第2話

 女性の服などなかったのでカマルにはドレスを脱いでもらって、セイジのローブを着てもらったがセイジの方が背は高いが細身なので胸はぱつぱつ、袖は長いという状態で、裾が短くないことだけが唯一の救いのようなものだった。胸が強調されてしまうような姿になったが、ドレスを着て小屋では生活ができない。

 死んで自由になりたかったというカマルをセイジは放っておくことができなかった。

 ローストチキンに肉団子のスープ、熱々の魚のグラタンをオーブンから取り出して食卓に置くと、イオの目が輝き、カマルが戸惑っているのが分かった。山の中の小屋にこれだけの食料があると思わなかったのだろう。

 じっと見つめるイオと金色の目を瞬かせているカマルに、セイジが促す。


「どうぞ、召し上がれ」

「いただきますっ!」


 イオに遠慮などない。ナイフでセイジがローストチキンを解体している間に、グラタンを皿に山盛りにして、スープもなみなみとスープ皿に注いでいる。


「ちょっとは遠慮しろ、俺たちの分がなくなるだろ」

「お腹空いてたんですよ。あ、カマルさんも食べるのですよ」

「は、はい、いただきます」


 お皿の上におずおずと少しだけグラタンを乗せて、スープも少しだけスープ皿に注ぐカマルの皿に、セイジは鳥のもも肉を遠慮なく乗せて、焼いたときに出た脂にマスタードと醤油を入れて作ったソースをかけた。


「ありがとうございます」

「師匠! イオにもください!」

「イオの皿はもう乗らないだろう」

「もう一枚出します!」


 口いっぱいの頬張って食べていたイオが咀嚼して飲み込んで、勢いよく立ち上がる。元気に食器棚に皿を取りに行ったイオを放っておいて、セイジは自分のささみの部分を取り分けてソースをかけて、グラタンも取り分けて、スープ皿にスープを注ぐ。


「師匠、パンがありませんでしたよ! 気の利くイオは、パンを取ってきてあげました!」

「あぁ、それは俺が今日焼いたとっておきのナッツの入ったパン!」

「イオが今日帰って来るのが分かって、作っていてくれたのですね」


 隠しておいてもイオにはお見通しで、パンを持って来られてしまった。厚切りにするイオに、セイジはカマルに問いかける。


「パンはどれくらい?」

「あ、少し。ありがとうございます」


 小鳥の餌かと思うくらい少ない量しか食べないカマルにセイジは驚いてしまう。自分の弟子が規格外に食べるので基準がおかしくなっていることにセイジは気付いていなかった。

 食事が終わるとセイジはカマルを連れて街に降りることを考えていた。セイジとイオの男二人の所帯にカマルがいるのもどうかとは思ったのだが、魔族の血を引くカマルを別の場所に預けることは難しい。何よりもセイジはカマルと話がしてみたかった。

 魔王の異母姉としてどうやって生きて来たのか。死んで自由になりたいと思うくらいつらい生活を送っていたのだったら、例え魔族の血が混じっていようともセイジはカマルを助けたい気持ちになっていた。

 王宮にいた頃に周囲の女性を手の平で転がして弄んだ。相手も世界最強の魔術師であるセイジの肩書に惹かれて、心などなかった。身体だけの関係でセイジは満たされず、そのうちに女遊びもやめて王宮を出て隠居するつもりだった。

 イオにさえ出会わなければ。



 街に降りたカマルに視線が集まるのは仕方のないことだ。カマルは背も高くとても美しい。セイジのローブでは胸がぱつぱつになっていて、それを隠すためにセイジはカマルに上着をそっと被せていた。

 褐色の肌もこの辺りではあまり見ない色だ。魔王の居住区が南にあるため、褐色の肌の人々は魔王の支配下で暮らすしかなくなっているのが現状だ。カマルの容姿の美しさと珍しさに周囲の視線が向いているのが分かる。

 それが何となく面白くないのは何故なのか、セイジにはまだ分からない。

 女性の専門の服飾店に入るのは抵抗があったが、イオが元気よくドアを開けた。


「こんにちはー! 魔王から聖女様を救出してきたのです! 聖女様に合う服をお願いします」

「いえ、私は聖女ではなく……」

「はっ! イオは他人行儀でしたか? カマルさんとお呼びしますね」


 話を聞かない、空気を読まないイオに若干の不安と、カマルが気にせずにいられるかもしれないという期待を抱きつつ、セイジもカマルに声をかける。


「好きな服を選んだらいい」

「ありがとうございます……」


 カマルが簡素なワンピースや下着を選んでいる間、セイジはイオから詳しく話を聞くことにした。

 どういう経緯でカマルをイオが保護して来たのか。



 魔王の居住区までは移転の魔術で飛んで、イオは意気揚々と趣味の悪い魔王の城に乗り込んだのだという。魔王の部下だとか、四天王だとか、そういう輩はイオには全く歯が立たなかった。軽快に乗り込んだ魔王の玉座で、褐色の肌に金色の髪に赤い目の魔王がカマルに酌をさせて酒を飲んでいた。


「一気に真っ二つにしようと思ったのですよ。人々を困らせる魔王は滅するべきですからね」


 あっさりと魔王を滅するとか言ってしまうあたりこの弟子の怖さにセイジは内心震える。魔王の腕をもいできたのもだったが、初めて会ったときにもブラックベアの腕を捻ってしまうし、この弟子は規格外過ぎた。


「魔王もすぐに錫杖を手に取って、邪法を使おうとしたのです。イオを庇うようにカマルさんが間に入って来て、イオは魔王の右腕一本しかもげないままに逃げられてしまったのです」


 びくびくと蠢いていた魔王の右腕は明らかにまだ生体反応があった。それを今は呪符で封印しているが、魔王はいずれ右腕を取り戻しに来るだろう。厄介ごとを持ち帰って来たのだとセイジはため息が出る。

 厄介ごとといえばカマルのこともなのだが、カマルは生まれてからずっと魔王に囚われて、死んで自由になりたいと考えるくらい思い詰めていた。カマルに関してはセイジは何とか生きて欲しいと願う。

 あんなに美しく慎ましやかなカマルが魔王のせいでこれまでの人生を台無しにされて、最後には自分で命を絶ってしまおうとしたことがセイジには我慢ができなかった。


「カマルさんはもっと自由を知ってほしい」

「師匠……もしかして」

「俺はそんなに面倒見がよかったか……? イオを拾うくらいだから面倒見がいいのか」


 なし崩しにイオを弟子にしてしまってから、セイジの人生は変わったような気がしていた。



 簡素な麻のワンピースを着たカマルが試着室から出て来る。白地に花柄のワンピースは濃い蜜を流したような褐色の肌によく似合っている。その他にもベージュや若草色のワンピースをカマルは選んでいた。


「私、対価になるものを持っていないのですが」

「構わないよ。これから働いてもらうだろうし」

「カマルさんは料理ができますか?」


 支払いを済ませるセイジに、カマルが申し訳なさそうに言って来るが、イオの方は食い気しかない。久しぶりに街に降りたので食料の買い出しもしなければいけなかった。


「料理は……魔王の好きなものを作らされていました」

「魔王の? 幼子の目玉のスープとか? 美女の姿焼きとか?」

「いえ、プリンとか、パフェとか、パウンドケーキとか、フィナンシェとか、マドレーヌとか、カップケーキとか、シフォンケーキとか、クッキーサンドとか……」


 おどろおどろしい想像をしたセイジの考えとは真逆で、魔王は甘党だったようだ。セイジはそれらの甘いものを作ったことがないので、ほとんど食べたことのないイオの目が爛々と輝いてくる。


「師匠、材料を買い込むのです! カマルさんに作ってもらうのです!」

「俺は甘いものとか作らなかったからなぁ」

「師匠はケチなのです。イオに美味しいものを隠していたのです!」


 魔王の好物を作られるというと抵抗があるが、それが美味しい甘いものならばカマルが作るのなら大丈夫だろうとセイジも考えていた。材料を買いあさって移転の魔術で小屋まで飛ばして、帰りは手ぶらで戻る。

 移転の魔術を使えないカマルのためにセイジはカマルと手を繋いだ。空間を捻じ曲げる移転の魔術ははぐれないように手を繋いでおかなければ危ない。

 規格外の弟子のイオは移転の魔術を一度見せただけで習得してしまったので、セイジが他人と手を繋ぐなどものすごく久しぶりだった。考えてみると、じっくり他人の手に触れたことなど初めてかもしれない。

 滑らかな肌に細い指、華奢な手は柔らかく暖かい。

 隣りに立つカマルの髪から甘い香りがして、セイジは落ち着かない気分になった。

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