第40話「妹の心の闇」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんは私のことが嫌いですか?」
突然の発言に俺は面食らったが、しっかりと否定する。
「まさか! 俺は妹を大事にしているぞ」
「でしたらもっと直接的な愛情表現も……」
「家族で仲良く暮らしているのにそれ以上何を求めるんだ?」
茜は嬉しさと悲しさの入り交じった表情をしていた。そして滔々と語り出す茜。
「お兄ちゃんは私のものであってお兄ちゃんは他の誰にも渡さないしお兄ちゃんは私だけを見ていればよくてお兄ちゃんは他の女の子と関わる必要は無くてお兄ちゃんが私以外を見る必要は無くてお兄ちゃんは私がいないと生きられないはずでお兄ちゃんは私のことを愛しているはずです!」
よく分からない理論をまくし立てられて困惑してしまった。とりあえず俺が茜のものになっていないのが気に食わない程度の事は俺にでも理解できた。しかし俺は自由意志を持つ一人の人間だ。妹の思い通りに動くつもりはない。
それにしても茜は俺に依存しすぎではないだろうか? それが問題と言うより、依存するのが俺でなくても問題無いのではないかと言うことだ。その辺の男にも惚れてしまえば同じことを言いそうな不安感がある。
「お兄ちゃん……私のことが嫌いなんですか? 私はお兄ちゃんのことを愛していますよ」
妹が圧をかけてくる。それに屈する気は無いのだが、確かに最近の生活は他のことより妹を優先していたような気がする。
「いや、嫌いじゃないよ……ただちょっと重いかなって思っただけで」
茜が顔を真っ赤にして反論してきた。
「お兄ちゃん! 私はお兄ちゃんが有象無象にたぶらかされないために全力を尽しているのですよ! それをそんな言い方をすると傷つきます!」
「俺の所有権は俺にしかないよ。なんでそんなに俺にこだわるのかは分からんが、もう少しまともな人がいるんじゃないか?」
茜は衝撃を受けたような顔をしてあり得ないという顔をしている。
「妹がお兄ちゃんを好きなのは当然のこと! お兄ちゃんを求めるのは妹として当然! お兄ちゃんは妹のために存在しているんですよ!」
「普通に怖いんですけど……」
独占欲というか固執というか執着というか、とにかく妹は俺を買いかぶっているらしい。俺はそんなに大した人間ではないのだから慕われるのはおかしいと思う。もし俺が女だったら俺を選ぶとは到底思えない。だからこそその執着に理解をすることが出来ず、理由の無い固執にゾクリと本能が警告を上げる。
「お兄ちゃんは私のものになればいいんです! 私以外に一緒にいてくれる人は必要無いんです!」
すごい断言だった。俺に対する妄執と執心と偏執の塊のような発言だ。ただし、正直に言おう、俺は茜が俺にそこまで執着してくれることが少しだけうれしかった。誰にも愛情というものをもらった記憶が無いので、重すぎたとしても愛情は確かにうれしかった。
「お兄ちゃん、グループLINEから抜けませんか? 私が情報は教えてあげますし、余計な情報を知るのはいいことではないと思うんですよ! 私がお兄ちゃんのために情報のキュレーションをしてあげたいです!」
とにかく俺の監視がしたいらしい。もちろん俺はそんなことはゴメンだし、出来る限りの自由が欲しい。茜がいくら妹でも自分の全てを預ける気にはなれない。
「悪いが俺はなんでもかんでも縛られたくはないんでな……悪いがお前の意見を全部受け入れる気は無い」
そう言ったところ茜は涙目になった。
「だって……お兄ちゃんは隙あらば他の子に視線をやるじゃ無いですか! それにお兄ちゃんが私を嫌っていないと言っていたのを覚えていますよ! だったら正直に私に従ってくださいよ!」
「悪いが俺は自由というのは尊いものだと思ってる。それを捨てるかどうかは個人の自由だが人に矯正することは絶対にできないと考えてる」
「お兄ちゃん! 私の気持ちの告白を正論で返すのはやめてください! 私は嘘であってもお兄ちゃんは私に優しくして欲しいのです!」
「はいはい、茜は偉い偉い」
そう言って隣の茜の頭を撫でる。さすがにこれで誤魔化されるほど単純ではないだろうが、時間稼ぎはしたかった。
「ふぅ……お兄ちゃんが私にスキンシップしてくれたので今日は許してあげます」
お、いいのか?
「ちなみにスキンシップは毎回過激にならないと納得しませんからね? ふへへ……あんなことをされてしまうかもしれませんね……」
「ではお兄ちゃん! 私はもう寝ますので部屋に戻りますね!」
そう言ってダッシュで部屋に帰っていった。俺はやることが無いので部屋に帰ったのだが、その日は隣の部屋から艶めかしい声が漂い、何をやっているのか聞く気は無いが、きっと訊く気が無い方がいいのだろうな。
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