それぞれの賽
第26話 部屋
バルバスが扉をノックする。その後ろにはシゲルが緊張した面持ちで立っている。
「はーい。どうぞー」部屋の中から声が聞こえてきた。「バルバスだ。入るぞ」バルバスはそう言いながら扉を開けた。中には小柄で痩身のゴブリン族の男と、人間族に近い風体の大柄な男がいた。ゴブリン族の男はベッドの上で仰向きに寝転がってバルバスに目を向けている。人間族に近い風体の大柄な男は羊のような巻いた角を頭に生やしており、椅子に座ってバルバスの方を向いている。
「この部屋は三人部屋で、たしか空きがあったはずだな。違ったかユレイヨ? クッカ?」バルバスは部屋の中の二人に聞いた。
「ええ。ここは三人部屋で、この部屋を使っているのは私とクッカの二人ですが、それがどうかしましたか?」巻き角の大柄な男はそう答える。
「うむ。実は、今日からコイツをここに住まわせようと思っているのだ。おい、入れ」バルバスは後ろに控えていたシゲルに声をかける。
「お邪魔します。よろしくお願いします」シゲルはそう言いながら部屋に入ってきた。
「おぅ、新入りか。よろしくな」と、ゴブリン族の男。
「新人さんか。よろしく」と、巻き角の男。
「コイツはシゲル。今日から私の下で働く事になった。ニンゲン族の男だ。色々と教えてやってくれ。よろしく頼む」バルバスはシゲルを二人に紹介する。
「えっ」「まっ」身体を弛めていた二人は同時に声を上げ、すぐに身体を緊張させる。巻き角の男は椅子から立ち上がり、ゴブリン族の男も跳ね起きてベッドの上に仁王立ちになった。
「に、ニンゲン族!?」同時に二人は声を上げ、手を前に構えた。臨戦態勢といったところか。
「そう身構えるな。シゲルは危険なニンゲン族ではない。私の部下だ。安心してくれ。シゲルが我々に危害を加えないニンゲンである事はスレイ様が保証して下さっている」
バルバスがそう言うと、「スレイ様がそう言うのなら、そうなんだろう」「そうか、スレイ様が」と言いながら二人は緊張を解き、それぞれベッドと椅子に腰かけた。
「よろしくな!シゲル。オレはクッカ。王宮の厨房で働いている」ゴブリン族の男はにこやかに言った。
「私はユレイヨ。王宮内の雑用をやっている。あらためて、よろしく」巻き角の男は穏やかに言った。
スレイの人望の高さを改めて見せつけられ、シゲルは一瞬動きを止めたが、すぐに「人間族で、バルバスさんの下で働く事になったシゲルって言います。どうか、よろしく」そう言いながら勢いよく頭を下げた。
「ん?シゲル……。オマエ、臭くねえか?」バルバスが部屋から出て行った直後にクッカは言った。
「あ、そう言えば、囚われてから、一度も身体を拭くことすらしてねー。マジか?そんなに臭いのか?自分では分かんねーもんだな」
「オマエ、マジか!ふざけんな! しょーがねー。ついて来い。風呂行くぞ、風呂!」クッカは立ちあがり、ドアに向かう。
「風呂!あるのか!ありがてえ!」自分にあてがわれたベッドの横の椅子に掛けていたシゲルは立ち上がり相好を崩す。
「あのな、さっき言った通り、オレは王宮の厨房で働いてるんだ。同室のヤツが不潔なのは我慢できねえ。いいか。風呂には毎日入れ。オマエがニンゲンだろうがどんな仕事をしようが構わないが、オレと同室でいる以上、不潔な生活をする事は許さねえ!」
「わかった!」
「よし。ついてきな。あ、そうそう。ユレイヨ、タオルとか着替え、コイツの分、用意してやってくれねえか?」クッカは振り向いて言った。身体はもう、半分部屋の外だ。
「心得ていますよ。すぐに持って行きます。どうぞ行ってらっしゃい」ユレイヨは穏やかに答えた。
大股で歩き出したクッカの後ろをシゲルはついていく。なにやら世間話をしながら廊下を歩いて行く。
彼らからは見えない位置に佇んでいたのはバルバスだ。彼らが話しながら遠ざかって行くのを見届けた後、満足そうな表情を浮かべ、バルバスは執務室へ向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます