その3
「う……、何だったんだ、一体……? ――って、これは⁉」
痛みが治まり、何とか気を取り戻したユウヤが目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
燃え盛るビル、そこら中から巻き起こる爆発音、ひび割れたアスファルトの地面……。だが、そんなものはまだマシだった。
人が、言葉にするのすら憚られるような惨状で路上に散らばっていた。何か鋭利な刃物で切られたかのようにブロック状だったり、強い力で無理やり引き裂かれたかのようなミンチ状だったりと、死体と言うよりは人肉と表現した方が適切な有様だ。
「ウゥッ」
あまりの光景に胃の中から内容物が喉元へとこみ上げてくる。しかし口元を手で覆って呼吸を整えると、何とか不快感が収まった。
震える脚に力を入れて立ち上がる。鉄臭い血の匂いがユウヤの鼻腔をこれでもかと刺激するが、体中から溢れる不安を抑え込んで冷静さを保つ。
「と、とにかく地下シェルターへ逃げなきゃ」
王都センダイやその他第七王国の主要都市には、万が一革命や聖戦が起きた時のために地下シェルターが用意されている。かなり頑丈なつくりとなっているため、この惨状でも無事だろう。
ユウヤは急いで地下シェルターの入り口がある地下鉄へ向かおうとする。――しかし、直後、すぐ近くで何かが砕けるような大きな音がした。
「な、なんだ⁉」
音のした方を見ると、ユウヤが立っている大通りの前方五十メートル右側にある大きなビルに、強い衝撃を受けてクレーターが出来上がっていた。クレーターのちょうど真下には、ユウヤよりおそらく少しばかり年上だろうと思われる女性が一人、額から血を流した状態で倒れていた。
「チッ、昨日奴隷兵にしたばかりだからな。やっぱこの程度か」
女性から少し離れたところには、第七王国憲兵隊に所属する隊員の証である黄色い隊服を着た三十代くらいの男が一人、女性を見下ろす形で立っていた。その横には十代後半と思しき二人の少年が男に付き従っている。
「クッ……、まさか、こんなにも強いなんて……」
「いやいや、お前が弱すぎるんだって。なんだその弱っちい権能は」
軍帽を目深にかぶって表情は良く見えないが、明らかに女性をあざ笑っていた。
「さて、そろそろ終わらせるか。――おいお前、その刀でこいつの首を切り落とせ」
付き従っている少年の一人に命令をする隊服の男だが、少年は手に持っている血で真っ赤に染まった刀をカタカタと震わせながら首を横に振る。
「い、嫌だ。も、もう、やめてくれっ‼」
恐怖で歪んだ叫びを少年は上げるが、ユウヤはその声に聞き覚えがあった。声だけではない。ユウヤと同じ上杉高校の制服を着ているその姿にも、見覚えがあるどころかつい昨日見たばかりだった。
「大沢君……?」
血まみれの刀を持った少年はまごうことなく――クラスメートの大沢だった。
ユウヤの声に気づき、隊服の男が面倒くさそうにユウヤを見る。
「オイオイオイオイマジかよ。ここら辺にいたどんくさい逃げ遅れの一般人は邪魔だし全員殺処分したはずだったんだけどなぁ……」
男から発せられた信じられない言葉にユウヤは愕然とする。殺処分、その言葉の意味するところが正しければ、本来市民を守るべき憲兵隊の隊員であるこの男が、目の前の凄惨な光景を生み出したということになる。
「まぁ、今手元に探知系の奴隷兵がいねぇからこういうことも起きちまうが、陛下からは奴隷兵で遊ぶ代わりに目撃者は残すなって言われてるし……。よし、奴隷一号君、そいつをサクッと殺せ」
男の声に呼応し、大沢は手に持った日本刀を構えて歩みだす。
「い、嫌だ。殺したくない‼ い、嫌だァァ‼」
大沢は大粒の涙をこぼしながら叫ぶも、体が勝手に動いているかのようにユウヤの元へゆっくりと近づく。その様子を、隊服の男は愉快そうに見つめる。
「良いザマだぜ! お前が強化の儀で手に入れた権能が、四級の「物体を細かく振動させる」ってモンだと聞いた時、俺はすぐ思いついたんだ‼ 刀を高速に振動させて戦わせれば、人間を豆腐みてぇに楽しく簡単に切れるんじゃないかって。試してみたら大当たりだぜ! やっぱ権能ってのは相違工夫が大事なんだよなぁこれが! 肉をスパスパ切る感触が手にしみついて忘れられねぇだろ? ほれ、さっさと殺れ! ソイツ、学校の友達かなんかなんだろ⁉ お友達を殺して絶望に浸る顔を、俺はとぉぉぉぉっても、見てみたいなァ!」
ボロボロと泣きながら迫る大沢に、ユウヤは戦慄した。この光景は、一体何なのか、昨日まで希望に満ち溢れていた大沢の身に、一体何が起きたのか。
「な、成宮君! お、ねが、い、だ……! にげ、逃げて、くれ! 僕は君を、殺したくなんか、ない……‼」
まるで目に見えない力で自由を制限されているかのように、震えながら刀を構えて近寄る大沢にユウヤは驚きつつも、何とか逃げようと走る準備をする。しかし――
「くっ……‼」
再びユウヤの頭に激痛が襲い、その場に崩れ落ちる。
『た……か……え……』
さっきと同じように、ノイズがかった声が聞こえる。
「何なんだ……、さっきから、これはっ!」
激しい頭痛と謎の声に、意識が朦朧とする。頭を押さえるユウヤだが、その間にも大沢が刻一刻と近づく。
そしてついに、大沢がユウヤの眼前にたどり着き、刀を大きく振りかぶった。
「良いぞ! さぁ、やれッ‼」
隊服の男が嬉しそうに叫んだ、その時だった。
『戦え!』
ノイズが消え、鮮明に声が聞こえた。
――直後、ユウヤの中で、何かがカチッとはまる音がした。
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