第8話 再会

 先輩がいなくなってから、一年が過ぎた。

だけど、ぼくは、先輩のことは、一日たりとも忘れたことはない。

川北町で会った、宇宙人たちのこともそうです。いつも頭の片隅で、思い出していた。

 ぼくは、何事もなかったかのように、実家に戻って以前の生活に戻った。

両親は、家を出て、先輩と婚約して、川北町で生活していたことなど、なかったことになっているのか記憶がポッカリ抜けているかのように、普通に接してくれます。

 出版社も、編集部の人たちは、最初から先輩はいなかったことになっている

のか誰も口に出す人はいなかった。そして、先輩が残した仕事をぼくが引き継いだ。

 毎日、出勤するときは、普通に電車に乗って行く。定期券をもらったので、

それを使う。普通の会社員とまったく同じだ。改札口を通るときに、かばんからパスケースを取り出す。

でも、ぼくは、もう一つパスケースを持っている。それは、川北町にいくときに乗るバスのパスだ。

しかし、今は、そのパスケースの中には、何も入っていない。空っぽなのだ。

アレから、川北町に行くことはできない。みんなはどうしているのか、

気になる。でも、ぼくは、パスがないので、行くことが出来ない。

先輩が去っていったときに、ぼくのパスケースから川北町行きのパスも消えた。

 今頃先輩は、どうしているのだろうか? 宇宙のどこかで、違う星を侵略しているのか? それより、元気でいるか、それが一番心配だった。

他の宇宙人に狙われていないか。宇宙警察に逮捕されていないか。

それが気がかりだった。

 もちろん、川北町はどうなっているのか? 他の宇宙人の人たちは、どうしているのか? 川北町に行きたい。例え先輩はいなくても、あのアパートで暮らしたい。

いつか、帰ってくることを信じて、先輩を川北町のアパートで待っていたい。

ぼくは、毎日、そればかり考えていた。

 

 出版社の方は、ぼくにも後輩が出来て、やっと編集部の人たちにも認めてもらえるようになった。

ぼくが先輩に言われて、初めて手がけた山居先生の本が、まさかの大ヒットしたからだ。

山居先生も、これが最後と決めたのに、ヒットして、ロングセラーになった

ばかりか宇宙人ブームが起きて、テレビや雑誌にも出るようになった。

もちろん、わが社もおかげで、かなり儲かったらしい。

担当編集者のぼくも、おかげで一人前になれた。

 引退宣言していた山居先生だが、これをきっかけに、引退を撤回して、

第二弾、第三弾と立て続けに本を執筆した。もちろん、編集担当は、ぼくだ。

本の内容も、一部、ぼくのアイディアもあった。川北町で出会った宇宙人たちとのことや侵略会議のときの話を、それとなく脚色して話したこともあった。

おかげで、二冊目、三冊目もヒットしている。

 ちなみに二冊目の本のタイトルは『狙われる地球』だ。

侵略者目線で書かれた本で、地球を侵略するためにどうするかという話だ。

小説風でも、企画書的な内容になっている。これが、うけたのだ。

 続く三冊目のタイトルは『地球、あげます』だ。

今度は、侵略される側の地球人目線で書いてある。地球に失望した青年が、

侵略者に救われて地球をあげるかどうか悩むという話だ。

これもぼくのアイディアだった。これまた、ヒットした。

ぼくは、山居先生と出版社の往復する忙しい毎日だった。

 それでも先輩のことは、片時も忘れたことはない。

この本の成果とぼくの編集者としての成長を、先輩は喜んでくれるだろうか?

宇宙のどこかで見てくれているとうれしい。いや、きっと、見てくれている

はずだ。そう信じたい。

ぼくは、先輩の喜ぶ顔が見たくて、認められたくて、今日までがんばって来た。

今は、先輩はいないけど、ぼくは一人でがんばっている。

少しだけど、自信もついて来た。


 そんなある日のこと。いつものように山居先生の自宅で、次の本の話を

していたときのことだった。

「実は、ファンレターがきてね」

 山居先生は、一通の封書をぼくに見せてくれた。

「まさか、この年で、ファンレターをもらえるとは思わなくてね。正直、

うれしかったんだ」

 そう言って、にこやかに笑った。

「読んでみたまえ。わしの本について、いろいろ書いてある」

 ぼくは、その手紙を読んでみた。便箋四枚にびっしり書かれていた。

読んだ感想はもちろんだけど、自分なりに考えた、宇宙についての話とか、

疑問点などとても詳しく書いてあった。

「わしは、この人に返事を書いた。もし、よければ、本を書いてみないかとね」

 山居先生は、そう言って、机の引き出しから、大きな茶色の封筒を取り出した。

「それから、しばらくしたら、これが送られて来た。原稿だよ。わしは、正直

言って、感動した。この人の書いた原稿は、わし以上に宇宙のことを知っている。マニアというより、本物の宇宙人のような気がした」

 ぼくは、手渡された原稿用紙の束を受け取った。

「どうかね。これをキミの出版社で、出してみないか?」

 そう言われたぼくは、山居先生の推薦もあるので、断ることも出来ないので、一度持ち帰って、読んでみてから、返事をするといった。ぼくは、出版社に

戻ると、早速、その原稿を読んでみた。

読み続けるうちに、ぼくは引き込まれた。夢中で読んだ。

そして、読み終えたとき、なぜか、すごく感心した。

山居先生の言うとおりだった。それにしても、なんだ、この原稿は……

 ぼくは、その原稿を書いた人の名前を見た。そこには『青山一郎』と書いて

あった。知らない名前だ。ぼくは、この人に会いたくなった。

理由は、そこに書いてあった話は、一年前のぼくとまったく同じだったからだ。

 侵略者と知り合った地球の青年が恋に落ちる。そして、同棲する。

そこは、宇宙人街。そこで知り合った、いろいろな宇宙人たちとの出会いや、

侵略会議という謎の集団。青年は、侵略者である彼女を愛してしまったことで、地球人としての自分はどうすべきか悩む。

その地球という星は、果たして、侵略するに値するような、素晴らしい星なのか?

 そして、青年は、答えを出す。侵略者である彼女についていくという

ことだった。

果たして、その青年と侵略者の彼女との運命は? この先どうなるのか?

最後は、彼女との悲しい別れ。宇宙警察に侵略者として追われる彼女は、青年を地球に残して宇宙の果てに消える。

 そんなストーリーだった。しかも、タイトルが『婚約者は、侵略者』だ。

「これって、まんま、ぼくじゃないか」

 何度読んでも、そんな感想しか出てこなかった。なんで、ぼくのことを

ここまで詳しく書いてあるんだ。

ぼくは、封書の住所を頼りに、この作者に会いに行った。

 場所は、東京の下町だった。どこか風情がある感じがした。しかも、この風景は、どこかと似ている。ぼくが暮らした川北町と似ているのだ。

もちろん、路面電車もトロリーバスは走っていない。

巨大なビルや高層マンションもある。だけど、なんとなく川北町に雰囲気が

似ているのだ。

 ぼくは、迷子になりながら、その住所にたどり着いた。

そこは、今の時代から取り残されたような、ボロボロの木造アパートだった。

「マジか……」

 ぼくは、そのアパートの前で佇んでそう呟いた。

川北町に住んでいたアパートとは違うものの、その雰囲気は同じだった。

ぼくは、ポストを確認して、青山一郎という名前を探した。

だけど、そんな人は、ここには住んでいなかった。でも、住所は、ここに間違いないのだ。二階建ての六部屋しかないアパートなので、一部屋ずつ表札を見て

みることにした。

 だけど、表札すらない部屋ばかりで、ホントに人が住んでいるのかどうかも

わからない。

「どうなってるんだろう?」

 ぼくが不思議に思っていると、一階の真ん中の部屋のドアが開いた。

チャンスだと思って、その人に聞いてみることにした。

「あの、すみません。こちらにお住まいの方ですか?」

「そうですよ」

「それじゃ、青山一郎さんて方の部屋は、ご存知ですか?」

「ハイ、知ってますよ」

「どの部屋ですか?」

「どの部屋って、私が青山一郎ですけど」

 そう言われて、ぼくは、腰が抜けるほど驚いた。

ぼくの目の前にいた男は、ぼくより若い大学生のような青年だったからだ。

こんな若い人が、あの原稿を書いたなんて、信じられない。

「あの、ホントに、あなたが、青山一郎さん?」

「そうですよ。もちろん、ペンネームですけどね」

「あの、これを書いたのは、ホントにあなたですか?」

 ぼくは、そう言って、持っていた封筒から原稿を出して見せた。

すると、彼は、優しい笑顔でこう言った。

「立ち話もなんだから、中にどうぞ」

 そして、ぼくは、促されるままに部屋に上がった。

中は、四畳半一間の小さな部屋だ。部屋の真ん中には、いまどき珍しい、

丸いちゃぶ台が置いてあった。

家具もない、テレビもない、あるのは、ちゃぶ台だけだ。ぼくと彼は、ちゃぶ台をはさんで差し向かいに座った。

「あの、ホントに、これを書いたのは、あなたなんですか?」

「これを書けば、きっと、きてくれると思ってましたよ。山岸甲児さん」

 ぼくは、驚いた。驚愕した。何で、ぼくの名前を知っているんだ?

ぼくは、驚きの余り、言葉が出なかった。目を白黒しているぼくを見て、

彼はいった。

「そんな顔しないでくださいよ。ぼくは、アッコに言われて地球に来たんですから」

 今度は、卒倒しそうになった。彼の口から、先輩の名前を聞いたとき、

気を失いそうになった。

過呼吸の余り、胸が苦しくなった。息が出来なくなるほどだった。

聞きたいことがありすぎる。でも、言葉が口から出てこない。

ただ、口をパクパクしているだけだった。

「ちなみに、アッコは、元気ですよ。今も宇宙のどこかで、星を侵略してますよ。言い忘れたけど、私は、宇宙人です。でも、地球を侵略しに来たわけでは

ありません。誤解しないでくださいね」

 やっぱり、彼は宇宙人だった。そうじゃないと、先輩のことを知ってるわけがない。

彼は、立ち上がると、蛇口からコップに水を注いで、ぼくの前に置いた。

「落ち着いて、水でも飲んで下さい」

 ぼくは、両手でコップを持つと、そのまま一気に飲み干した。

渇いていた口が、潤ってくると、やっと言葉が出た。

「どうして、こんなものを書いたんですか? どうして、ぼくのことを知ってるんですか?」

「決まってるでしょ。キミに会うためですよ。キミの事は、アッコに聞きました。話を聞いて、地球人であるキミに会いたくなったんですよ。それで、地球にきて、それを書いた。たまたま読んだ地球の読み物が山居さんという方の書いた本でね。中身は、大したことなかったけど、編集者の名前がキミだったんでね」

 ぼくは、震える体を押さえて、話を続けた。

「ぼくに会って、どうするつもりなんですか?」

「別にどうもする気はないよ。ただ、アッコが惚れた地球人がどんな人なのか、一目見たかっただけです」

「あの、先輩…… じゃなくて、アッコさんとは、どういう関係なんです?」

「ただの知り合い。知り合いというのもおかしいね。たまたま、宇宙ですれ

違っただけで、キミが心配するような関係じゃないし、まして、宇宙警察でも

ない。簡単に言えば、地球人というのを見てみたかっただけの旅行者ですよ」

 彼は、あっさりそういった。

「申し訳ないけど、これは、本には出来ません」

「そりゃ、そうですよね。だって、それは、キミのことを書いたものだからね」

 山居先生には、悪いけど、本としては出版できなかったと断ればいい。

「そこでね、それとは別の話を書いてみた。もちろん、キミとは関係ない話だ。どうだろう、こっちも読んでみてくれませんか?」

 そう言って、彼は、別の原稿をちゃぶ台に置いた。

「わかりました。とりあえず、預かります」

「読んだら、感想を聞かせてくださいね。連絡先は、ここです」

 そう言って、メモ用紙に電話番号を書いてくれた。もちろん、携帯電話では

ない。部屋の隅に黒電話があるのを見つけた。今時、固定電話を持っているだけでも珍しい、博物館でしか見たことがないダイヤル式の黒電話を初めて見た。

「ちなみに、あなたのホントの名前は?」

「名前なんてありませんよ。私は、宇宙人だから」

 そういうことか。そう言えば、先輩にも名前はなかった。


 ぼくは、まだ動悸が治まらない。心臓がバクバクいってる。

先輩や川北町以外で、宇宙人に会ったのは、初めてだった。

まさか、こんなところに住んでいるなんて……

そして、先輩のことを知っている。宇宙で先輩に会ったとも言っていた。

そのときに、ぼくのことを聞いたとも言っていた。それより何より、先輩が

元気なことがうれしかった。

 もう一度、先輩に会いたい。心から会いたいと思った。会いたくてたまらく

なった。

どうすれば会えるんだろう…… 宇宙に行けば会えるかも? でも、どうやって……

宇宙飛行士にでもならないと宇宙にいけない。ぼくの年で、これから宇宙飛行士になんてなれるわけがない。

ぼくは、青い空を見上げて、先輩の顔を思い浮かべた。

 出版社に戻ったぼくは、渡された原稿を読んでみた。

タイトルは『地球は、ホントに青いのか?』と書いてあった。

原稿の内容は、地球は、ホントに青く、素晴らしい星なのか?

侵略されるような魅力的な星なのか? というような話だった。

読み薦めていくうちに、ぼくも共感する部分が多かった。

青山と名乗る宇宙人が疑問に思ったことを客観的に捕らえていた。

それは、ぼくが疑問に思っていることと似ていた。それだけに、これは本に

したいと思った。

 今は、先輩がいないので、相談相手は、編集部の部長しかいない。

ぼくは、週に一度の編集会議で、この原稿をプレゼンしてみた。

 反応は、上々だった。山居先生の本で、ウチの出版社は、マスコミの間でも

評判になったことと宇宙関連でも、難しい専門用語的な文言ではなく、

誰でも読める文章だったことだ。

すぐに、書籍化に向けてゴーサインが出た。もちろん、編集担当は、ぼくだ。

 この本を出して、読者の反応が見てみたかった。一部の宇宙飛行士以外の、

大半の人間は自分の目で地球を見たことはない。地球が青いというのは、テレビや写真で見ただけだ。

それを見て、地球は青いと思っているに過ぎない。確かに、地球は青く見えるがそれだけでいいのか?

環境汚染もあるし、事実、地球上から緑と水は、消えている。

それは、すべて人間がしてきたことで、宇宙人から見れば、地球人は、愚かに

見えるかもしれない。

そんな視点から、問題提起的な本になればいいと思った。

 ぼくは、俄然やる気が出て、仕事に夢中になった。忙しいのもそうだが、

打ち合わせとして青山と名乗る宇宙人に会うのが楽しみになった。

主に話すのは、原稿の編集のことだが、彼は宇宙人なので宇宙での話のが興味があった。先輩が戻ってくるまでに、少しでも、宇宙のことを知っておきたいと

思ったからだ。

 家に帰り、自分のベッドに横になると、今頃先輩はどうしているか、

そればかり考えた。

元気でいるのか? 宇宙警察に追われていないか? 違う宇宙人に襲われていないか?

そんなことばかりしか思わなかった。今の自分を見たら、先輩は、

どう思うだろうか? いつか、再び、会うときまでに、もっと大人になって、

地球人として、先輩に追いつけるように今をがんばって生きていこうと誓った。


 この日も、青山氏の家から直した原稿を持って出版社に戻った。

すっかり夜になっていたので、急いで帰宅した。

 疲れて帰宅したぼくは、明日は土曜日で休みなので、今夜はゆっくり寝ようと思った。玄関に入ると、すぐに母親が出迎えた。

「ちょっと、こっちにきて」

 嫌な予感がする。テンションが高いときの母は、要注意なのだ。

「こっちきて、座って」

 テーブルには、すでに父も座ってぼくの帰りを待っていた。

「この子なんだけど、会ってみない?」

 やっぱり、ぼくの予感は当たった。また、お見合いの話だ。

これまでに三回、見合いは断った。四度目のお見合いで知り合ったのが先輩

だった。そして、婚約した。でも、今は、先輩はいない。母も四度目で婚約

した、先輩のことは、記憶にないようだった。

てゆーか、なかったことになってるらしい。ぼくは、結婚相手は、先輩に決めているので、さっさとこの話は終わらせて、ゆっくり休みたかった。

「写真だけでも見てみなさい」

「かなり美人だぞ。年上だけど、お前には、いいと思うぞ」

 またかと思って、ぼくは、適当に返事をした。

「いいから、見てみろ」

 父が見合い写真を開いて、ぼくの前に置いた。

ぼくは、やる気がないので、チラッとだけ見た。そこで、目が飛び出るくらい

ビックリした。

そこに写っていた女性は、赤い着物を着た、先輩だったからだ。

「えっ! これ……」

「なんだ、お前、知ってるのか?」

 知ってるも何も、紛れもない先輩じゃないか。どうして、先輩が見合い写真なんて撮ってるんだ?

今頃、宇宙にいるはずじゃないのか? なんで地球にいるんだ?

でも、別人ということだってある。他人の空似ということだってある。

 ぼくは、名前を確認した。そこには、ハッキリと『星野敦子』と書いて

あった。

「な、なんで……」

 ぼくは、写真を手にして、椅子を倒して立ち上がっていた。

「どうした、甲児?」

「この人……」

「あら、知ってる人? それなら、丁度いいわ。会ってみるだけでもしてみない?」

「会う! 会います。母さん、頼むよ」

「甲児が珍しくやる気になってるぞ。気が変わらないうちに、先方に連絡しなさい」

 父に言われて、母は、早速、連絡する。

ぼくの頭の中は、パニック状態だった。先輩が地球に帰って来た。

また、会える。そう思うと、いてもたってもいられなかった。

 なぜとか、どうしてとか、そんなことよりも、また、再会出来ると言う気持ちのが強かった。

だけど、ぼくのことを覚えているだろうか? まさか、忘れていたり……

見合いの席で「初めまして」とか言われたら、きっとぼくは、立ち直れない。

 ぼくは、ベッドに横になっても、そのことばかり考えて、なかなか眠れなかった。

結局、お見合いは、日曜日ということになった。ぼくは、日曜日が、待ち遠しくてたまらなかった。

早く先輩に会いたいという気持ちで一杯だった。

 翌日の土曜日という一日は、悶々として過ごした。早く明日になってくれと、神様に祈った。

だけど、以前、同じようなことをした記憶がある。両親は、先輩とのお見合いのことは、記憶にない。

でも、ぼくは、ハッキリそのときのことを覚えている。まさか、夢ではないか?

先輩は、宇宙人だから、なにかしたのかもしれない。それくらい、朝飯前だ。

宇宙人なら、やりかねない。ぼくは、そう思うと、少し冷静になれた。


 そして、見合い当日の日曜日。ぼくは、あの時と同じスーツを着て、

母と出かけた。

見合い会場も、あの時と同じホテルのラウンジだった。

間違いない。あの時と同じだ。ぼくは、あの時と同じラウンジの席に座って、

先輩が来るのを待った。

そして、少し時間に遅れて赤い着物を着た先輩と付き添いの女性が現れた。

あの時と同じだ。ぼくは、確信した。目の前に座っている赤い着物の女性は、

間違いなく先輩だ。俯いているけど、先輩に違いない。

早く、二人だけになりたい。そして、ぼくの事を聞いてみたい。

 しばらく母親同士二人で話をすると、やっと席をはずしてくれた。

それもあの時と同じ状況だ。やっと、二人きりになったぼくは、先輩に言った。

「あの、もしかして……」

「久しぶりだね。また、地球に戻ってきちゃった」

 ぼくの言葉を最後まで聞かずに、先輩から話した。

しかも、その口から「久しぶり」とか「地球に戻ってきた」とかいった。

間違いない。先輩だ。ぼくのことを覚えていてくれた。

それだけでうれしかった。もう言葉はいらなかった。

気が付いたら、ぼくの目から熱いものがこぼれていた。

「甲児、元気そうだね」

 ぼくは、ただ首を縦に振ってるだけだ。

「なに、泣いてんの? 相変わらずね。もう、大人なんだから、しっかりしなさいね」

 そういわれても、ぼくは、ただ頷くことしかできなかった。

「久しぶりの再会だから、行こうか。みんなも待ってるしね。ちょっと待ってて、変身して来るから」

 先輩は、そう言って、さっさと立ち上がって、洗面所に行ってしまった。

ぼくは、先輩が戻ってくるまで、涙を拭いた。ぼくは、うれしくて

たまらなかった。

憧れの先輩が、また、こうして、ぼくの目の前にいる。また、会えたことが

うれしかった。

 すると、先輩は、あの時と同じ、黒いタイトスカートに白いワイシャツ、

ハイヒールの姿になって戻って来た。

「さぁ、あたしたちのウチに帰りましょ」

「でも、ウチって……」

「決まってるでしょ。川北町のあのアパートよ。忘れたの?」

「忘れるわけないでしょ。ぼくは、あのときのことは、毎日、考えていたんだから」

「あたしもよ。だから、帰るのよ。あの街へ……」

「でも、ぼく、パスが……」

「なにを言ってんの? ポケットの中を見てみなよ」

 言われてぼくは、スーツのポケットに手を入れた。

すると、ポケットの中になにかがあった。まさかと思って、取り出すと、それは、川北町までのパスだった。

「ほらね。さっき、入れといたのよ」

「先輩……」

 ぼくは、我慢できずに、先輩に抱きついて声を出して泣いた。

「先輩…… ずっと、会いたかったんです。ぼくは、絶対、戻ってくるって、

信じてました。もう、先輩から離れませんよ。ずっと、ずっと、いっしょだから。宇宙でも、どこまでも、ついて行きます」

「ちょっと、こんなところでなに言ってんの」

「先輩……アッコさん、大好きです。愛してます」

 先輩は、そんなぼくの頭を優しく撫でてくれました。

「ハイハイ、もう、わかったから。みんなみてるわよ」

 ぼくは、ハッと気がついて、先輩から離れました。

「ほら、そんな顔してると、みんなに、だから地球人はって、笑われるわよ」

 そう言って、ハンカチをくれました。ぼくは、それで涙を拭いて、真っ赤な

目で泣き笑いました。

「さぁ、行くわよ。バスがもう来るから」

 すべてが懐かしかった。先輩の声、言葉一つ、すべてが懐かしかった。

ぼくは、先輩に手を引かれて、ホテルから出た。すると、目の前に、川北町と

いう表示のバスが止まっていた。

ぼくは、先輩といっしょにそのバスに乗った。それも懐かしさがこみ上げてくる。この音、この揺れ、この景色、何もかもがあのときのままだ。

「キミのこと、ずっと宇宙から見てたよ。あたしがいなくても、がんばって

たわね。もう、一人前ね」

 そんなことを聞くと、また、涙が出てきそうになる。だけど、ぼくも男

だから、ここは泣かないように我慢する。

「ぼくのこと、見てくれてたんですか?」

「当たり前でしょ。だって、心配だもん。あたしがいなくなっても、一人で

やっていけるか、気にしてたのよ」

 やっぱり、先輩は、ぼくのことを見てくれていたんだ。その言葉が、

うれしすぎる。

「突然、いなくなってごめんね。それと、あの時は、ごめん。あたしも言いすぎたと思ってる。甲児に迷惑かけたくなくて、何も言わずに逃げちゃったの。

だけど、宇宙に行っても、甲児のことばかり気になってね。侵略どころじゃ

なかったわ。もう一度、甲児に会って、謝らなきゃと思って、戻ってきたの」

 ダメだ。そんなこと言われたら、もう、涙を我慢できない。

ぼくは、両手を握って両膝に置いたまま、涙を流し続けた。

「許してくれとはいわない。地球侵略もやめない。いつか、侵略するわ。それでも、いい?」

「当たり前じゃないですか。ぼくは、アッコさんと結婚するんですよ。いっしょに、地球侵略しましょう」

「いいの?」

「ハイ。ずっと、決めていたんです。ぼくは、どこまでもアッコさんについて

行きます。そして、どんなことでも協力します。地球侵略を手伝わせて下さい。それをあの時、言いたかったんです」

「ありがと。やっぱり、あたしが見込んだ地球人ね。あたしも甲児のこと、好きよ」

「先輩……」

「そう言うときは、名前を呼ぶんじゃないの?」

「そうでした。すみません。アッコさん、ぼくも大好きです」

 バスは、あの時と同じ、不思議なトンネルに入った。そして、すぐにトンネルを抜ける。ぼくの目には、あの時と同じ懐かしの川北町の景色が見えた。

帰ってきたんだ。ホントに、帰って来た。川北町に……

万感の思いで、バスを降りて、川北町に足を踏み入れた。

 ぼくは、バスを降りて、少しの間、一年ぶりの川北町の風景を目に

焼き付けた。

あの時とちっとも変わってない。行きかう車。走っている路面電車。

忙しそうに歩いている人たち。もちろん、全員宇宙人だ。古ぼけた街並み。

今にも崩れそうな木造の家。すべてが懐かしかった。

心に染み入る景色で、感動すら覚える。

「なにしてるの? もしかして、アパートの場所、忘れちゃった」

「そんなわけないでしょ。忘れやしません」

 ぼくは、そう言って、先輩の前を歩いて、アパートに向かって歩き出した。

記憶も何も、足が勝手にアパートに向かって歩いている。

ぼくは、走り出したい気持ちを抑えて、先輩と歩いた。

そして、アパートに着いた。ぼくは、久しぶりのアパートを見上げる。

「よぉ、久しぶりだな、地球人」

「お帰り。元気にしてた?」

「きっと、帰ってくると思ってたよ」

 そう言って、迎えてくれたのは、アパートの住人たちだった。

「ただいま。黒犬さん、久しぶりです。白ネコさん、ご無沙汰してます。カブトムシさん、また、よろしくお願いします」

 ぼくは、そう言って、頭を下げた。

「挨拶はいいから、さっさと部屋に行けよ。アッコが笑ってるぞ」

 黒犬さんの大きな手で背中を押されて、ぼくは、一年ぶりに自分の部屋に

入った。  

さっきから、ぼくと住人たちとのやり取りを笑いながらみていた先輩と目が

合った。

 そして、部屋の前に立って、深呼吸してからそっと開けた。

「やぁ、お帰りなさい。部屋は、私が掃除しておきましたよ。お二人がいつ帰ってきてもいいようにね」

「あ、青山さん!」

 そこにいたのは、ぼくが書籍化を目指している、あの青山先生だった。

「勝手に、人の部屋に入らないの」

「すみません。でも、二人の新しい門出を、私なりに祝福したかったんですよ」

「それより、なんで、ここにいるんですか?」

「なんでって、私も今日から、このアパートにお世話になるからですよ」

「えーっ! 聞いてないですよ」

「今、初めて言ったんだから、当たり前ですよ。アッコさん、よろしくお願い

します」

「まったく、いつも勝手なんだから。ちゃんと大家さんに話を通して、家賃は

払うのよ」

「ハイ、わかってます。そういうことだから、山岸さん、これからよろしくお願いします」

 話が勝手にどんどん進んでいくので、ついていくのが大変だ。

その前に、青山さんが宇宙人だというのは、前に聞いたけど、まさか、川北町に越してくるとは思わなかった。

「でも、これから、編集の打ち合わせとか、楽ですよね。こちらこそ、よろしくです。青山先生」

 ぼくは、そう言って、改めて頭を下げる。しかし、それを青山さんは、否定した。

「その青山先生ってのは、やめてくれないかな。ぼくは、地球人じゃないんだから、そんな名前で呼ばないでほしいね」

 青山さんは、そう言って、顔をしかめた。

「でも、それじゃ、どう呼べば……」

「だいたい、その青山一郎ってのは、ペンネームで地球用の仮の呼称に過ぎないんです」

「だから、名前は?」

「キミ、宇宙人とは、付き合いが長いんでしょ? だったらわかりそうなもんじゃ

ないか。宇宙人に名前はないんです」

 そうだった。このアパートの住人の名前は、誰一人ぼくは知らない。

聞いてもわからないというだけた。

「ちなみに、この人は、宇宙の渡り鳥なのよ」

「ハァ?」

「甲児は、渡り鳥って知ってるでしょ」

「もちろん、知ってます」

「それの宇宙版よ」

 ぼくは、開いた口が塞がらない。広い宇宙の星々の間を飛んでいる渡り鳥

なんて、話がすごすぎる。

「そういうわけだ。しばらく、地球に羽を休むことにした。よろしく頼むよ」

 そう言って、青山さん……じゃなくて、鳥さんは、ぼくの肩をポンと叩くと

部屋を出て行った。ようやく二人きりになった。周りを見渡すと、あのころと

同じだった。訳のわからない機械。キッチン。ぼくたちの寝室。

まったく変わっていなかった。

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