36:十八歳~昼~

 その日が近づくにつれて私は日に日に憂鬱となって行く。しかし朝起きて夜に眠れば、一日は過ぎる。

 結局どうすることが出来ずに私はその日を迎えてしまった。

 どうにかできるのなんて神の所業だもの、当たり前だわ……


 食堂に入るとヘクトールがすでにテーブルに着いていた。

「おはようございますヘクトール様」

「おはようレティーツィア。今日は誕生日だったな、おめでとう」

 ビクッと体が震えた。

「もしや指折り数えていらしたのですか?」

「ハハハッ妻の誕生日くらい流石に覚えているさ。

 なんせ今日はお披露目もあるからな、後ほど使いをやらせるから準備しておけよ」

「ええ分かっております」

 今日から三日間は皇妃わたしの成人を祝うため、休日になると数ヶ月前から発表されていた。そして初日の今日は昼から馬車に乗り帝都を練り歩く事になっている。


「昨日の夜の報告だが、帝都に入った者は予想以上に多いそうだぞ」

 そう言って愉快そうに笑うヘクトール。

 それを受けた私は少しばかり気恥ずかしくてそっぽを向いてやり過ごした。


 何がって?

 まず西部の反乱の際に南部と西部に手を貸して食糧事情を改善した。

 続いて街道の整備。

 これはラースに伝えて実験的に中央部で行った政策だった。まあ東部を統治することになってからは東部の街道に手を入れたけどね。

 この政策は非常にうまくいったようで、最近では西部や南部の街道も広がり同じルールが適用されるようになったとか。

 で、これを、ラースが意図的に・・・・商人らを使ってバラまいた。

 たちまち誰がやったのか民衆が知ることとなり、私の人気は鰻登り。もはや『すごい』なんて言葉では足らず『もの凄い』って感じかしら。

 二年前はいつなんどき石が飛んでくるかとヒヤヒヤしていたというのに。未来は判らないものだわ。

 そんな私だけど、私は帝城に籠りっきりで見る機会は滅多にない。

 今回はそれが見られると知れ渡り近隣の住人やそれを商売のタネとする商人が沢山集まって来たって話。


 いまごろ予想通りとラース辺りはほくそ笑んでいるだろうか?

 ただこれを行おうと言ったヘクトールやラースの気持ちは私にもよく分かる。建国して二度の内乱が終わったから、噂を意図的に流してでも明るい話題が欲しかったのだろう。

 それにしても……

 本来ならば結婚が出来ないはずの未成年が、既婚しないと得ることのできない皇妃の称号を名乗って成人を祝って貰うのだ。何とも可笑しな話ではないか。

 例外中の例外。きっとこのことはイスターツ帝国にとって最初で最後の事になるに違いない。



 朝食が終わり部屋に戻ると、双子の護衛侍女が待っていた。

「どうしたの……と言うつもりは無いけど早くないかしら?」

 今日は非番と待機の双子だが、有事の際には出勤するようにと申し伝えているから彼女たちがここに居ることに疑問は無い。

 しかし流石に早すぎよね。

 なんせ私が帝都を練り歩くのは昼からだ、今から準備するとかなり早く終わるのではないだろうか?

「今日は特別な日ですから時間を掛けて念入りに行います」

「そうそう。やっと着飾れるドレスが来たんだもん! 覚悟してくださいね皇妃様!」

 相当鬱憤が溜まっていたのか、普段そう言った事に煩くないシャルロッテまでがそんな事を言っていた。


 まずは身を清めて~と言う話になり、すでに準備されていたお風呂に入った。お風呂から上がると念入りに香油を使って全身のマッサージが行われた。

 その間に今日の為に仕立てられた純白に近い・・・・・ドレスが準備される。あえて近くしたのは、きっと結婚式の焼き直しだと思うのは私の僻みだろうか。

 レースの細かな装飾など明らかに職人の手による物で見るからに高そうなドレスだ。たったの一回きりの事にどれだけの贅を尽くしたのかと呆れる。

 ドレスを着て髪を結い爪を整え、化粧を施す。

 普段まったく取り合わない反動か、護衛侍女三人はとても楽しそうにやっていた。


 二年前ならばさも当然と言ってすべてを受け入れたであろうが……

 一度掛け違えたボタンはもう直りそうもない。



 最後に首や耳にイスターツ帝国が保有する高価な装飾品を身に着けた。これらはイスターツ帝国の皇族である私が自由に使ってよい品ではあるが、私がこれを身に着けるのは今日が初めてだ。


コンコンコン


 ノックの音が聞こえてきてその時に手が空いていたシャルロッテが扉の方へ走った。

『あっ皇帝陛下!?』

 半分開いているからドア越しに声が聞こえてくる。

『迎えに来たのだがレティーツィアの準備は終わっているだろうか?』

『はい先ほど終わりました。皇妃様に聞いてまいりますのでお待ちください』

「シャルロッテいいわ、ヘクトール様に入って頂いて」

『はい畏まりました。

 どうぞ皇帝陛下』

 すると扉の陰から大きな体躯の男性、ヘクトールが現れた。


「ほお普段の姿も美しいが着飾るともっと美しいな」

「そうでしょうか。

 私は貧相ですから、ドレスと宝石に負けていなければ良いのですが……」

「いいやまったく申し分ない」

「それは良かったです」

「では皇妃を借りていくぞ」

 そう言うとヘクトールは私に近づいて腕を差し出してきた。どうせ支えは必要だからと納得させて彼の腕に手を添える。

 するとヘクトールは満足げに頷いて歩き始めた。



 着飾った皇帝と皇妃わたしが仲良く腕を組んで歩く姿を見て、すれ違う従者らはほぅと感嘆のため息を吐いていく。

 こうしてまた仲睦まじいと言う噂が広がるのだろうか?


 玄関へたどり着くと、宰相のラースが待っていた。

「これはこれは大変仲がよろしい事ですな。きっと帝民も喜びましょう」

 見え透いたお世辞に、一言二言ヘクトールが返していたが私は何も言わなかった。


 玄関先に寄せられた屋根のない大きな馬車に私はヘクトールと共に乗った。その馬車の周囲を国旗を付けた槍を持った騎兵が固める。

 隊列を組み終わると城の跳ね橋が降り始めた。

 もう少しで降りると言う所で左右に民衆の列が見えてくる。こちらが見えているのだからあちらも見えているのだろう。

 手に持った小さな国旗などを振って慌ただしさを増した。


 隊列がゆっくりと歩き始めた。左右にはもの凄い数の民衆が集まっている。

 それに向かって笑顔をすっかり張り付けて手を振ると歓声が上がる。

「「「皇妃様、万歳!」」」

「「「皇帝陛下、万歳!」」」

 民衆が手に持っている国旗のうち、ほんの二割ほどだがライヘンベルガー王国の物が混じっていた。槍で民衆を突いた国の姫として冷遇された二年前とは何もかも大違いだ。


 ほんの一時間ほどのお披露目。

 民衆の前に出ることは祖国ライヘンベルガー王国でも頻繁にあったから慣れている。

 だから昼の事は何も思うことは無い。


 だが夜は……

 それを考えるとまた胃がキリリと痛くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る