緊張的微笑

上田カズヤ

第1話 娯楽ビル

 地方にあるそのビルはある種の娯楽施設らしかった。おれは数人の友人らと旅行先で遊んでいる。自分は小学生で、一緒にいるのは年下の子らばかりであった。


 寂れたような場所にある娯楽ビルは古く、老朽化が進んでいるようだ。山々の間に沈む熟した柿のような夕陽が、やたら大きな一面の窓から目に入る。おれたちはビル中階にある温泉に入っていた。年下の少年らは調子に乗った小ギャングのように生意気そうな面で浴槽に漬かっている。


 そういえばこの施設にはプールもあるのだ。水着の少女らがガラス窓の向こうで泳いでいるのをさっき見た。男ばかりの入浴場より、中学生らしい女の子らがいる向こうの方が楽しいのではないか。中学生といえば自分よりも年上だが、もう男たちばかりの風呂は十分だ。向こうに行こう。


 なぜか友人らはもう先に行ってしまったようだった。プールのことを知っていて、彼らは既に水着を着ていたのかもしれない。おれは素っ裸で海水パンツを取りに行かねばならない。


 古いビルは何度か小修繕が行われたためか、通路が入り組んでいて案内板も非常に分かりにくいのである。昭和五十年代に建てられたものだろうか、広い建物だが、時間が止まっているような廃墟めいた様子もある。電気の消えた通路が過去のままに、まるでL版フジカラー写真のようにひっそりと静止している。


 能楽劇のような倒錯した時間迷宮に入り込んだのかと、小学生のおれはフリチン姿で思慮した。いい気な面をした仲間らはどこに行ったのだろう。年上の少女たちのいる温水プールに行ったに違いないと思うが確信がない。彼らはまだ幼いから異性の水着姿などには興味がないのではなかろうか、とも思う。おれは濡れた体をろくに拭きもせず、急いで服をでたらめに着た。


 プールはすぐ近くにあるはずなのだ。スパ施設、などというものなら「入り口はこちら」などと掲示されているはずなのだ。


 おれは別階に来ていた。そこは円筒形ビルの壁一面がガラス張りになっている。室内パターゴルフ場のようだった。


 おれは水着の女の子らがいる場所に行きたいのだ。このゴルフ施設の向こうにあるのだろうか。


 SF映画の司令塔めいたガラス窓は夕暮れ限界一杯の色彩でオレンジフィルムを通したように一面が真っ赤であった。老朽ビルの外は畑で、ローカル線が数時間に1本通るだけだ。


 このビルも、もうすぐ閉館なのかもしれない。水着姿の女の子たちはもう家に帰ってしまうかもしれない。おれは何としても閉館前に、彼女らのいるプールに行きたい、行かねばならないのだ。


 プールの場所はどこなのだろう。田舎のなすすべもない気持ちにさせる太古からの夕日が窓の向こうに沈んでいく。


 一人の子供がパターゴルフをしている。女の子はどこかにいる父親と二人で、遊んでいるようだった。ゴルフボールを探しているようだ。


 髪やタオルから水を垂らしているおれに気付き、女の子は微かに笑ったようだった。彼女のお父さんはすぐ近くにいないんじゃないかとふとなぜかおれは思った。司令塔のはるか上に彼女の父はいて、遠隔で娘の様子を見ているんじゃないか、とおれは思ってしまった。


 ゴルフボールを見つけたらしい女の子は夕暮れの中、パターを小さく振り始めた。



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