんだ。そう旨い話は転がってねえよ」


 バッサリと切り捨てられた隣の兵は、ガックリと肩を落とす。


「そんだけオメエらはデリケートなモン扱ってんだ。有り難えとは思ってんぜ」


「なら、もっといい資材を回して下さい」


「親父に言っとく。まあ、期待しとけ」


 あ、コレ口約束ですねー、と整備兵は余計肩を落とすのであった。

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