第44話 代償

「あんたが受注したこのクエスト、長く放置されていたあの紙の内容は、あの村に滞在中に事ある毎に目に入っていたからな。その報酬額と内容と持ち帰ってくる魔獣の部位は頭に入っていた。そんな折、私があのちからこぶ亭の前を歩いていたら、逃げるだの食い逃げだのって大きな声が聞こえて来たんだ。それが気になったもんだから、通りから店の中を覗いてみたらアンタらがその騒ぎの真ん中にいて、そのうちにあのクエストを受けるって話になった」近くの木々から引きちぎった蔦を縄代わりにして縛られたそのエルフの男は、トーマとトキとレオに囲まれた中でそう言った。

「んー。なるほど。オレ達が今回のクエストの討伐目標、大きく育ちすぎた電気ウナギみたいなヤツ、なんだっけ、ゼローマ、だっけ?を打ち取った後に、その解体部位を横取りするつもりだった訳だ。そっか。ま、トキがあんたと通じていたとかじゃなくて、とりあえず良かったよ」トーマは言う。

「なっ!このアタシがトーマさんを裏切るだなんて、そんなことはあり得ないですよ!」トキは焦ったように手を振って言う。そのオオカミの手の肉球が激しく左右に行き来する。

「オマエ、あの時、オレに全てを任せて食い逃げする気満々だっただろうが!」トーマはトキの肩を拳で軽く殴る。

「あの時、逃げるって言葉を大声で叫んだのはトーマだ。あの時トーマが大声を上げていなかったら、彼が僕らを追ってくる事はなかったんじゃね?」レオがからかうような調子でトーマに言った。そして「そーですよ、トーマさん!誰が悪いとかじゃないですけど、あの時のトーマさんの大声があってこその今っぽいですよ!」と、トキは言う。

「オマエが言うな!」トーマとレオはまた、トキに向かって同時に同じことを言った。


「しかし、トキといい、あんたといい、なんとなくだけど、暴力で誰かから何かを奪うような感じには見えないんだよな。でも、オレからすれば、あんたは二度目の盗賊だ。そして、今はこんな森の中だ。殺されたって文句は言えねーぜ?」トーマは鞘から小太刀を抜きかける。刃に反射した太陽の光がエルフの男の目に入る。男は目を閉じて「言い訳などしない。殺されても仕方がない。だが、トキ!」男はトキに向かって声を上げた。「すまんが、このクエストを成功させたその後に、私の四人の妹たちに、一食だけでいい。メシを食わせてやってくれないか。ほんの少しの期間の盗賊一味だったとはいえ、縁を感じてくれるのなら、頼む、この通りだ」エルフの男はそう言って頭を下げた。


 トーマは小太刀を抜ききって、男を縛っていた蔦を切った。エルフの男は驚き「なっ、どういうつもりだ?」とトーマを見上げて言った。

「まー、一応、縛ってたけどさ。あんた武器も持ってないじゃん。あの時に没収したオレが言うのもアレなんだけどさ。かなり、ギリギリなんでしょ、あんたと、あんたの妹たち。何も死ぬことはないし、そして、存在をオレ達が知った以上、あんたはオレ達の脅威にはならない。だから、解放するよ」と、トーマは言う。

「そうだな。元はと言えば、トーマが食い逃げを大声でアピールした事がそもそもだしな。それに、魔が差すって事もあるよな」ため息交じりにレオは言い、「待て、そもそもは際限なしに食いまくったトキのせいだ!」トーマはそれに対して反論する。「ホントーに、すみませんでしたー!」トキは平身低頭、二人に謝る。


「せめてもの償いに、手伝わせてもらえないだろうか」エルフの男はそう申し出た。トーマたち三人が先へ進もうとしたその時に。

「あー。気持ちはありがたいけど、あんた、丸腰じゃないか。手伝うったって、どうやって?」トーマが問うと、男は立ち上がって近くの木に触れながら口の中で何やら呪文らしきものを呟きだした。トーマたち三人は身構える。が、男は「安心してくれ。危害を加えるような事はしない」と言った。程なくして、男が触れている木に巻き付いている蔦が上の方からゆっくりと剥がれて垂れ落ちてきた。「植物魔法だ。我々エルフ族に伝わるものだ。代償を思うと多用は出来ないし、他人に知られるのは危険なのだが。私は植物を操る魔法を使える。多少は役に立つだろう」降りてきた蔦はゆっくりと動く中でトキの身体にまとわりついてトキの身体を持ち上げる。そして、突然その力を解く。トキは腰程の高さから落とされ、尻をついた。「いったーい!なにすんのよ! 危害を加えてんじゃないのさ!」とトキは悲鳴を上げる。

「へぇ。いい魔法だな。それじゃ、手伝ってくれるか?オレはトーマ。あんたは?」

「私はミュスカー。役に立てるよう、尽力する」トーマは手を差し出し、二人は握手した。


「オレは幼い頃、両親に放っておかれがちでさ。腹が減って減ってどうしようもない時にとりあえず水を飲んで誤魔化したりしてたんだ。メシが食えない時の辛さはよく分かるんだよ」

 鬱蒼と木々が茂る森の中を縦に並んで歩く中でトーマはそう言った。トキとミュスカーとのそもそもの出会いをトーマが話し、元盗賊の二人を受け入れたトーマの事を「お人好しだ」とレオが評したその後で。

「だから、えーっと、当初の約束を破る訳にはいかないから、報酬が手に入ったらちからこぶ亭に支払いを済ませた後に三等分、山分けだ。その後で、オレとトキの分を合わせてそれを三等分して、ミュスカーに渡す。それでいいな、トキ」

「えー! なんかよく分からないけど、それって、アタシの取り分が減るって事ですよね。えー!」トキは不満を顕わにする。

「そんな気を使わなくてもいいよ。最初から四等分でいいよ」と、レオは言う。最後尾を歩くミュスカーは何かを言おうとするが、声は出さない。

「レオがそう言ってくれるんなら、四等分という事にしようか。トキに拒否権はないぜ?」トーマが言い、トキはふくれっ面をし、レオは「オッケー」と言った。

「かたじけない……」ミュスカーは両の拳を握りしめながらそう言った。


「そう言えば、さっきの植物魔法、代償がどうとか言っていたけど、魔法を使うのに代償が必要なのか?」トーマは自身の持つ合成や幻影分身、影縫かげぬい等のスキルもまた魔法の様なもので、それらは特に代償を必要としない事を思いながらミュスカーに問いかけた。

「我々の植物魔法は使えば使う程に死から遠ざかるのだ」

「なんだそれ。死ににくくなるのの、どこが代償なんだよ」ミュスカーの言に対してレオは言う。

「いや、死ににくくなるわけじゃない。安らかな満足いく死が得にくくなるんだ」

「どういうことだよ」トーマは訊ねる。

「我々エルフもキミ達と同様に動物なんだが、植物魔法を使えば使う程に、その存在が植物に近づいてしまうんだ。禁忌を破る程に魔法を使い続ければ、いつかは植物そのものになってしまう。そうなってしまった者の魂はどうなるのか。正確な事は分からないが、その先に動物としての死は失われてしまうのは間違いない。魔法の行使に代償はつきものだが、我々のそれはとても恐ろしい」

「代償か……」トーマはそう呟き、レオと顔を見合わせる。スキルボードを進める事で得た自分たちの魔法のようなスキルの数々に、代償などは必要がない事を目で確認しあう。

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