7.現実と非現実の実際 1/2
僕は生まれた頃から体格に恵まれていたようだ。
産むのに苦労した——というのが母からよく聞かされた出産時のエピソードだ。
他の子より成長が早かったためか、保育園に入るころには、お友達の相談役のような立場になっていた。
幸いなことにその頃のお友達のほとんどが、近所に住んでいたこともあり、小中と勝手知ったる親しい友人が減ることはなかった。
子供同士の関係性の中で、思い出や体験を共有しているお友達は、平穏なコミュニティを構築する上で大きな力になった。
野心家でそれぞれに仕事を持っていた僕の両親は、家にほとんど寄り付かなかった。
小学校に入学し、簡単な調理を覚えた頃には、弟妹の世話を含めた家事全般は僕の役割になり、両親はますます家に寄り付かなくなった。
高校に進学。両親に言われた通り地元のトップ校に入学した。なんでも、同窓生の親とのパイプを作りたいとの事だった。
この頃から親が会社の取締役からオーナーに立場を変え、両親がそろって自宅にいる時間が増えた。ようやく、僕たちが家族として過ごせる時間が始まった。
その時が、僕のピークだった。
高校最初の夏休み。幼馴染達とキャンプに行った。
小中共に過ごした友人たちも、高校進学でバラけてしまっていたので、久々の友人たちとの再会に心が弾んだ。
河原で小さな石を踏んだ。 いつの間にか靴の中に侵入したのだろう。その時は気にも留めなかった。
翌日、人生で初めての魚の目を左の足裏に発見した。
しかし、キャンプ後に皮膚科へ行った時には、きれいに消えてなくなっていた。 その時はそんなこともあるのかと深く考えなかった。
夏休みの最終週。 左足のしびれが取れず、脳外科での診察を勧められる。
勧められたというより、強制的に検査の予定を入れられてしまった。
この日以来、僕が家に帰ることはなかった。
はじめは脳腫瘍を疑われ、徹底的に検査をしてもらったが、脳に異常は見られなかった。
ただ、足の内部に硬質な塊がある事が分かり、切除手術をすることになる。
術後、麻酔から覚めると僕の左足は膝下から無くなっていた。
組織の硬質化が想定以上に進行していて、部分切除では根治が望めないと判断されたらしい。 両親も承諾したそうだ。
最初は落ち込んだが、両親が伝手をたどってパラリンピアンの方と会わせてくれた。
素晴らしい方だった。
僕も新しい足を得たつもりで、自分の可能性を伸ばしてみたいと思えた。
硬質化が再発した。
今度は全身に同時多発的に発生したらしい。
何度か手術を試みたが、そのたびに再発し、とうとう僕は両の手足を失った。
海外でホスピス療養に切り替えられる頃には、自分の運命を受け入れられるようになっていた。
もともと、硬質化しても、なり初めにしびれを感じるだけだ。しばらくすれば、健常な部位との境に、少しの違和感を感じるだけで特に苦痛はなかった。
ただ、家族に申し訳ないという思いだけがあった。
早く死んだ方が良いのではないだろうか?
自殺はやめておいた。 家族の内の誰かが気に病むかもしれない。
家族には個室と治療の維持だけで大きな負担になっているに違いない。 本当に申し訳なく思う。
遠く離れてしまった家族からは、時々メールが届いた。
特に季節の行事についてのメールが僕のお気に入りだった。 そのメールには写真がついているのだ。 年末年始、ゴールデンウイークの海外旅行、夏休み、クリスマス……楽しそうな家族の様子に、僕の罪悪感が少し和らいだ。
それは突然の提案だった。
冷凍睡眠の治験への参加——治療法が分からない病の治療を未来の医療に託すという事らしい。
僕の心配は一つだけだ。
家族の負担にならないなら構わない。
説明に来た医師にそのように答えた。翌週の水曜日、その日が僕への処置の日だと、その日の内に決まった。
最後に家族に会いたかったが、急なことで面会はできないとのことだった。
せめてもの気持ちに、家族に向けてのお礼の手紙を綴った。
補助機器を通しての機械の文字だが、家族なのだ——気持ちは伝わるだろう。
僕には、もう思い残すことはなかった……本当は嘘だけど。
◇
「おう! いるかい?」
「飲み屋ですか!」
真っ暗な空間。 そこに巨大なスクリーンがある。
いや、見る角度を変えるとスクリーンの境界の裏側も見る事ができる。
これは、スクリーンというより、窓という表現がしっくりくる。
映像の拡大ができるようなので、それも正確な表現ではないのだろうが。
巨大な窓のようなものの前に
そこに声の主が現れた。
派手なアロハに下駄履きカーゴパンツ。 くすんだ金色の髪はおさげで一本にまとめられ、琥珀色の形だけ鋭い目には軽薄な光を湛えている。
ジンバである。
「ホントに、どこにでもいますよね。 ホントは一匹じゃないのかも……」
「時々、失礼だよな。 せっかくコレの続きの説明に来たのにヨ」
ジンバは親指で背後のスクリーンを示す。
「じっくり見るから、ケッコウです」
「まあまあ、そう言わずに。外の状況を伝えるために、態々無許可でもぐりこんだんだから、あまり邪険にするな」
「許可を取ってから、という選択肢は取れないんですか?」
「フッ、そんなものは、俺の美学に反する。それに、これに関しては絶対に許可は下りないから、議論するだけ時間の無駄だしぃ?」
なぜか、いつもより大人しいジンバが腕を組んで穏やかに笑っている。
「ま、損はさせねぇから、聞いてみなって」
いつもと違うジンバに毒気を抜かれたというか。 思わず了承してしまった事を後悔するまでそれほど時間はかからなかった。
どこからともなく、リズミカルな伴奏が聞こえたと思ったら、ジンバが歌いだした。
しかも、ダンスあり、CGもかくやの演出ありの大変に賑やかなものだった。
——ミュージカルかい!
「ジンバさんがランプの魔人をリスペクトしている事はよくわかりました」
「ちなみに、歌にするとノリが悪いから省いたけど、お前の家族、お前を売ってたぞ」
「まあ、メールしかよこさない時点で予想はしてましたから、ショックはないです」
「そのメールも業者任せだったりして~」
「あ、さすがにそれは、ちょっとショックかも。 でも、僕を売るほどお金には困ってなかったと思いますが?」
「さらなる躍進のために、研究機関との繋がりを買ったんだよ。 向上心旺盛だな。 気に入らんけど。 悪いが、家族の件について、心の整理をさせられるだけの時間はない。 先ずは事実を一つ伝える」
ジンバの顔から表情が消えた。 稽古の時と同じだ。 こちらを観察しているのだろう。
「
ジンバのミュージカル劇場の内容をお伝えしよう。
鷹揚の体にできた硬質の物体は鉄だった。
ただし、普通の鉄の比重よりも倍近い大きさの比重を持つ鉄。
この重すぎる鉄に対して、当時の分析機器や計測機器ではどうやっても鉄であるという結論しか得られなかった。
しかし、比重は倍近くも大きい。
これにダークマターの研究をしている科学者が飛びついた。
比重を大きくしている原因を突き止めれば、宇宙の謎に近づけるかもしれない。
検体からサンプルを採取し、精査する事約一世紀。ついに人類はダークマターの正体をつかんだ。 同時に時間と空間の理に大きく近づくことになる。
ジャンプ技術の誕生だ。
異なる空間同士の距離を無視して重ねることで長距離移動を可能とする技術。
この技術により、地球人類は宇宙へ進出することになる。
そこで起こる、地球外知的生命体との接触の歴史はここでは割愛させて頂く。
自空間に干渉するための触媒になる鉄はいつからか賢者の石と呼ばれるようになっていた。
高まる需要に対して、未だに供給は極端に追いついていない。
なぜなら、完全な賢者の石を生成できるのは鷹揚だけだからである。
「さて、現代技術の首根っこを押さえている鷹揚君……もう、タカでいい? とにかく、そんなタカの首根っこを押さえようと、二つの勢力、アーンド、もう一つ謎の勢力がここへ向かってる。どっか行きたいなら時間がないぞ?」
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