6.非日常への帰還 3/3
どうやら、燈理は最初から気付いていて、ジンバに灸をすえようと考えていたそうだ。 鷹揚達が来たときは焦ったが、思いもよらないご褒美がもらえたと燈理は体をくねらせていた。
燈理の意識については、多分、ジンバも気付いていたと思う。 冷静に考えれば、キスだ何だと言い出したのも、ふざけていたとしか思えない。 まあ、存在自体がふざけたような人だけど……。
結局、全て出来レースだったということだ。 何だか試されただけのようで釈然としない。
「ところで、タカちゃんは私に攻撃してこなかったけど、なんで? やっぱり愛?」
「その前から怪しいと思ってたからだよ。 だって、ジンバさんとのやり取りの時、待っててくれたでしょ? あと、左手がなくなったとき、痛みがなかったから、それが決め手だったかな」
釈然としないので、自分も分かっていたんだと言ってみたいだけの鷹揚。 本当は思考を問題解決のみに割り振っていただけなので、よく覚えていないというのが正確なトコだ。 その上で、燈理への攻撃という選択をしなかったのは、まあ、大切だからなのだろう。 今のところ、絶対に言うつもりはないが。
燈理の話は続く。
鷹揚もそうではないかと思っていたが、ここは仮想現実の世界らしい。
元々はホスピスの延長線上で、治療不能の人達の精神を体と切り離し、仮想現実世界で生活させるための施設。
患者さんの体と精神を切り離したうえで、延命と治療を試みているそうだ。
その患者さん達も事情があって、隔離せざるをえない人達ばかりが集められているらしい。
そのため、この施設は本星が属する恒星系の小惑星帯の、さらに航路から外れた場所に設置されているそうだ。
驚くべきことに本星は地球ではなかった。
人類が月に踏み出して一世紀もたってない時代の鷹揚からすれば、既に実感できる範囲の外だ。
ドタバタしていたため、無意識に思考の隅に追いやっていたが、意識してしまうと疑問や感情のうねりが思考の淵をせり上がってくる。
——これ以上は少し時間を置いた方がいいだろう。 まともな判断ができるとは思えない。
そうは思うが、外の世界への好奇心も少なからず——いや、未知の領域への興味が他の感情を凌駕しつつある。 だからこそ、落ち着く必要がある。 外に行くことは確定としてもだ。
「本当は、タカちゃんが大学を卒業するときに、本当のことを伝えようって、お母様と決めていたのよ。 でも、周りの状況がそれを許さなかったみたいね」
「これからのことだけど、具体的にはどんなことが起こるのかな? 僕は外のことは全く分からないからね。 理解と判断のための情報も欲しい。 アカ姉の想定はどんなのがあるの?」
「先ずは、このままここで生活するパターンね。 この場合はタカちゃんの記憶を改竄する場合としない場合があるわね。 外からのチョッカイがあっても、この施設は
燈理は言いながらフンスと胸を張る——相変わらずの微表情で。
そもそも、施設の建設目的上、ここは厳重なセキュリティがかけられているそうだ。
晶がなにがしかの目的で侵入したスパイであることも分かっていたし、本来は施設内部に侵入した時点で捕縛できたらしい。 今回はジンバが横槍を入れてきたので、静観することにしたらしい。
ジンバはこの施設を作った発端にかかわる人物だそうで、数少ないアクセス権を持っているらしい。 ただ、情報やそれに類する施設の掌握や破壊に長けているらしく、好き勝手に首を突っ込んできて困るそうだ。 そんなジンバだが、防衛線の維持のために、彼の技術は欠かせないらしい。
「次は外に出る場合ね。 これ、私はあまり勧めないわ」
「なぜ? 無一文で放り出されたりするの?」
「そんなことはありえないわ。 さっき記憶の操作みたいなこと言ったけど、これって仮想現実空間に居続ける限りって条件が付くのよ。 私たちの管理下にいる限り、不都合な記憶にアクセスさせないように誘導する感じね。 これがあるから、タカちゃんは物理現実の世界でのことは思い出せないのよ」
「現実世界に出るときに、色々思い出すってこと?」
「そう、正直に言って良い思い出ではないわ。 お母様に止められてるから、私が内容を話すことはできないけどね」
「分かった。 じゃあ、物理現実の世界にに戻ってみるよ」
「ずいぶんとアッサリ決めるのね。もっとゆっくり決めてもいいのよ? せっかく恋人同士になったのだし」
キスの件のことを言っているのだろう。 燈理は微表情のまま、体をくねくねさせている。
「決めるにしても、判断材料が少ないからね。 一度外に出てみるよ。 その場合、アカ姉はどうなるの?」
「照れなくてもいいのに……私はついていくわよ。 恋人同士だもの」
早めにキスの種明かしをした方がいいかもしれない……。
◇
本堂の畳の上に横になる。 これから燈理がログアウトの手続きをしてくれるそうだ。
過去の記憶を確認した上で、残るか進むか決めることにした。 仮想現実の世界に残る場合でも、記憶を消すかどうかは選べるそうだ。 燈理が記憶を残すことを強く勧めてきたが、理由を聞いてはいけない。
横になっていると、段々視界が暗くなってきた。
——それにしても……やっぱり、寺院に巫女服は違和感がある——
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