第43話 ミュールの森
「はぁ……、どうしてこんな事になってしまったんだろ」肩を落として森の中を歩くレオはため息と共に愚痴を漏らす。
「済んでしまった事は仕方ねえ。第一、レオも旅を続けるのに路銀が必要だったんだろ? それなら、こうやって三人で稼ぎに臨める事をラッキーと思ってもいい」トーマはなだめるように言う。
「そうッスよ!済んだ事は仕方ないです!前を向いてまいりましょー」トキもレオに声をかけた。昼間のトキはオオカミの特徴が強く出ている。少しだけこもった様な響きの声になっている。
「オマエが言うな!」トーマとレオは同時に言う。
「ギターを担保にする事でなんとか、話をつけられたんだからな! クエストをさっさと終わらせて、さっさと昨日のメシ代を払いにいくぞ!」レオは気を吐く。
「あぁ。分かってるよ。しかし、レオ、オマエは吟遊詩人か何かだと思っていたら、弓使いだったのかよ。驚いたぜ」
「ネフト王国で転生者同士で集まれたならともかくだ。たった一人異世界に放り込まれて、しかも吟遊詩人として生きろと言われてたら、流石にもうそれはムリじゃね? それよりも、僕には何の財産も持たずに旅をしているオマエらの方がよっぽど驚きだよ」憮然とした態度でレオは答える。「まー、そこには色々と事情があるのさ」トーマは言う。
クールゲ村の南に位置するその森は、イルゴル王国を出た後にトーマが見てきた森とは様相が違っていた。こちらの森の植物の葉はどれも大柄で、黄みが強いその緑はヌラリとした質感を持ったものが多い。また、こちらの森の中は一定して湿度が高い。
「えっと、昨夜の【ちからこぶ亭】だったっけ?あの酒場にあったクエストボード、ああいうのは大抵の酒場にあったりするのか?」生い茂る薮を避けながら道なき道を三人は行く。その中でトーマはレオに聞いた。
「あー、まぁ、珍しいもんじゃないけど、ああいう掲示板があるのは荒くれ者御用達の店だな。で、メシの代金を支払えない僕らみたいなヤツらに金を稼がせて払わせるみたいな使われ方もする。まー、理に適っているよね」レオの顎からは汗が落ちる。額にはその栗色の髪が汗のせいで数本貼りついている。
「トーマさんはクエストボードを初めて見たんですか?」トキが訊ねる。
「あぁ。オレはそもそもこの世界に来てから、町や村の中を自由に動き回った事がそれほどなかったからな、そう言えば」
「おぉ。それはネフト王国によって生活が保障されていたって事だな、羨ましい。僕には生きる為にクエストボードに頼らざるを得ない場面が何度もあったよ。それに、あれは毎日の新聞のような側面をもった掲示板でもあったし、重宝したよ」
「なるほどな。情報が大事だってことは元の世界もこっちの世界も同じだもんな」
蒸し暑い森の中を、話しながら三人は歩く。近くに脅威となるような猛獣の気配はない。
昨夜『オマエたちの冒険者ランクはなんだ?』と店主に聞かれた時、レオはEランクだと答え、トキはDランクだと答えた。トーマにはそれに答えられる知識も何も無かったので、肩をすくめ、その顔に疑問符を貼り付けていたら店主が問いを言い換えてトーマに再び聞いた。『オマエが最近狩った獲物を言ってみろ』と。
そんな事をトーマが思い出していた時、レオは言った。「しかし、スゲーよな。まさか、トーマがガーゼンディを討伐できる程の実力者だとはな」ゴローが仮に名付けたアーマードベアはガーゼンディという名で知られた魔獣だったらしい。そして、ガーゼンディを狩る事の出来る者はごく稀にしか存在しないという事を、トーマは店主とレオとトキから聞かされた。そして、『それなら、このクエストを受けてみてくれ。受注者がずっと現れなくて、依頼主がそろそろ依頼をそろそろ取り下げるんじゃないかとヒヤヒヤしてんだよ』と、眩しいくらいの期待を込めて、ちからこぶ亭の店主に引き受けさせられたのが今回のクエストだった。
「一人で狩った訳じゃないからな。期待はしないでくれ」と、トーマは二人に言った。三人はクエストの目的地、このミュールの森の奥にあるというルセの滝を目指して歩を進める。
掲示板に貼られたクエスト概要に加え、ちからこぶ亭の店主から聞いたルセの滝の位置情報を頭の中に展開しながら、トーマは二人を先導し森の中を歩いた。道中、食べられそうな果実を採取し、小動物を狩る。トーマたちはルセの滝の場所がクールゲ村からおよそ三日の距離だと聞いていた。途中にキャンプを張り、食事と休息をとる事も必要となるが、クールゲ村で食料を買い込むには三人の所持金はあまりにも少なかった。ちからこぶ亭の店主も食事代金の支払いを待ってはくれたが、食料を買い込む金を貸してくれる訳はなかった。
日が沈み、三人は森の中の少しひらけた平地で焚火を囲み、夕食を食べ、交代で休息をとる。湿度が高く蒸し暑かったこのミュールの森も日が沈むと少し冷えた。遠くから甲高い獣の声が聞こえている。近くでは小動物だろうか、草木を揺らす音が聞こえている。マントを羽織って横になり眠っているトキと、おなじくマントを羽織り座ったまま眠っているレオに時折目をやりながら、トーマは耳を澄ましている。焚火の明かりに顔を向けているが、全方位からの音にトーマは神経を傾けている。
ミュールの森は夜明け前に全くの無音とも思える時間帯を一瞬持った後、日中を生きる動物たちが活動する音を徐々に増やしてどんどんざわめいていく。高い木の枝に止まっている小さな鳥は森の中を歩く三人を視界に収めはしたが、眼下の三人をまるで無関係な存在だと意に介する事もない。三人が森の中を行く様は彼にとって意味のないものであったが、彼らを注視した一瞬の隙をつかれたのか、音もなく忍び寄っていた蛇に彼は呑まれる事となった。その蛇が絡みついている木の隣の木の枝の上に、一組の靴。一つの人影がそこにはあった。
「二人ともそのまま歩きながら聞いてくれ。今からオレが言う事に反応などするな」先頭を歩きながら小さな声でトーマは話し始める。「誰だかは分からんが、どうやらオレ達を追ってきているヤツがいる」
「っと」トキは思わず地面の何かに足をとられて躓いた。「ゴメンゴメン」そう一言だけ言ってトキは誤魔化す。レオは動揺を表面に出す事なく周囲に注意を向ける。
「そんな訳で、今からソイツに会ってくる。スキル【幻影分身】で作るオレの姿についてこのまま進んでくれ。辺りには注意してな。そして、分身がかき消えた時点で反転して来た道を戻れ。では、後程会おう」トーマはそう言った後、一切喋る事なく二人を先導して歩くようになった。現在先頭を歩いているのはトーマのカタチをした影なのだろう。どの時点でトーマ本人が消えたのかは後ろの二人にはまるで分からない。
三人を追う追跡者は十分な距離を測りながら見失わないギリギリの距離を保って前方を観察していた。止まっては追い、止まっては追いを繰り返す。そして、何度目かの動き出しで身体が固まったように突然動かなくなった。目だけは動くが身体はまるで動かない。彼からは見えない位置だが、朝日が地面に落とした彼の影に一本のナイフが刺さっている。
「あー。誰かと思ったら、あんただったかー」木の影から出てきたトーマは追跡者に声をかけた。
トーマ達三人を追跡していたのは、トキと共に商隊を襲っていた中の一人、エルフの男だった。
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