第15話

第15話〜救われる者と救われぬ者







〜古都の内側-宿〜


俺とリリィーは次の指示を待ちつつ、部屋で休息をとっていた。

部屋は以前よりも綺麗になっており、新築のような木の香りが鼻をくすぐる。

また、辺りを見渡すかぎり、俺たちの居ない間に、掃除をしてくれたようだ。


ここの宿主には、俺が貴族だと言ってはいないが、エルラさんや国の使用人が、よく訪れるのでバレている可能性が高い。

しかし、バレたからと言ってなにかされたわけでもないので、特には気にしなかった。


そんなことを考えていると、リリィーは俺の横にちょこんとすわり、尻尾をフリフリしている。


「そういえば、さっきは助かったよリリィー。まあ、その後の発言はちょっとびっくりしたけどね」


「ヨグ様に害をなす者は私が許しません。それにヨグ様はもう少し欲を出してもいいと思いますが...」


「そうかな? これでも大分欲を出してる方だと思うけどな。それに今はリリィーもニーズヘッグもいるから幸せだよ」


「えへへー、ヨグ様が幸せなら別にいいです!」


リリィーは少し照れを隠しているが、尻尾は正直者のようでブンブンとより早くなる。

そんな姿を見ていると、俺は無性に撫でたい衝動にかられ、頭をポンポンと撫でてやる。

すると、彼女の尻尾は今までにないくらいの速さで動いていた。

そんな風にイチャイチャしていると、突如ニーズヘッグの声が聞こえてきた。


「マスター! 何者かの生存反応を確認しました。あと数秒でドアがノックされます」


そう言われドアの方に目を移した瞬間、トントンとドアがノックされた。


「はい! どちら様でしょうか?」


「ぼ、僕だよ。アイラだよお兄さん! 助けてほしいんだ!」


急いでドアを開けると、そこには涙目になり、所々に怪我をしているアイラちゃんの姿がそこにはあった。


「アイラちゃん!? どうしたんだよその怪我! 」


「うぅ、お兄さん!」


アイラは思いっきり俺の胸へと飛び込んできて、泣き始める。

それに彼女は、先程から小刻みに震えていることから考えて、なにかまずい予感がしてきた。

そして、アイラが泣きやみ、もう一度何があったのかを聞いた。


「大丈夫だ。ここにはリリィーも、俺もいるから安心していいよ。だから、ゆっくりでいいから何があったんだ」


俺はそう言いながら、ニーズヘッグの回復魔法のようなもので、彼女の体の傷を癒していく。

すると、彼女は落ち着いたのか、すぐにことのあらすじを話し始めた。


「パーティーがお開きになったあと、僕と爺さんはお兄さんの所へ行こうって言ってたんだ。そして、廊下を歩いてたら急に変な黒ずくめの集団が現れて、僕と爺さんを襲ってきたんだ。でも爺さんは力も強いから、自力で逃げれたはずなのに、僕を逃がすって言ってあの場で残って...」


「アイラちゃん襲われた場所を教えてくれる?」


俺は立ち上がると同時に、ニーズヘッグにアイコンタクトを送り、武器へと変形させた。

その様子を見て、察したリリィーも盾を背負い、準備をしていた。

そして、アイラは俺たちを連れて、例の場所へと案内してくれた。


〜古都の内側-王城内〜


再び王城へと戻ってきた俺たちは、急いでグレイのいる場所へと向かった。

すると、所々に返り血や、捨てられた武器、そして黒ずくめの人間が転がってる。

しかし、そこにグレイの姿は見当たらない。


「お爺さん! お兄さんを連れてきたよ! どこにいるの!」


アイラがそう叫ぶが応答がない。

だんだんと嫌な予感が強くなっていった。

それは俺だけではなく、アイラも同様だった。


また地面には、血を引きずったような痕跡を見つけ、それを追っていく。

そして、一つの部屋の中へと続いており、そっとドアを開く。


「誰かいるのか...おい、嘘だろグレイ!?」


目の前には、体のいたるとことを切り刻まれ、血だらけで倒れている、グレイの姿がそこにはあった。

肌は赤い血の色とは対照的に、真っ青な色へと変色しており、息もしていなかった。

そんな中、アイラとリリィーの声が、こちらに向かって近づいてくる。


「ニーズヘッグ...グレイは回復させられるか?」


(マスターその要望には答えられません。もう彼の生存反応は...)


「くっ...わかってる。ああ、わかってるんだ!!」


そう、分かりきっていたことなのだ。

グレイは何者かによって殺された。

だが、この事実が受け止められない程、俺も子どもではない。

しかし...しかし、俺は初めてこの世界で、人の死を見たはずなのに、何度も見てきたように感じる。


目の前が真っ暗になっていく。

だんだんと自分が自分じゃなくなる、そんな感覚が容赦なく襲いかかる。

そして、俺の中の何かが溢れだし、ついには限界を迎えた。


「ああ...ああ......俺は、ワタシ・・・はぁ!?」


「ヨグ様!!」


孤独な闇の中にいたはずが熱い、真っ赤に燃え上がる炎に包まれたように感じられる。

そして、気がつくとそこには、俺を抱きしめるリリィーの姿があった。


「ああ、ああ、リリィー...」


「大丈夫...大丈夫ですから。だからヨグ様までにいかないでください! 私がどこまでもついていますから!!」


そう言ってリリィーは、俺をより一層強く抱きしめる。

すると、俺の荒れていた心が、落ち着きだした。

まるで産まれる前の胎児に、戻ったような安心感だった。


「ありがとうリリィー、俺はもう大丈夫だから」


「えへへ、ヨグ様が元気になって嬉しいです」


「おーいお兄さんたちそこの部屋にいるの?」


「はっ! 来ちゃだめだ!!」


俺はふと我に返り、アイラを制止したが、結局最も恐れていたことが現実になってしまった。


「えっ...うそ......嘘だよね。ねえお爺さん、お爺さん! なんで返事をしてくれないの? そうだ! 寝ているだけだよね。そうだよねお兄さん...」


「アイラちゃん...。グレイは死んだ。ごめん、助けられなかった」


「...何言ってるのお兄さん。だってまだ生きて...生きて......」


そう言って、アイラはその場に泣き崩れ、どうにもグレイの死を受け入れられずにいた。

そして、次の瞬間だった。


「嫌だ、嫌だよ...。なんでみんな僕を置いて先に行っちゃうんだよ。僕が何をしたって言うだよ。ねえ、誰か教えてよ! ねえ! ねえってば!!」


彼女の声が、部屋中に鳴り響いた。

その声は悲しみだけでなく、怒りや憎しみといったものが、混ざっているように感じる。

そして、彼女は立ち上がると、グレイの横まで歩き、そして次の瞬間だった。


「ごめん、ごめんなさいお兄さん、リリィーさん。もう僕はこんな世界じゃ息ができないよ」


「ま、待って待て待て待て!!!」


彼女は地面に落ちていた刃物を手に取ると、おもむろに自分の方へと向ける。

俺とリリィーは急いで止めに入ろうと動き出すが、もう遅かった。


「ごめん、ごめんな...さい......」


彼女はそう言って、持っていた刃物を思いっきり振り上げ、突き刺した。

しかし、その刃物は彼女の肌に届くことはなかった。

だが、刃先からは赤い鮮血が飛び散り、彼女の手にも付着した。

そして、自分の手を見て、アイラは自分が死んでいないことに気づき、また涙を流す。


「うっ...」


「な、なんで! なんで邪魔するのお兄さん!!」


彼女の刃物は、間一髪のところで俺の腕へと突き刺さり、刃は俺の骨を断ち切ることができずに、止まっていた。

腕から激痛が走り、今にも泣きそうだったが、そこは我慢した。

そして、彼女から刃物を取り上げると、俺は痛みに悶えながら抜き、後ろへと投げ捨てた。


「あはは、初めて刺されたけど痛えなぁ。でもアイラちゃんに怪我がなくて良かったよ。うん、本当に良かった」


「なんで...なんでいつもお兄さんは僕に優しくするんだよ。そんなことされたら僕は...僕は......甘えちゃうじゃんかぁー...うわあああああぁぁぁ」


そう言って、アイラちゃんは大きな声で泣き始め、地面に膝を着いた。

しかし、俺はいい言葉がかけられずにいた。

もちろん彼女の悲しみも、苦しみも痛いほどわかっている。

だが、彼女の大切な人たちはみな、戻ってくることは無い。

だからこそ、彼女には拠り所が必要なのだろう。

そんな重要な存在に果たして俺はなれるのだろうか。


いや...無理だ。俺にはできない。


その瞬間から、心がどんどん蝕まれ、本当は存在しない痛みが感じれる。

俺はそんな状況から、目を逸らすように、瞳を閉じ、引きこもる。

すると、彼女の泣き声が響き渡り、まるで拷問のように心が抉られる。


そして、目を閉じ続けていると、周囲の音が消え、感覚がふわりとし始める。


俺は目を開けると、そこはあの時のような真っ白な世界で、目の前には鏡が現れる。

しかし、その鏡に俺はことは決してなかった。

そして再び目を閉じ、そして開ける。


すると、目の前には鏡ではなく、一人の少女が映し出されていた。
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る