第15話 使命

 執務室に帰ってきたスレイは書類の束が乗った机の後ろの椅子に身体を放り出す勢いで座った。「お疲れ様、バルバス。オマエもそこに掛けてくれ」スレイはバルバスに来客用のソファに座るよう促した。「お気遣いありがとうございます。それでは、失礼します」バルバスも疲れを隠そうとしない。バルバスはソファに身体を預け、そのひじ掛けに顔を伏せるように預ける。

「バルバス、疲れているところ悪いが、もう少し付き合ってくれないか。いや、もう、そのソファに横になったままでもいい。私の認識とオマエの認識のすり合わせをやっておきたい」

「ええ。お付き合いいたしますとも。しかし、聞き取り調査という頭脳労働がこれほどまでに疲れるとは思っておりませんでした。日々のスレイ様のお仕事の大変さに感じ入りました」

「今回は特別だ。彼らの話を理解しようとするだけでも頭を酷使するのに、内容は我々の理解を超える荒唐無稽のものだ。それを八人分だからな」

「お疲れ様でございます、スレイ様」

 スレイは上半身を背もたれに預け、目をつむり、左手を顔に沿わせている。バルバスはひじ掛けに伏していた顔を上げ、背もたれに深くもたれた。

「サマイグ鉱山に捕らえている、ハクヤ……、ミキ・ハクヤとかいったか。転移魔法の使い手には魔導士をつけてきたが、彼らも大変だろうな」

「ええ。上手く聞きだす事が出来れば出来る程、混乱することでしょう。調査票が届き次第、スレイ様にお知らせします」

「あぁ。頼む」

 そう言うとスレイは机に肘を立て、顎の前で手を組んだ。

「さて」

「はい」

 バルバスも姿勢を正し、スレイに顔を向ける。

「彼らはネフト王国の術師らによって、ニホンという異世界の国から招かれた。その多くはニホンでの死の後に、シュマルカとかいう神を名乗る存在と邂逅し、その後に、この世界に健康な身体で送り込まれた……と、いう事だったな」

「ええ」

「我々はこれを八回聞いたから、少々感覚が麻痺しているのか、そういう事もあるのかも知れないと思い始めているが、これを王に報告するのは骨が折れる」

「心中、お察しいたします」

「異世界からの転生者、ヤツラを焚きつけてこの世界に送ってくるシュマルカ、異世界からの強者を召喚しているつもりのネフト王国の術師たち。ニホンという国では戦士でも術師でもなかった者が、この世界では一騎当千の殺戮者となる……か。バルバス、オマエの感想を聞きたい」

「スレイ様、私が最もおそろしく感じましたのは、彼らが我々の命を軽く見すぎている点です。ニンゲン至上主義のネフト王国に呼ばれたヤツラですから、それが当然かも知れませんが、シュマルカという存在によってそれがより助長されている気がしてなりません。嘆きの石を【ケイケンチ集めの為のアイテム】と言わしめたのはシュマルカの誘導である気がしています」

「あぁ。恐ろしい事だ。ケイケンチだとか、ケイケンチポイントだとかはよく分からないが、嘆きの石を成長の糧にする術が彼らにはあるのだな。それが彼ら転生者のみの特権なのか、人の世にもまだ周知されていないニンゲン族の恐ろしいごうなのか。死者の身体をむやみに傷つけて、嘆きの石をはぎ取るという行為が散見しだしたのは、彼らがニホンからネフト王国に召喚された時期以降ではあるが……。今は彼らのみが嘆きの石の略奪者であるのが救いかも知れぬ。ニンゲン族全てが嘆きの石を求めるようになったらと思うと芯が凍える程に恐ろしい」

「ええ、本当に」

「そして、シュマルカという存在に到達する事こそが、私の使命なのやもしれぬ」

「おぉ、スレイ様」

「ニホンという国で人が死ぬ度に、虐殺者をこちらに送られてはたまらぬからな。ネフト王国の術師団による召喚の儀式と、シュマルカ。この二つについて調べる必要がある」

 会話の中で考えがまとまりかけ、方針もぼんやりと見えてきたその感覚はスレイとバルバスを休息へといざなう。スレイは肘を立てて組んだ手に額を乗せて揺れている。バルバスはソファの背もたれに後頭部を預けている。スレイの瞼もバルバスの瞼も重くなってきている。

「この度、捕らえたニンゲンどもの中の、術師……。何と言ったか。神官のエレナに……、魔術師のタカコに……」

「エンチャンターのゴロー……でございますな……」

「あぁ、そいつらと明日……」

「えぇ……」

「じっくりと話を……」

 スレイとバルバスは深い眠りに入ったのだろう。二人とも動きを止め、安らかな肺の動きだけが彼らの身体を揺らしている。

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