第3話 きらきら魔石公園の危機とパンピーの反撃
藤田先生が差し出した書類を、
金子はその青白い顔を僅かに歪めながら
眺めていた。
会議室に集まっていた各町の代表者たちも、
息を殺してその様子を見守っている。
中には、さっきまでの俺の暴言に
「何てこと言いよるんや…」
とドン引きしていたような顔も、
藤田先生の登場で俄かに期待の光を
宿し始めているのが分かった。
金子が書類を閉じ、静かに藤田先生に
目を向けた。
「…なるほど。貴殿の提案は、
公園維持管理の費用対効果を、
教育的側面という視点から再評価し、 さらにその費用を、地域住民によるボランティア活動 と企業からの協賛金で賄うというもの、ですな」
金子の言葉に、藤田先生は真っ直ぐな
視線で頷いた。
「はい。きらきら魔石公園は、
子供たちの成長に不可欠な場所です。
そこでの経験は、将来的に地域社会を支える
人材を育む上で、かけがえのない価値
を持ちます。この公園が閉鎖されれば、
子供たちの遊び場が失われるだけでなく、
地域コミュニティの繋がりも
希薄になるでしょう。それは、
目に見えない社会コストとして、
やがて財政にも影響を及ぼすと
考えております」
「社会コスト…」
金子は、その言葉を反芻するように呟いた。
彼の辞書には、今まで
「収益」と「支出」しかなかったかのようだ。
「そして、維持管理費に関しましては、
地域住民による公園清掃や
遊具の簡易な補修作業、保育園や
小学校によるイベント開催時の収益の一部を
公園運営費に充てるなど、
多岐にわたる方策を検討しております。
また、既に複数の地域企業から、
子供たちの教育環境支援として、
協賛の意向もいただいております」
藤田先生は、淀みなく説明を続けた。
その一つ一つの言葉に、確かな準備と、
子供たちへの深い愛情が感じられた。
俺は、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
俺が感情論で吠えるしか能がなかったのに対し、
藤田先生は、魔石院の連中が理解できる
「数字」と、そこに隠された「無形の価値」
という概念を持ち出して、
真正面からぶつかっている。
しかも、ちゃんと「代替案」まで
用意してきている。
金子は、眉間の皺を深くし、
再び書類に目を落とした。 彼の魔法のそろばんは、なぜかピコピコと静かに動きを止めている。
会議室の壁に映し出されていた
緑色のレーザーグラフも、
いつの間にか消えていた。
「…藤田先生の提案は、現行の財政規律に
則ったものではなく、我々の予算編成基準
とは異なる概念を含んでいます」
金子は、静かに、しかし有無を言わせぬ調子
でそう言った。ああ、やっぱりか。
こいつらは、自分たちのルールから一歩も
出ようとせえへん。
「ですが、金子総務部長。
この公園が閉鎖されれば、
子供たちの心に大きな傷を残します。
その精神的損失を、どのように数値化し、
予算に組み込むおつもりですか?
我々が考えるべきは、目先の数字だけでは
ありません。この国の、そしてこの地域の
未来への投資ではないでしょうか」
藤田先生は、一歩も引かない。その言葉には、
鬼気迫るものすら感じられた。
金子は、黙って藤田先生を見据えた。
その目は、まるで計算機がフリーズしたかのように、全く動かない。そして、
ゆっくりと俺の方に視線を移した。
「山本殿は、いかが思われますか?
貴殿の『感情』とやらは、
この藤田先生の提案を、
どのように評価なさる?」
金子の言葉は、俺を試しているようだった。
もしかしたら、俺がまた感情的に
吠え出すのを待っているのかもしれない。
しかし、俺はもう感情的に叫ぶだけではあかん、
と強く感じていた。
「…ワシはな、数字は苦手や。
難しい話も分からん。でもな、
この藤田先生の言うてることは、
人の心がある人間なら、誰でも分かるはずや」
俺は、一呼吸置いて、ゆっくりと言葉を選んだ。
「あんたらは、この国を潰すまいと、
必死に数字とにらめっこしとるんやろ?
それは、分かる。でもな、数字だけ見てたら、
ほんまに大事なもんが見えなくなるんや。
子供らの笑顔が、未来の希望が、
地域の人々の繋がりが、どれだけ大事か。
それを、この藤田先生は、
あんたらが分かるように説明して
くれとるんやないか」
俺は、会議室の他の代表者たちを見回した。
彼らの顔には、確かに納得の色が
浮かんでいた。
「魔石院が言う効率性も、収益性も、
最終的にはこの国の、この国民の豊かさに
繋がるべきもんやろ? その豊かさが、
単なる魔石の量で測れるもんちゃうんや。
子供たちの健やかな成長や、
地域の人々の支え合い、そういう見えない豊かさがあってこそ、この国はほんまの意味で豊かになるんやないか?」
俺の言葉は、決して流暢ではなかったが、
心からの叫びだった。
金子は、再び黙り込んだ。彼の後ろの役人たちは、ざわめき始めていた。明らかに、
動揺が広がっている。
「…山本殿の仰ることは、感情的な側面が強く、
データに基づいたものではありません。
しかし…」
金子がそこまで言った時だった。
会議室のドアが、再びノックされた。
「失礼いたします。只今、魔石院上層部より
緊急連絡が入りました。金子総務部長、
至急、別室へお戻りください」
現れたのは、金子の部下らしき、
若い役人だった。その顔には、
尋常ならざる焦りが浮かんでいた。
金子は、不快そうに眉をひそめた。
「何事だ。このような重要な会議の最中に」
「それが…外部の情報解析機関より、
『きらきら魔石公園』の閉鎖に関する
国民感情調査の報告書が、たった今、
緊急で届けられたとのことで…」
若い役人は、そう言って金子に
分厚いファイルを手渡した。
金子は、そのファイルを受け取ると、
表紙に書かれたタイトルを見て、
僅かに目を見開いた。
「国民感情調査…?」
金子は、そのファイルをゆっくりと開いた。その目つきが、一瞬にして鋭く変わる。彼の青白い顔が、さらに青ざめていくのが分かった。
会議室には、再び重い沈黙が降りた。
俺は、何が起こったのか分からなかったが、
ただ、この場の空気が、確かに変わったこと
を感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます