第47話 兎
王都ネフトリア、その南方に位置する小規模な城塞都市タガル。その石畳の街道をフラフラと歩く小柄な男がいた。マントを羽織り、そのフードを目深に被ったその男は誰であろう、シンノスケだ。布製の袋を肩に担ぎ、自身の背よりも長い棒を持って、その棒を時折地面に突きながら、フラフラと歩いている。フードの下のその顔は、にやけた表情を見せたかと思えば、苦悩の表情に変わり、そしてまた、ニヤニヤと下卑た笑みへと移ろう。そして、彼は街道の真ん中に立ち止まり、手に持った棒を肩にもたれさせ、空いた両手のひらで自身の頬をぴしゃりと叩く。すれ違う数人がその様を目撃したが、皆、いぶかしげな表情を浮かべるだけ浮かべて通り過ぎていく。
「ん、切り替えなくちゃ」シンノスケは独り言を言い放ち、再び歩き始める。
雨が上がった後の濡れた石畳の上をさっきよりはシャンとした足取りでシンノスケは歩き、たまたま目についた一軒の食堂に入った。夕食にはまだ早い時間のその食堂の中はガランとしていた。店員の男が一人、奥のカウンターの中であくびをしている。「いらっしゃい」歓迎でも拒絶でもない言葉を発して、男はシンノスケに特に関心を示そうともしない。シンノスケは男のいるカウンターのその横の壁のクエストボードを見つけて、その前に立った。
「冒険者なのかい?」男は興味なさそうにシンノスケに声をかける。
「あ、あぁ。そのようなものだ」シンノスケは答える。
「一人で受注するのか?」
「そうだな。この通り一人旅をしている」
「今は大して派手な依頼もないが、一人で出来そうな小遣い稼ぎ程度の依頼なら、そら、その下の方に何枚か貼ってあるだろう?どれでも好きなものを選ぶといい」
「あぁ。ありがとう」
シンノスケは男に言われるがまま、クエストボードの下部の方に目をやる。
「この、野兎十羽の納入クエストというのは難しいのか?」シンノスケは目に止まった一枚の依頼について男に訊ねた。
「難しいも簡単もない。そこに書かれているとおり、野兎を十匹狩ってくりゃいいだけさ。この町の名物だからな、野兎料理ってのは。その依頼はいつだって受付中だし、狩った兎の鮮度は大事だが、とりっぱぐれのない固い依頼さ。それ、受けるかい?」
「この兎がたくさんいるのはどこだ?」
「そこらじゅうにいるよ。ヘタすりゃこの町の中にもいるかもな。でも、まぁ、西の平原か、その先の森が一番の狩場らしい。それで、にいちゃんの獲物はその棒かい?」
「あぁ、僕は罠士なんだ」
「そりゃあいい。それなら野兎の十匹くらいなんてことないな」
「狩ってきた兎はここへ持ってくればいいのか?」
「あぁ。うちに持ってきてくれ。『これはどこの料理屋も嫌がって取ってくれない』みたいに酷いヤツじゃなければ、即金で支払うぜ」
「そうか。わかった。ありがとう」シンノスケはそう言って店を出る。
「とりあえずは金がいる。一人で出来る事を少しづつ試していくしかない。行く当ては特にないけど、僕はもう、旅人で、冒険者。稼いで、食って、寝て、そのうちに何か目的を探そう」
酒にせよ、ドラッグにせよ、摂取し続ける事で深みに入り、それらを断つ事で回復が為る。幸か不幸か、シンノスケが王都ネフトリアから一人でここまでくる中で、嘆きの石を手に入れる機会は無かった。狂気と自己嫌悪が波のように交互に現れるまどろみから、シンノスケは脱しつつある。
シンノスケは西へ向かいながら、兎を狩るのに適したスキルに思いを巡らせている。
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