第5話 〝わたし〟と〝あたし〟
司祭たちが出て行ってからオフィーリアはドレスに着替え、窓際に立ち外を見ていた。窓からは離宮の庭園が見てとれる。帝都の中心からやや外れた場所にこの離宮はあった。
皇帝や兄たちの住む王宮と違い、警備も薄い。それでも暗殺者が潜入したとなれば大騒ぎ……とまではいかなかった。自分はいらない存在なのだ。離宮に追放されるくらいには。
ハリエットは大騒ぎしたものの、執事のバシェルは落ち着いた様子でオフィーリアの話を聞いていた。そして責任者に話をして、しばらくの間警備を厳重にするとのこと伝えて去って行った。
(あたしは殺されかけた)
改めてそのことを実感する。体が震えている。オフィーリアは両手で肩を抱いた。怖いのだ。そしてふと思う。自分はこんなに死ぬことを怖がっていただろうか、と。
――貴方ならわたしを殺せるの?
その台詞は覚えている。自分が暗殺者に向かって言った言葉。あの時の自分は怖がっていなかった。むしろ殺されることを望んでいたふうにも思う。
八年前に起こった悲劇。第一皇子アーベルの暗殺。十ほど歳の離れた腹違いの兄と共にその場にいたオフィーリアは運悪く巻き込まれた。そして生死を彷徨うほどの大けがを負ったにも関わらず、彼女は
いらない方が生き残った。当時、そう陰で囁かれたことも知っている。
その二年後、今度は事故にあった。当時、建築中だった離宮の視察に連れて来られた際、天井の崩落に巻き込まれたのだ。
それが本当に事故だったのかは分からない。アーベルの母親であった皇后が、生き残ったオフィーリアのことを疎ましく思い殺そうとした――当時はそんな噂も立ったのだから。
だが今度もオフィーリアは死ななかった。そして彼女はいつしか〝死なずの〟オフィーリアと呼ばれるようになった。
それ以来、オフィーリアは死というものに鈍感になった。死が怖くないのではない。生き残ったことに意味を見いだせないのだ。体だけでなく顔にも大きな傷跡が残る自分は、姉たちのように政略結婚の道具としても使えない。いらない子だ。
(でもそれは
そんな思いが彼女の中に浮かぶ。自分に何が起こったのかは分からない。しかし自分はオフィーリアであり梨愛という日本人なのだ。生まれ変わった……と言えるのかは不明だ。
けど梨愛の記憶のような思いはしたくない。死にたくなんか無い。
「死ぬもんか。今度こそお婆ちゃんになるまで生きてやる」
◆
王都の端、スラム街の路地裏にシルヴァが立っていた。建物の壁に背を預けて通りを眺めている。昼下がりのスラム。通りに座り込む人間もいなければ、歩いている人間もいない。
「それは本当か?」
壁の後ろ、路地の暗がりから男の声が聞こえた。〝
「ええ。オフィーリア様は死んでいない。離宮の方に目立った動きはなかったわ。少し警備が強化されたくらいね」
「……馬鹿な。俺は確かにあいつの〝構成式〟を壊した」
「アンタの殺り方についてはよく分からないけど、失敗したのは事実ね。どうするの?」
表情を変えることなくシルヴァが言う。責めているわけでも蔑んでいるわけでもない。彼女は事実を淡々と述べているに過ぎない。
「依頼主は何か言っていたか?」
それを理解しているのか〝人形師〟も声を荒げることなく言う。
「まだ何も。代理人からの接触はなかったわ」
「なら接触があったら伝えておけ。〝死なずの〟オフィーリアは俺が必ず殺す、と」
〝人形師〟の声はどこか嬉しそうだった。まるでおもちゃを与えられた子供のように。
「但し時間はかけさせてもらう。まず何が起こったのか調べないとな」
「依頼人からは期限の指定はなかったし、いいんじゃない? もし何かあれば連絡するわ」
「頼む。それと潜入するのに準備が必要だ、こっちも頼めるか?」
「何が必要なの?」
「……まず身分だな」
シルヴァの問いに〝人形師〟はやや間を置いて答えた。潜入とは単に忍込むことではない。どういった形であれ、離宮の内部に入り込むのだ。その為には確かな身元が必要になる。
「ツテはあるけど……貴族とかだと高いわよ?」
「貴族である必要はない。そうだな――」
続く〝人形師〟の言葉に、シルヴァは頷いてみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます