第37話 六人
「――と、まあ、そんな事が昨夜あった」ゴローは部屋の中に集まった転生者全員に、昨夜の顛末を説明し終わった。そして、一人一人の顔を見渡す。そこは兵舎の中の食堂。木製の簡素なテーブルが並ぶ広い空間にいるのは、リュウキ、エレナ、ユウコ、タカコ、ハクヤ、ゴローの六人だ。正午にはまだ遠い午前の時間帯、食堂の中には転生者六人以外、だれもいない。それぞれゴローの声が届く範囲内に、思い思いにばらけて椅子に座っている。ユウコはタカコの隣に座り、タカコの背をやさしくゆっくりと撫でている。タカコはポロポロと涙を流している。タカコはそれを隠そうともせずにうつむいて泣き続けている。
「まさか、シンノスケが……」リュウキがぽつりと呟く。
「思えばさ、サマイグダンジョ……、サマイグ鉱山でオレ達が捕まった時、リュウキが『裏切者がいるのか』って叫んで、スレイさんはそれをまるで肯定するかのような態度を取っていたけど、あれはスレイさんのハッタリだったと思うんだよな。オレ達を動揺させて、動きを鈍らせる為の。リュウキの発言を上手く利用されたんだろうと思う。そして、オレ達の中に裏切者なんていなかった。でも、こんなカタチでそれが本当になるなんてな」ゴローは言う。
「それで、シンノスケは?」ハクヤは訊ねた。
「それがだな。オレの縛り方が緩かったのか、今朝、シンノスケの部屋に行ってみたら、その姿は無かった。アイツの装備一式何も残っていなかったんだ。もぬけの殻さ。申し訳ない。詰めが甘かった」そう言ってゴローは頭を下げる。
「シンノスケはあの後、意識を取り戻したの?」ユウコがゴローに聞く。
「あぁ。アイツの部屋の椅子に座らせて、アイツの道具袋から縄を引っ張り出して縛っていたら、目を覚ましたよ」
「何か言ってた?」エレナが静かに口を開いた。
ふう、と一つため息をついてゴローは語りだした。「残念ながら、謝罪や後悔の言葉は聞けなかった。ただ、イルゴル王国でオレ達がバラバラに囚われていた時、シンノスケの部屋にトーマがやってきた時の話をアイツはオレにしたんだ。『非力で行動力もなさそうだと舐められていると自嘲した僕に、トーマは『舐められているのなら、それを逆に利用してやればいい』と言ってくれた』とかなんとか。今回はそれを実践したんだ、なんて事を言っていた」
「トーマが言いたかったのはそういう事じゃないよ!きっと!」ユウコが大きな声を上げる。
「あぁ。そうだな。馬鹿だな、シンノスケ」リュウキは言う。
「でも、シンノスケを縛り上げた時のオレは、シンノスケを舐めていたのかも知れない。心をへし折られたシンノスケに縄を解く気力なんてないだろう、みたいな油断があったのかも知れない。本当にすまない。シンノスケがどうしてトーマ一人をあそこに置き去りにしようと思ったのかも、これで聞けなくなった」ゴローはまた、頭を下げた。
「いや、ゴローはよくやってくれた。ユウコを救ってくれてありがとう」と、リュウキがそう言うと、今も泣き続けているタカコ以外の皆は頷いた。
「……、トーマを迎えに行く事は、やっぱり無理なのかな」と、ユウコは言った。
「あぁ。何度聞かれても同じ事しか言えないが……。元の世界の様な通信手段がないからな。トーマが現在どこを目指しているのかも分からないし、ネフト王国を目指して歩いていたとしても、どのルートを選んでいるか分からない。すれ違いになってしまう可能性が高すぎる」リュウキは答える。
「そう、……そう、だよね」ユウコは小さくため息をつく。
外からは兵士たちが訓練をしているのだろう、上官が上げる命令の声や地面を踏み鳴らす音、兵士が動く事で立つ鎧の金属音や、気合を高める様な兵士の雄たけびが遠くから小さく聞こえてくる。六人は押し黙り、それぞれに天井やテーブルに目をやったり目を閉じたりしたまま、誰も動かず、誰も話そうとしないでいる。
「あ、あのさ。トーマとシンノスケの事は一旦置いといて。僕たちはこれからどうすべきかな」先ず、口を開いたのはハクヤだった。「僕だけが鉱山に残されて、僕だけがみんなより先に転移魔法で帰ってきたけど、僕も鉱山で聞いたんだ。イルゴル王国の魔導士たちに。僕たちが魔石と呼んでいるあれを彼らは嘆きの石と呼んでいるって事を」
「あぁ。それな」リュウキはただそれだけ言った。
「うん。私とシゲルはイルゴル王国の多種多様な種族の平和な暮らしも見てきたわ。だから、経験値の為に魔石……嘆きの石を彼らから得るというのは、私はもう、やりたくない」と、ユウコは言う。
「そうね。それで、私たちは森の中で魔獣を狩ったのよね。ケモノを狩って食べる、とか、身を守る為に襲ってきたケモノを狩るのなら、それは良しという事にして。そんな狩りに付随して手に入れられる嘆きの石ならアリという事にして」エレナがそう吐露する。
「それも出来るだけ最低限にとどめようって事で、経験値ポイントはタカコとシンノスケの二人だけに注いだしな」ゴローがため息をつきながら言った。
「それでも、僕たちはやっぱり今もこのネフト王国の特別な戦力である事は変わらなくてさ。嘆きの石でレベルアップしようって気持ちで言語や文化を持っている多種族をむやみに襲うのは僕も反対なんだけど」と、ハクヤは言う。
「そうね。私たちを召喚したこの国の術師団には、この国の少なくない税金がつぎ込まれているみたいだし、それに見合った働きを私たちは求められるわ」と、エレナが口を挟み、そこへ「あぁ。この国での衣食住がオレ達に保障されているのは、この国の利益をオレ達が生む事を期待されているからこそだしな」とリュウキが応える。
「うん。そうなんだ。タダメシ喰らいを養ってくれるほど、彼らはお人好しじゃない」ハクヤは皆を見渡して強い口調で言った。
「オレ達がこの世界に来たのは、シュマルカ神とネフト王国の都合だけどな。誰も、タダメシを食わせろとこの世界に来た訳じゃない」ゴローは反論とまではいかない不平を漏らす。
「まぁ、僕たちは確かにシュマルカ神とネフト王国に翻弄されているけどね。でも、なんらかの戦果を常に期待されている訳さ。そして、みんなが帰ってくる前に、リカール兵士長から僕は話を聞かされていてね。次に僕たちをどの戦場に送るべきかって話が上層部で為されているらしいんだ」
ハクヤの言葉に他の五人は言葉を失くす。ゴローは深く背もたれに身体を預け天井を仰ぎ右手で両目を覆う。リュウキはテーブルに肘をつき組んだ手の上に顎を乗せてテーブルをじっと見ている。エレナとユウコは目を瞑り、泣き止んだタカコはハクヤの目をじっと見ている。
「その筆頭候補が、ネクロマンサー討伐、らしいんだ」と、ハクヤは言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます