小説・泣いて笑って豚ほるもん〜LEGEND OF HORUMON IN GUNMA〜」

おっきりこみぞー

第1話 ホルモンは「牛」か「豚」か

 令和になって、高崎駅周辺の景色は変わった。高崎アリーナやGメッセ、芸術劇場が開館し、マンション建設は今も続いている。


 白衣観音が夕暮れに染まる頃、駅前の居酒屋やカラオケのネオンが灯り出す。交差点は家路を急ぐ人と街へ繰り出す人が行き交っている。学生たちに比べると、会社帰りの大人たちは、どことなく浮足立っているように見えた。


 連雀町の交差点にある焼肉店には、毛之国出版社の編集部員が集まっていた。


「ええ、本日、月刊食べるん創刊号、無事校了となりました。後は発売日を待つばかりです。ありがとう!」


 編集長の倉田美由紀は頭を下げた。猪突猛進型の彼女も今日ばかりは、しおらしくみえる。編集部員たちは、ビールジョッキを片手に神妙な顔つきで倉田を見ていた。

 上座に倉田、その隣に主任の桂木、下座にフリーカメラマンの和田、記者の望月、新人の美濃の順番で座っていた。

 この店を選んだのは桂木主任だが、「打ち上げは焼肉店で!」と強く希望したのはの念願のグルメ記者となった、美濃遥海だった。

 

 倉田の乾杯前の挨拶は続いている…。


「本当にね、私が毛之国出版に入った頃は、ちょうど昭和から平成に変わった年で…」

「焼肉、焼肉〜♪」


 メニューを眺めていた遙海の心の声が鼻歌となって漏れてしまった。一斉に皆の視線が集まった。遙海は顔を赤くして小さくなった。

倉田は、ひとつ咳払いをすると、ジョッキを高く掲げた。


「お腹が空いちゃった子もいるみたいだから、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。じゃ、乾杯!」


「乾杯!」


 掛け声とともに皆でジョッキを合わせた。一口ビールを飲むと、誰でもなく拍手が沸き起こった。


「今日は会社持ちだから遠慮しないで、じゃんじゃん頼んでね!」

「わぁホンマでっか。遠慮のう頼みまっせ」


 倉田の言葉に、フリーカメラマンである和田は嬉々して言った。


「美濃ちゃん何が好き?」


 望月は、目を爛爛と輝かせてメニューに食い入る遙海に話かけた。


「えっと、ホルモンとタン塩とカルビと…レバーも好きでしょ、テチャンも絶対だし、ロースも、途中で野菜も食べなくちゃでしょ…それからハラミに、おお!ユッケも食べたい!」

 

 遥海はマシンガンのような早口で捲し立てた。


「ちょ、ちょっと待って!紙に書いたほうがいいかも」

 

 望月は手で制してバッグからメモ帳を取り出した。


「ははは、望月は、美濃のお母さんみたいだな」


 桂木が、からかうように言うと二人は顔を見合わせた。遙海は「えへへ」と照れ笑いをし、望月は苦笑いをした。

 

「お待たせしましたー、ホルモンでーす」

「わー美味しそう!」

 

 店員が脂ぷりぷりのホルモンを運んでくると、遙海は嬉しそうに手をはたいた。


「この店は朝締めのお肉を毎朝仕入れてるんだよ。鮮度が違うから旨いんだよ」

 

 桂木は、だから常連なんだと言わんばかりの表情で言った。

 ホルモンは網の上で焼かれ、ジュウジュウと脂を垂らしながら、香ばしい匂いを漂わせる。遥海は、その様に釘付けになっている。


「そんな見つめたってホルモンは逃げないよ、ほれっ」

 

 望月は焼けたホルモンを遙海の小皿に乗せた。


「あ!ありがとうございます!いただきまーす」


 遙海は、焼けたホルモンを嬉しそうに口に運んだ。


「ん-美味しい!主任!鮮度の違いわかります~♡」

 

 そう言われた桂木はまんざらでもない顔をして、ジョッキを口にした。

 

 ホルモンは炎を出しながら焼けていく。


「これ豚のホルモンでっか?」


 その横から和田が棘のある言い方でホルモンを指した。


「ああ、そうだよ。群馬は豚の生産量はトップレベルだしね」

 

 桂木は、また得意気に言った。


「はぁ…やっぱり…」

 

 和田は、ため息をついて肩を落とした。


「ん?和田さんは豚肉はダメなの」

 

 不思議そうに倉田は聞いた。



「いや、そうやないんですけど…。ウチのほうでは、あ、僕、大阪出身なんやけど大阪やとホルモンゆうたら牛なんですわ、牛!」

「へえ!そうなんですね。群馬はホルモンっていうと豚ですよ。ねぇ望月さん」

 

 遙海はホルモンを食べながら望月に同意を求めた。


「う、うん。そうだっけ?」


 望月は曖昧に頷く。知らなかったし、今まで興味もなかったようだ。


「せやけどホルモンは牛やないと締まりまへんがな。ホルモン焼き屋、名乗るんやったら、牛のホルモン出さなあきまへんで」

 

 無遠慮な物言いに、カチンときた桂木は、


「うーん、和田さんね。確かホルモンの発祥は高崎らしいから、豚のホルモンでいいんじゃないかな」


 と鼻の穴を膨らませた。


「いやいや、それはちゃいまっせ。ホルモンの発祥いうたら大阪でんがな。本場ゆうたら大阪や。その情報は間違いでっせ!桂木はん」

 

 何やら険悪なムードが漂いはじめ、場は静かになった。


「うん!それ面白いねえ」


 倉田は指を鳴らして空気を破った。


「実際、ホルモン焼きっていうと関東じゃ豚で、関西は牛なんだよね。しかも桂木君が言ったホルモン高崎発祥説は、私も聞いたことがあるわ」

「え?ホンマでっか」


 思わぬ高崎発祥説擁護に、和田は面食らった。


「そう、東京や埼玉なんかでは焼きトン。串焼きが主流でね、群馬に限っては網焼きの豚ホルモンのお店が多いの」


 倉田は逡巡して腕組みをすると、


「ねえ、次号の特集は『なぜ群馬のホルモンは豚なのか』をテーマにしない?」

 

 と言いながら、望月と美濃を見た。

 

 二人は驚いて倉田を見返した。


「え?」

「次号?」


 きょとんとする二人をお構い無しに、


「うん、決まり!次号は『ホルモン高崎発祥説を検証!群馬のホルモンヒストリー』でいこう!」

 

 と焼けているホルモンを指さして言った。

 白い煙に包まれながら宴は続いた。


 

 毛之国出版社本社ビルの窓から青々とした榛名山が見える。

 2階のワンフロアは、いくつかの雑誌の編集部になっていて、並んだデスクには資料や出版物で雑然としている。遙海の頭上には「月刊食べるん編集部」のネームプレートがエアコンの風で揺れていた。


「望月さん、燃えますね!豚ホルモンの謎!」


 相向かいに座る望月に聞いた。


「ふふふ、美濃ちゃん、スタミナつきすぎちゃった?昨日は焼肉いっぱい食べたもんね」


 デスクトップの画面を見ながら笑った。


「さて、どの辺りから調べようか。検索すると群馬のホルモン焼き屋って多いね…200軒以上あるみたい…」


 検索をすると県内のホルモン焼肉店の一覧が表示された。


「はい!とりあえず、しらみ潰しに当たるしかないですね。記者と刑事は足で調べないと!って言うし」


 と遥海は、おどけて敬礼をした。


「ははは、そんな言葉あったっけ」

「いや何となくイメージです。それと!今回の取材、私、運命を感じるんですよ」

「運命?」

「はい、私の名前、美濃遥海じゃないですか」

「うん、それがどうかした?」

「ミノとハラミなんですよ!」

「あ」

「そう!焼肉の部位なんですよ!絶対縁があると思って!」

「あははは、それは心強い。頼りにしてますよハラミちゃん」

「はい!」

 

 遙海は笑いながら再び敬礼をした。


「お、頑張ってるか、おふたりさん。ホルモンの発祥地の話」

 

 そう言いながら、桂木が別の企画会議から戻っていた。


「はい、今、県内のホルモン焼き屋さん調べてます」

「和田の奴、ぎゃふんと言わせてやるんだ。頼んだよ」

 

 桂木は打ち上げでの和田の発言を根を持っているらしい。


「それから、美濃ちゃん。これ情報ぺージによろしくね」

「情報ページ?あ、次号、私が担当でしたね」

 

 編集部にはメールやFAXで様々なプレスリリースが届く。遙海は手渡された資料を見た。巻末の情報ページは、持ち回りで担当している。


「まち映画『おかめきけ』。へえ、今度のまち映画、上毛カルタがテーマなんだ」

 

 資料は藤橋監督のまち映画最新作「おかめきけ」の上映情報だった。


「上毛カルタかぁ、小学生の頃、よくやったな。おかめきけって役札のことだっけ。覚えてる?美濃ちゃん」


 望月は持参した水筒を飲みながら聞いた。


「あー忘れちゃいましたね。でも私、「雷と空っ風義理人情」の札って好きでした。あの鬼みたいな絵が可愛くて」

「鬼じゃなくて雷様ね。あの絵が可愛いとか、やっぱアンタ変わってんね」


 遙海の答えに呆れていると、遠くで雷の音が聞こえた。


「ほらー、アンタが変なこと言うから、雷様怒ってんじゃん」

「えーそんなー」

 

 窓の外から激しい雨音が聞こえてきた。


「うわ、降って来たぞ。そういや、天気予報で今日夕立があるって言ってたな」

 

 桂木が窓を見て、そう呟いた瞬間、閃光と共に爆音が轟き、ビルが揺れた。


 編集部フロアは真っ暗になった。


「何?雷?」

「停電?」

「おい、大丈夫か」

「このビルに落ちたか!?」


 暗闇の中は騒然となった。





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