松葉屋邸の怪奇譚
望月レイ
第一話 梟の啼き声
朔冬は琴葉の手を引いて走った。最初に通った時よりも長い、長い廊下はどれだけ走ったのかわからなくさせる。
後ろから
それが、ひたり、ひたりとゆっくりとした足音と共に追ってくる。こちらは走っているのに何故か音が近づくように少しずつ大きくなる。
「置いテ、いカナいデ」
切実な、寂しげな声が置いていかないでと呼ぶ。その声と存在を知らないフリはもうできなかった。
†
麓の集落から徒歩一時間弱。空気が凍てつき、雪こそ降ってはいないが手足の感覚はもはやなく、朔冬は自分がなぜ山道を歩いているのかわからなくなっていた。
「……寒い」
「事実を言っても何も変わらへんでー。サク」
「後、もうちょっとのはずだから頑張ろっ」
前を歩く二人が朔冬の呟きに反応して振り返る。栗毛のフワフワとした長髪に、山道を歩くには不相応なロングコートとヒールのない厚底のブーツを履いた琴葉と、寒さで持ち前の活発さが損なわれている、黒い巻毛で、中央にデカく虎の絵が入った赤いパーカーの上に青い原色のダウンを着て黄色いスニーカーの琉海。
琴葉の服装は山道を元々歩くとは思ってないからしょうがないとはいえ、琉海の服装は一体どうしてそうなったと言いたくなる信号機カラーだ。目に痛い。かく言う朔冬の服装も黒ずくめの為に琉海には何も言っていない。何せ、集合した時の彼はツッコんでくれと言いたげに目を輝かせていたから。スルーしたが。(琴葉は律儀に個性的な服だね! と褒めていた。)
昔からの幼馴染みである彼らの道中は、付き合いの長さ故に会話が雑だ。
「それにしても、地蔵が多くないか。大した舗装もしてない獣道だろ」
「んー……下の方にあった集落と関係あるんじゃないかな。もうすぐ着く松葉屋邸はここら辺一体の地主さんの家だから、その関係?」
大学の民俗学所属の琴葉は、オカルト方面に興味があるらしく、妖怪やら物の怪の伝承を調べるのが趣味で、今回もその一環だ。朔冬としては、見えも聞こえもしないのを知っても意味がないと思っているが、彼女
琴葉は行く道に現れる、いくつもの地蔵を興味深そうに眺めつつ、目的地のナビをスマホで確認しながら歩くという器用さを見せている。
(にしても、この量は気味が悪いな)
薄暗い山の獣道の傍らにある、小さい無数の地蔵がこちらを監視しているような感覚を朔冬は覚えた。なんせ、無数だ。数え切れないほどの地蔵がその松葉屋邸への道を向き合うように置かれている。琉海も同じ気味の悪さを感じたのか、先ほどから一切喋らない。どこかで
服の袖が引かれる感覚と、遊ぼうよと言う小さな子どもの声を朔冬は聞かないフリをする。
†
古びた屋敷の表札には松葉屋と書かれていた。
「……思うんやけど、これって入っちゃいけないとやつとちゃうん」
「許可は取ったよ?」
琴葉の鈴の音のような声がコロコロと笑う。楽しそうだなと他人事のように思った。
目の前の屋敷の門には如何にもな札が貼ってある。入る為には破って入るしかなさそうだが。
「許可って誰に?」
「麓の集落に住んでる地主さん」
「住んでないんかいっ!」
琉海がお手本のようなツッコミを見せる。
「なんかねー。変なことばっかり起こるから怖くなって引っ越したんだって」
「だろうな。で、何してるんだ」
琴葉が札の端を爪で引っ掛けている。
「破るのもったいないから剥がそうと思って」
「……破るよりかはいいだろうけど」
そもそも剥がさずに何もせずに帰ればいいのではとは、生き生きとしている彼女には言い辛い。
「よし! きれいに剥がれた」
自慢げに傷一つついていない札を朔冬に見せる。朔冬はそうだなと
「お邪魔します」
丁寧にお辞儀して入る琴葉に琉海、朔冬と続く。
「邪魔するんやったら帰ってー」
「……何で?」
「いや、癖やって。知らへんの? 有名やろ」
琉海は、関西のコメディ劇の一部を息をするように言う。
「わかるけど、あれ東京とかではやってないらしいな」
そんな雑談の中、玄関前までの道のりにまたしても梟の声が聞こえた。
「よー鳴くな」
「梟って夜行性じゃなかったか。今、昼間だけど」
「夜行性じゃないのもおるんちゃうん。知らんけど」
「知らないなら言うな」
そんなやり取りに、本当に二人って仲がいいねと琴葉が笑いながら呟く。そんな訳がないと思いつつ朔冬は琴葉に声をかける。
「日が暮れる前には麓に戻るからな」
「もー、わかってるよ」
ここに来る前にも聞いたよと琴葉が膨れながら応える。
日が暮れる前なら大丈夫だろうと、そう考えていたのが甘かった。
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