Ⅵ
辿りついた教会を見あげながら、彼方はどことなく心臓が閉まるような心地になる。丸い月は渦を巻くような雲にとらえられ、その周囲を囲むようにして、やはり鼠色のガスに巻きつかれた星が照っている。真横を見れば、姉も足を止めて、天をあおいでいる。
「ガイド」
しばらく間を置いてから響いてきた言葉に、彼方は苦笑いで応えてから、いつも通り口を開く。
「大分傾いてきたけど、丸い月は相変わらず目に刺さりそうな光を放っている。星もかなり暗いところに来たからか、明るさを増している。ところどころに雲が散っているけど、どれも星を邪魔しているわけじゃない」
そこまで説明してから向きなおると、姉は青い目を宙に投げかけるだけで、特に答えを返しはしない。
もうちょっと続けるか。そう問いかける彼方に、姉は静かに首を横に振ってみせる。あの日は見られなかったが、今ではこうして姉の表情をうかがうことができるまでの余裕もできている。それどころか、定期的にこうして夜の散歩に出るようにもなった。
月蝕を見に行ってから数日後、もう二度と外に出ようとしないのではないのか、と思い過ごしていた彼方の前に、姉は仏頂面であらわれ、散歩しない、と誘いをかけてきた。ある意味、初めて外に出た時よりも、思いがけないことであったため、彼方は驚きを隠せなかったが、ともに散歩をするというのは願ったり叶ったりだったので、すぐに承諾した。その時も、特に目的地もなく、前回と同じく彼方が姉の手を引いて歩き、さして何か言葉をかわさずに淡々とした時を過ごした。そこにはとりたてて語ることはなかったが、おそるおそるという形で姉に同行した彼方にとっては、どことなく安らげる時間であった。それから何日かおきに、姉は誘いをかけてくるようになり、何度か同じことを繰りかえしたあと、彼方の方から散歩に行こうと切りだすようにもなり、半分ほどをこの年上の肉親は承諾してみせた。姉は気分屋なのだと自己解釈をしているうちに、月蝕の日に胸の中に芽生えた余計なお世話という懸念は薄らぎ、自然に接することができるようになった。もちろん、いまだに、姉の内心がうかがいにくいというのには変わりなく、気分を害しているのではないのかという不安は根強くある。それを受けいれたうえで、彼方は姉とともにいるこの時間をかけがえないものだと思っていた。長く貼りついていればごく稀に顔を出す、今まで見たことのない姉の仕種やそれに付随する感情は新鮮であり、星月夜の下にいる姉の白い肌は光に照らされることでより強調され、その整った顔立ちもあいまって、とても美しく、それを独り占めしているだけでも嬉しかった。
今日もまた一心に空を見上げる姉を真横から見やる。教会のかたわら、無表情のまま月と星の光を受ける女の目線は、遥か天上へと向けられているようだった。
夜が終わらなければいいのに。そう思ってから、彼方もまた空を見る。眼前には星月夜が広がっていた。
星月夜 ムラサキハルカ @harukamurasaki
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