第25話
シャワーを浴びて部屋に行くと、先にシャワーを浴び終えていたカマルがベッドに座って膝の上に本と乗せて読んでいた。長い髪はタオルで纏めて水気を取っているのが分かる。何を読んでいるか気になって隣りに座ると、甘いシャンプーの香りがしてくる。
「カマルさん、何を読んでるんだ?」
「さっきは聖典を、今は歴史と政治の本を読んでいました」
セイジの書斎から借りてきた本と、神殿で渡された本をカマルは読んでいたようだ。政治に興味があるタイプだと思っていなかったので、セイジは意外な気分だった。
「政治に興味が出たのか?」
「女王になれと言われて、考えることがあって」
真剣な眼差しのカマルはネグリジェの下の胸が気になるし、甘いいい香りもするし、そのままベッドに誘いたかったが、それを許さない気配にセイジは姿勢を正した。
大事な話があるのだろう。それをなし崩しにして抱いてしまうような最低な男にセイジはなりたくなかった。欲望は健全な男なので当然あるが、カマルを欲望の対象とするためだけに傍に置いているのではない。
心の底からカマルを愛しているのだから、身体の関係だけでなくカマルが真剣に話したいことがあるときには聞きたいし、悩みがあるときには相談に乗りたい。
「魔族の指導者を決める方法がないのか調べていたのです」
「カマルさんが指導者になるつもりはないんだよな」
「はい。でも、指導者がいなければ魔族はバラバラになってしまう。それならば、全員で指導者を決める場があったらよいのではないかと思ったのです」
そう言われればその通りだとセイジは納得した。
「つまり、王制ではなくて、議会制にしたいわけか」
「議会制? それはどういうことですか?」
身を乗り出して聞いてくるカマルにセイジは説明する。
「魔族の中で議員を選ぶんだ。その議員が議会を開いて、議員で話し合いをして国の指針を決めていく。そういう国が大陸の別の場所にあると聞いたことがある」
この国は王政だが、議会制で政治を行っている国もあることをセイジは知識として知っていた。詳しくは、議会で法律を制定する立法権を持つ会議のことなのだが、詳細まではセイジはよく分かっていなかった。
「その制度が書かれた本がありますか?」
「書斎にあった気がするな」
「貸してください」
立ち上がったカマルを止めることができず、セイジはカマルと一緒に書斎まで行った。書斎の天井まで作り付けている本棚の上の方に立ててある本を一冊、浮遊の魔術で浮いて取って降りてくると、カマルはそれを両手で受け取った。
ページを開いて読み込んでいくカマルの表情はとても真剣だ。
「議会制……これが魔族の居住区で行えれば、選ばれた議員が話し合いでひとびとを導いていけばいいんじゃないですか?」
女王になれと言われて、カマルはカマルなりに真剣に魔族の将来のことを考えていたようだ。魔王の異母姉という立場で、ずっと魔族に生かされてきたカマル。それが異母弟の魔王を抑えるための贄としてだったとしても、魔族がバラバラになって滅びの道を歩むというのは耐えられなかったのだろう。
「カマルさんは責任感が強いんだな」
「そうですか? 自分のできることをしようと思っただけです」
「立派だと思うよ。その本、カマルさんが必要だと思うなら、魔族のひとに渡していいよ」
「くださるのですか!?」
驚いて顔を上げるカマルに、セイジは笑顔を見せる。
「大事な可愛いお嫁ちゃんの力になりたいんだよ」
セイジの顔が若干にやけていたとしても、それは仕方のないことだった。
魔族に議会制の載った本を渡すことによって、カマルがしつこく女王として誘われるようなこともなくなるだろうと予測できる。長年魔王の圧政に苦しめられていた魔族たちにとっては、一人の魔族を指導者として仰ぐのではなくて、民衆に選ばれた議員たちで話し合って国の指針を決めた方がずっと繁栄の道を歩んで行ける気がする。
カマルの考えが魔族全体を救おうとしていた。
魔族に本を渡して議会制を説明するのは朝になってからにするとして、セイジはカマルの身体を抱き締める。甘い雰囲気にカマルが目を伏せた。
「セイジ……部屋に行きましょう」
「そうだな」
ここは書斎だったと気付いて、セイジはカマルの手を取って部屋に戻る。部屋の机の上に本を置いて、カマルはセイジの胸に飛び込んで来た。抱き留めると、カマルが間近からセイジの黒い瞳を見上げてくる。
「セイジ、私の話を真剣に聞いてくれて、私を導いてくれてありがとうございます」
「カマルが考えたことだ。カマルの発想がなければできなかったことだよ」
お礼を言うカマルの表情は重い荷物を下ろしたかのように晴れ晴れとしていた。やはりカマルには憂い顔よりも笑顔が似合うとセイジは抱き締めながら思う。頭に巻いていたタオルを外すと、艶のあるたっぷりとした長い黒髪が零れ落ちて来た。
緩やかに波打つ豊かな髪に、セイジは口付ける。
「カマルは髪も、目も、手も、顔も、身体も、心も、何もかも美しい」
「セイジ、恥ずかしいです」
「綺麗なカマルの身体を見せてくれるだろう?」
促すと恥じらいながらカマルがネグリジェを脱いでいく。下着姿になったカマルの膝裏に腕を入れて、セイジはカマルを軽々と抱き上げた。シーツの上にそっとカマルの身体を横たえると、下着をつけた体を腕で隠そうとしている。
「カマルが見たい。見せて欲しい」
甘く囁きかければ、カマルはおずおずと腕を外す。濃い蜜を流したような漆黒の肌が美しく、胸は零れ落ちそうに豊かだ。胸元に口付けを落とすと、カマルの手がセイジの髪に差し込まれる。
「セイジ、口付けを……」
「どこにして欲しいんだ?」
「唇に……」
恥じらいながらも小さな声で告げるカマルの唇を、セイジは自らの唇で塞いだ。
優しくしたかったけれど、最終的には貪るようにカマルを抱いてしまって、ぐったりとしてベッドで息を乱しているカマルに、セイジは身体を合わせるようにして寄り添っていた。重くないくらいに体重をかけて、腕で身体を支えながら、セイジはカマルの肌の滑らかさと柔らかさを堪能する。
このまま眠ってしまえそうな気分だった。
「カマルが神殿相手にも、魔族相手にも、毅然とした態度を取ってくれて、嬉しかった」
「セイジ……」
「カマルは本当に心が美しい上に、強いんだな」
初めて会ったときには魔王と一緒に命を断とうとしていたカマルが、今は自分の幸せのために動くことを考えて、神殿には聖なる水源を見つけ出すことで神に仕えるよう誘われることを避けるようにしたし、魔族には女王になることを断る代わりに議会制を提示しようとしている。
出会ってからまだ季節が一つも過ぎていないのだが、カマルは本当に変わった。その変化がセイジにとっては嬉しかった。
「私にはセイジがいてくれるから」
「俺が?」
「私を愛してくれて、認めてくれて、価値がないと思っていた私に対して怒ったり悲しんだりしてくれる家族がいますから」
セイジだけではなくイオもまたカマルの心の支えになっているのだと、セイジにはよく分かった。イオとセイジとの関係も、カマルが来てから変わった気がする。
変わったのは恐らく、カマルだけではないのだ。
「俺は愛情とか、そんなものがあるとは思ってなかった。俺にはそんなものは現れないのだと思ってた。カマルに出会って、俺は愛を知ったし、幸福を知った。傲慢だった自分を反省もした」
「セイジが反省することなど何も……」
「いや、俺はイオのこともずっと子ども扱いしなかった。そのせいでイオは子どもらしくない子どもに育ってしまった」
イオに関しても反省していると告げると、カマルがセイジの髪を撫でる。慈愛のこもった動作に、セイジは目を閉じた。
「イオくんはいい子ですよ。それはセイジが育てたんでしょう?」
「俺は至らない師匠だった」
「いいえ、セイジももっと自信を持っていいと思います」
優しいカマルの声を聞いているとセイジは眠気が襲ってくる。
「カマル、このまま寝てもいいか?」
問いかけるとカマルはセイジの髪を撫でて、そっとセイジの額に口付けをしてくれた。
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