第40話 ソルド

 雨が降っている。中庭では、ネフト王国の若い兵士たちが濡れる事も厭わず訓練を行っている。外からの僅かな日の光で本を読む為に、二階にある自室の窓際に椅子を置いて座っていたハクヤは時折本から目を離し、彼らの姿を眺めていた。


 ドアがノックされ、すぐに「ハクヤ、いるか?」と、ゴローの声がした。

「あぁ。開いてるよ。どうぞ」ハクヤは答える。

 ドアが開き、ゴローはそこに立ったまま「タイッカン行かねえか?ハクヤ。一つ手合わせ願いたい」と言った。

「タイッカン?体育館?……、あぁ、屋内演習場か。いいよ。やろうか。今日もソルド縛りで?」

「あぁ。ソルド縛りで」ゴローはニヤリと笑って答える。


 雨の為か、屋内演習場でも多くの兵士たちが訓練をしていた。木刀と木の盾で一対一の対戦訓練をしている者、刃の付いていない槍で集団戦術を教わっている若い兵士たち、素手で組み合っている兵士たちがいるその演習場の片隅でハクヤとゴローはそれぞれ演習用の杖を手に持っている。二人とも、演習用の布のシャツにズボンといういで立ちだ。土の色が染みついたその上下の服は、周りの兵士たちと同じものだ。木剣が打ち合う音、号令やそれに応じる兵士の声が響く中で、ゴローとハクヤはゆっくりと杖を振り、カン、コンと、杖を打ち合う。


「演習用としか思えないこの空気弾、ソルドって魔法があるのも、出来すぎというか、オレ達転生者を優遇しすぎてる感じがあるよな」ゴローはそう言いながら杖を振り、空気弾魔法ソルドをハクヤに向けて放つ。

「あぁ。先ずはこれで魔法に慣れなさいというチュートリアルみたいなもんだよな」ハクヤは杖を身体の前で回転させる。ハクヤの右手の人差し指を軸に高速回転する杖はゴローの空気弾魔法ソルドをかき消す。

「おー。流石だな。それはソルドを何発同時に打ってるんだ?ソルドで杖を回転させているのは分かるんだけど、支点の指にもソルドを絡ませてるのか?」ゴローは杖を地面に斜めに立てて、体重を乗せて身体を預けている。一旦、臨戦体勢を解いたようだ。

「あぁ。支点の指には弱くバランスを取るように、杖の両端には強く早くって感じだな。三発同時発動だ。それ!まだ休み時間とは言ってないぞ!」ハクヤは杖をゴローに向かって槍の様に突き出した。

「オッと、まずはゆっくりとやっていこうぜ。徐々にスピードを上げながらやっていこうぜ。そうやって、自分の身体の動きを一つ一つ確認するのも大事だ」ゴローは上半身をのけぞらせ、ハクヤの杖を避けた。自分の杖はその上半身を支えるように背面の地面に立てて、杖に乗せた体重を自分の下半身に戻すその流れのままに今度はその杖をハクヤに向けて上段から振り下ろす。ハクヤは頭上に横向きにした杖を両手で掲げてそれを受ける。が、ゴローの杖の先端から空気弾魔法ソルドが放たれ、空気の塊がハクヤの額を打つ。

「いってー」尻もちをついたハクヤは額を撫でる。

「まずは、一本、今日はオレが先に取ったな」ゴローは得意げに言った。

「ソルドって、デコピンより痛いよなー。くっそー。次は僕の番だ!」

 ゴローとハクヤは杖による攻撃と空気弾魔法ソルドをそれぞれに組み合わせ、演習を続ける。


「なぁ、シンノスケの事をどう思う?」杖を振りながらゴローが問う。

「あぁ。僕はイルゴル王国での事も、森での事も知らないから何とも言えないけど。シンノスケがそういう素質を持っていたかどうかはともかくとして、アイツを暴走させたのは次々に覚えていったスキルのせいかもね」ハクヤは空気弾魔法ソルドを数発撃ちながら答える。

「あぁ。オレ達は自分のスキルボードしか見えないし、シンノスケがどんなスキルを獲得していったのか、正確なところは分からない。でも、罠士のアイツにこのソルドは初期スキルとして備わっていなかったハズだ」ハクヤの放った空気弾魔法ソルドが衣服や髪を掠めるのも構わず、ゴローはハクヤとの距離を縮める。

「合体魔法【帰還転移】を得るその道程でアイツが得たスキルの中に、魅了魔法チャームなんてものがあったばっかりに、道を踏み外してしまったって事もあるかもね」ハクヤはゴローとの間合いを計りながら言う。

「魔法と無縁だった罠士のシンノスケが初めて得た魔法が魅了魔法チャームだったのは暴走のきっかけになったんだろうか」今度はゴローが空気弾魔法ソルドをハクヤに向けて放つ。

「どうだろう。本人に聞いてみないと分からないよな。……でも」ハクヤは杖を回転させてゴローの空気弾魔法ソルドを無効化する。

「でも?」ゴローは動きを止めてハクヤの言葉の続きを待った。

「本人にしかスキルボードは見えないし、どんなスキルを得たのかも他人には分からない。【帰還転移】をタカコとシンノスケに獲得してもらう為に、二人だけに嘆きの石の魔力を注ぎ続けたって言ってたよね?」

「あぁ」

「もしかしたらだけど、シンノスケはそれでゴローたちに知らせないままに大量のスキルを【帰還転移】とは関係なしに会得したのかも知れない」

「むぅ……」ゴローは右手を顎に当てて目を伏せ、考え込む。

「それにさ……。イルゴル王国の魔導士がサマイグ鉱山にやってきて、僕は彼らの研究対象になっていたんだけど……。あぁ、うん、僕の待遇も悪いものじゃなかったよ。その中で……、彼らとの対話の中で僕が得た知見なんだけど、彼らにとっての魔法っていうのは、なんというか、なんらかの代償を伴うものみたいだったんだ。あ、あと、魔法の構造そのものへの深い理解や単純な反復練習も当たり前に必要だと言っていた」

「代償……っ!」ゴローはハクヤの目を見つめながら声を上げた。

「うん。僕たちにはマジックポイントという回数制限はあっても、それでも言わばほぼノーリスクで魔法を使える。しかも、スキルボードで好きなモノを選んで、そこに注ぎ込む嘆きの石の魔力のポイントが規定値に達したら、すぐにインスタントにその魔法やスキルを使う事ができる。でも、スキルボードに嘆きの石の魔力を一度に大量に注ぎ過ぎると、ドラッグのように人格を蝕むリスクがあるのかも知れない。酷い魔力酔い、みたいなものが先にある予感をゴローは嘆きの石を使う時に覚えた事はなかったか? 僕たちが使うスキルボードや様々なスキル、魔法にも代償はあって当然かも知れないんだ」


 いつの間にか屋内演習場に兵士たちの姿はなくなっていた。汗と埃とカビのにおいの中、ゴローとハクヤは立ち尽くす。

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