第16話「妹と一杯のコーヒー」
俺はキッチンでコーヒーを二杯淹れようとしていた。茜はテーブルでコーヒーが出来るのを待っている。たまには俺も料理の真似事くらいはしようと思う。
豆をコーヒーメーカーに突っ込んで水をジョボジョボと注ぎスイッチを入れる。ゴリゴリと豆がすりつぶされて香りが立つ。苦味が恋しかった。一人でコーヒーを飲んでいる時間はどこか寂しいものだったが、今はそうではない。
「お兄ちゃん! 砂糖とミルクマシマシでお願いします!」
「はいよ」
誰かのためにコーヒーを淹れるというのも何時ぶりだろうか? 美味しいコーヒーを淹れるということに自己満足以外の要素が入るのも久しぶりだ。妹と一緒に飲むというのは初めてなのでミルクと砂糖を入れるかも聞いておいたのだが、正解だったらしく俺と違ってどちらもたっぷり淹れて欲しいということだった。
コポコポと音を立てながらドリップが進む。
「お兄ちゃん、お茶請けのビスケットは用意しましたよ」
「それはよかった、久しく何か食べながらコーヒーを飲むなんてなかったからな」
「じゃあどうしてそんなにコーヒーを淹れ慣れてるんですか?」
「眠気覚ましにはよく飲んだからな」
茜はやれやれと呆れている様子だ。
「もうちょっと食事を楽しみましょうよ! 食べたり飲んだりってもっと楽しいことですよ?」
深く考えたことのないことだったが、食事を楽しむ……そう、これも食事の一つなのか。確かにとうにコーヒーを飲んで美味しいと感じたことはなかったかもしれない。カフェインを摂取するだけの飲み物、そう考えていた。
「そうだな、たまには俺も砂糖を入れて飲んでみるか……」
砂糖無しの方が目が覚めるような気がしてブラックばかり飲んでいたが、楽しむのなら砂糖を入れたっていいだろう。
ピッ!
ドリップ終了の音が鳴る。俺はマグカップを二つ取り出しピンク色の方にはミルクと砂糖を多めに入れ、青色の方にはコーヒーを一杯と砂糖を一本、それぞれ注いでピンク色の方を茜の前に置いた。
「どうもありがとうございます」
「ああ」
俺は一口すすってみる。確かに美味しい味がした。砂糖というのは味が引き立つものだ。熱いコーヒーを飲みながら茜の方を見るとちびちびと少しずつ飲んでいた。コイツ、コーヒーが苦手なんじゃないだろうか?
「コーヒー苦手だったのか?」
「いえ、ミルクさんとお砂糖さんの力を借りればちゃんと飲めますよ! 決してMAXコーヒーみたいな甘いものしか飲めないというわけではないです!」
「そうか、次からは苦さ控えめの豆を買うようにするよ」
「私は察しの良すぎるお兄ちゃんは好みではないですよ?」
「そうかい、俺は察しが悪い方だがな……茜はわかりやすすぎるんだよ」
「肝心なところは無視するくせに……」
「何か言ったか?」
「お気になさらず」
昼下がりにコーヒーを兄妹で飲みながら、久しぶりに味を気にしたのだが、いつも味を気にせず飲んでいたのでこれが美味しい部類に入るコーヒーなのかは不明だ。なんにせよ茜の満足そうな顔を見るだけで、コーヒーを淹れてよかったと思うのには十分すぎる。
「お兄ちゃんはコーヒー派なんですね。最近じゃエナドリで済ませる人も多いというのに」
「エナドリは甘すぎる。シュガーフリーもあるがアレは不味いんだよ」
茜はクスクスと笑って俺に言った。
「おかげでお兄ちゃんが淹れてくれたコーヒーが飲めるんですからそこは感謝していますよ」
そう言って笑う茜に俺はこの豆が切れたら次はもう少し高級なものにしようと思う、コーヒーの味を追求しようと思ったのは自分でも意外だった。
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