光の気配
春嵐
第1話
「目が見えないのに、こういうのは分かるのか?」
「分かるよ」
人間には、光を感じる器官がある。目で見るのとは違う。全身で。光を感じることができる。そう信じていた。というか、実際に分かる。
目を閉じてから、自分の全身が光を感じる、目になった。
「手。手繋いで」
「はいはい」
だから、こういうこともしなくていい。ひとりで普通に歩ける。でも、目を開けないことを理由に彼と手を繋ぐ。束の間の、本当に少しだけの、やさしい時間。
「治療、うまくいくといいな」
「うん」
うそ。
治療なんてしていない。そもそも、目が見えなくなったわけでもない。任務のために、目をずっと閉じてるだけ。
暗いところに、狐が出た。だから、目を閉じて、暗いところに慣れさせる。それだけ。そして、暗いところは、ここではないどこか。ようするに別世界。
でも、そんな説明をしたところで、隣にいる彼には伝わらないだろうから。てきとうにうそをついている。目が見えなくなったとか、治療でしばらく会えないとか、そんな感じで。
「手。暖かいなあ」
「そうか?」
目を閉じてるから、無意識に相手の体温に意識を集中させているだけ。
「ねえ」
「ん」
「わたしが帰ってこなかったら。わたしのことは忘れてね」
任務がうまくいくか分からないし。帰ってこれる保証もない。
べつにかまわなかった。暗いところでも、たぶん、ここと変わんないだろうし。この街から離れるだけ。正義の味方じゃなくなるだけ。
もともと、高い能力値がある。そして、環境への順応性もあった。わけわかんないぐらい。それがわたし。
だから。彼がいないと生きていけないとか、そんなこともない。残念なわたし。生きるのに他者を必要としない。適応が生み出す、ひとりの日々。
「あ。ごめんなに。聞いてなかった。治療の話か?」
「ううん。なんでもない」
彼には、聞こえてなかったらしい。
いいか、それでも。
彼に黙って、任務に行こう。
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