第31話 合体魔法【帰還転移】

 シンノスケは戦闘用に使っている自分の背丈よりも少し長い棒を使って、地面に円を描いている。手に持った棒を半径として自身を中心に据えてぐるりと回る。地面が浅く円弧にえぐられる。そしてシンノスケはその浅い溝の外側に立ち、その浅い円弧をガリガリと深く掘って行く。


 シンノスケのその作業している場所を中心に他のメンバーは散らばっている。辺りを警戒する為にシンノスケを背にして周辺を見回している。リュウキはエレナと、トーマはユウコと、ゴローはタカコとそれぞれ組になって立っている。

「そういえば、ここんとこ、夜間の警戒当番はシンノスケとだいたいペアになってたよな、タカコ」ゴローは隣に立つタカコに聞く。

「え? あぁ。うん。そ、そう、かな」タカコはそう言いながら顔を紅潮させ、目を伏せる。

「ん? あ、いや。ようやくシンノスケとタカコのスキルボードが帰還転移まで届いたけど、協力魔法って事で、夜間警備の時間に、二人で練習とか話し合いとか特訓とかしてたのかな、って思ってさ」ゴローはタカコの反応に戸惑いながらそう言った。

「そ、そんなに大した事はしてないんだけどさ。シンノスケが協力合体魔法を成功させる為には息を合わせる必要があるって言っててね」タカコはゴローから顔をそむけたままそう言う。ゴローから見えているタカコの耳は真っ赤だ。

「そうなのか。なんか、よく分からんが、頑張ってくれてたんだな。ありがとよ」

「頑張ってた訳じゃな……、頑張ってたかな、私……」タカコはそっぽを向いたまま、独り言のように呟く。


「えっと、この数日で倒した魔獣は、アーマードベアに、ウィンドウルフに、ビッグバット……、そんなものだったっけ?」リュウキが隣のエレナに言った。

「なに?突然」エレナは苦笑いのような表情でリュウキに聞き返す。

「いや、ゴローのネーミングセンスが微妙だなと思ってさ。ネフト王国で調べてみようかな、魔獣の名前。図鑑とかあるのかな」

「図鑑ねえ。この世界では写真をまだ見た事がないけど、図鑑があったとして、やっぱり絵が描いてあるのかしら」

「あ、そうかー。絵だったとしたら、強い魔獣ほど絵は正確じゃなかったりするのかもな」リュウキは頭の上の木々を見上げながら言う。

「それはどうして?」エレナは視線を水平に動かして辺りを警戒しながらリュウキに聞く。

「強い魔獣ほど、絵描きはその実物を見れないんじゃないかと思うからね」自信満々の笑顔でリュウキは言った。

「絵を描くのはひ弱な絵描きとは限らないんじゃない? 絵を描くのが上手なハンターだってきっといるわ」エレナは言う。

「なるほど。そうかもな!」リュウキは子供がはしゃぐみたいに笑った。

「みんな、準備出来たよー」後ろからシンノスケの声がした。


 七人が中に立って狭苦しいと思う程ではない、というくらいの大きさの円が地面に描かれていた。シゲルとハクヤを入れた九人となるとおそらくは全員が圧迫感を感じるくらいの大きさの、魔法陣と呼ぶにはあまりにも簡素な、ちょっと深く地面をえぐっただけの円だ。

「この円は、僕とタカコが転移させる人やモノをしっかり認識して共有するためだけのものだし、魔力がこもっていたりはしないんだけど、一応線を踏まないように気をつけてね」シンノスケが説明する。

「真ん中で僕とタカコが向かい合って詠唱をするんだけど、他のみんなは辺りを警戒する為に満遍なく外を向いて円の内側に立ってくれ」

 シンノスケの指示に皆、従う。中央にタカコとシンノスケ、円をおよそ五等分した頂点の内側に残りの五人が外を向いて立つ。

「この魔法は僕とタカコの魔力を目一杯使うから、やり直しは利かない。途中に邪魔が入らないように、警戒よろしく頼むよ」シンノスケが少し興奮気味に言う。

「詠唱の唱え始めから発動までどれくらいの時間がかかるものなんだ?」トーマが言った。視線は外側を向いたまま、意識は真後ろのシンノスケに向けて。

「初めての事だしなんとも言えないけど、詠唱自体が数十秒、発動に数秒から十数秒ってとこじゃないかな」シンノスケは言った。

「オッケー。じゃ、一分以内に邪魔してくるような魔獣とかがまわりにいなけりゃいいんだな?」リュウキが言う。

「そうだ」シンノスケが応える。

「みんな、どうだ?いけそうか? こっちはオッケーだ」リュウキが言った。

「いいぜ」と、ゴロー。

「いけそうよ」と、ユウコ。

「大丈夫みたい」と、エレナ。

「おう、いいぜ。やってくれ」とトーマが言った。


 タカコとシンノスケの詠唱が始まった。後ろから聞こえる二人の声を聞きながらトーマは足元に目をやった。足元に掘られた円弧の淵から淡い霧のようなものが立ち上がっているのが見える。それを一瞥してすぐに目線を正面に向ける。トーマは音を拾う事にも集中した。一度きりの帰還のチャンスを不意にする訳にはいかない。襲ってきた何かがいたなら、武器を投擲して数十秒の時間を稼がねば、トーマはそんな心持ちでいた。すると、後ろからこの場に似つかわしくない音が聞こえる。快感を抑え込んでいる吐息のような、こらえきれずに出てしまっている喘ぎ声のような声が聞こえる。コレはタカコの声か?とトーマは振り向く。トーマの真後ろにはシンノスケの背中が見える。その向こうに見えるタカコの顔は紅潮し、目を閉じて身体をよじらせるように動かしている。『なんだこれ?』トーマはあっけにとられる。足元からの霧は円柱のように立ち上り、腰のあたりまで上がってきた。シンノスケがトーマの方に顔を向ける。トーマとシンノスケの目が合った。と、その時、トーマは腰の辺りを棒のようなもので突かれた。つんのめる様にトーマはバランスを崩した。「おっとっと……」と言いながらトーマは円の外側に出てしまった。「やべぇ」と振り返り戻ろうとする。が、一歩間に合わない。地面に描かれた円から立ち上った円柱の霧はトーマ以外の六人を完全に包み込んだ後に、かき消えた。もう、そこには誰もいない。


「どういうことだ!シンノスケ!」一人取り残されたトーマは地面に残った円を睨みつけて、そう言った。

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