31:大岩
国境を越えて高原に入った所にはイスターツ帝国の騎士団が迎えに来ていた。今日ここに着くと連絡があったのだろう。
私はイスターツ帝国の騎士に迎え入れられて、やっと帰って来たと言う実感を得ることが出来た。
「おや皇妃様、いったい何が可笑しいのです?」
「あら私いま笑っていた?」
「ええとても楽しそうに笑っていらっしゃいましたよ」
ライヘンベルガー王国からイスターツ帝国に来て、〝帰って来た〟と安堵したのが可笑しくて思わず笑ってしまったらしい。
二ヶ月ぶりの帝都、そして帝城。
跳ね橋を渡ると宰相らが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ皇妃様。ご無事で何よりです」
「ただいまラース。何とか帰って来られたわ。
エルミーラにはとても世話になったから報酬を弾んであげてね」
「ハハハ覚悟しておきますよ」
ラースに手を振って別れると今度はテーアが走り込んできた。
「お帰りなさいレティ様!」
走り込んだ勢いで抱きつかれて危うく倒れそうになったが、双子が背をそっと支えてくれて事なきを得た。
タックルじゃないのだからとテーアには後で注意しようと心に誓いつつ、
「ただいまテーア。ちゃんと良い子にしてた?」
そう言って彼女の頭を撫でてあげる。
「はい!」
そしてもう一人、ぺこりと控えめに頭を下げてきたのは眼鏡の似合うロザムンデだ。
「レティーツィア様お帰りなさいませ」
「ロザムンデ……」
「わたしの家族を救って頂き、皇帝陛下と皇妃様には感謝しかございません」
「その感謝は有り難く貰っておくとして、さてロザムンデ。
貴女の家族を取り返すのに帝国は結構な労力とお金を使ったのよね」
「はい存じております」
「それは結構。
では今後は私とイスターツ帝国の為に働いて返しなさい」
「えっ……、ですがわたしは皇妃様を」
「貴女はライヘンベルガー王国に脅されて仕方なくやっていたの。でもそれは無くなった。これでこの話はお終いよ、いいわね」
「はい! ありがとうございます。
これから精一杯忠誠を尽くさせて頂きます」
「さしあたって貴女の後輩を紹介するわ。
ヴィルギニアとシャルロッテよ。二人は双子なの、今後はあなた達三人で仕事を分担して頂戴な」
「あれ? 私たちって」
「お黙りなさいシャルロッテ。
畏まりました皇妃様、妹共々今後ともよろしくお願いいたします」
ライヘンベルガー王国に行くときに監視として付けられた二人だが、今となってはその任務も必要ないだろう。
と言う訳で勝手に私の従者として貰う事に決めた。解っているヴィルギニアと、解っていないシャルロッテ、この二人はこういう感じで良い。
戻って早々で疲れもあったが確認すべきことも残っているから、私はラースと共に会議室に入った。
本来ならば戦況を真っ先に確認すべきだろうが、私が聞いて何が出来るでもなし。それよりはもっとも気になっていた事を確認した。
「内乱がはじまってからの相場はどうかしら?」
「もっとも上がったのは鉄や銅ですね」
「食糧は?」
「皇妃様のお陰で新たに南部と西部のルートが増えております。
「やっぱり上がったのね……」
「ええ残念ながら」
ラースは影響が少ない西部から仕入れる量を増やす事で、食糧の値上がりを抑えてくれるそうだが、常にギリギリの運営している修道院からすればそれでも大打撃だろう。
内乱が早く終わると良いのだけど……
ひと段落して話は内乱の方へと流れていく。
「東部の内乱はこう着状態に入っております」
ヘクトールが兵を連れて東部に攻め込み、それをネリウス将軍が防衛すると言う形で始まった。ただしヘクトールは私との約束で最前線には出ていないそうで、実際に戦場に立っているのは南部のトロスト将軍を中心とした部隊だそうだ。
そして現在、東の山脈に作られているシュヴァイツェルシュペルグと呼ばれる砦が落とせずに、こう着状態となっているらしい。
「その長ったらしい名前の砦は凄いのかしら?」
「崖をくり抜いて建てられたものでして、登ろうにも無理があります」
「門は?」
木製なら火を放って燃やすだろうし、鉄製だったとしても丸太を打ち付けていればいずれ壊れる。
「本来は有りますがそこに至る道は、崖を崩して作った大岩で封鎖されておりました」
「あらそれって相手も出て来れないんじゃないの?」
「ええそうですね」
「だったら無視して迂回すれば良いのではなくて?」
「残念ながらその山は東部の玄関口です。イスターツ帝国から東部に抜けるにはその道を通る以外に手は有りません」
そこ以外の山道は険しく、山岳の経験豊富な者でも避けたいほどの道らしい。そこを武器や鎧を持って登ろうと言うのは自殺行為の様な話で、おまけに登っている間に敵に発見されれば矢や石が飛んでくると聞けば、確かにそんな策は取れそうにもない。
「えーと、そんな事をしてネリウス将軍は何が目的なのかしら?」
「このまま時間を稼げばやがて冬が来ます。そうでなくとも兵糧は有限ですので、いずれは撤退するしかありません」
「守り続けてこちらが撤退するのを待っていると言うのね」
「ええ彼らは独立を宣言しておりますから、こちらが退けば独立を勝ち取ったと周辺諸国に宣言するつもりでしょうな」
今のところ周辺諸国は内乱と見ているだろう。しかしこちらが一旦軍を引けば、確かに独立したように見えなくもないか……
時間制限がある分、こちらの方が不利の様な気がするわね。
「いまヘクトール様は何をなさってるのかしら?」
「迂回路の方は引き続き探しておられると思います。
合わせて大岩をどける算段をなさっているようです。ですが大岩をどけようにも敵からの妨害がありますので手を焼いておられるようですね」
迂回路は言うまでもないだろう。
門の前の大岩をどければセオリー通りの攻め方が出来ると言う事なのだろうが、大岩は門の前だから敵が悠長に作業をさせてくれる訳が無い。
私ならそれを見たら矢を降らせるわね……
「だったら賄賂を使って内通者を募ると言うのはどうかしら?」
これはもちろん最近の記憶から得た話だ。
「古来から寝返った者がやることは中から門を開ける事です。しかし残念ながら今回は門を開けても大岩が邪魔して門が使えません」
「あらそうね」
そもそも門に触れられるのならば正攻法が使えるのだ。
大岩をどうにかしないとこの長ったらしい名前の砦は陥落しないのだ。
「これ無理じゃない?」
「さあどうでしょうか……
残念ながらわたしには戦の経験はございませんから滅多な事は言えません。
わたしは常に自分に出来る事を精一杯やるだけです。と言ってもわたしに出来る事と言えば、最前線の将軍らが飢えないように食糧を届けるくらいですがね」
「そうだったわねごめんなさい。不謹慎な発言だったと謝罪するわ」
「いえお気になさらずに」
ここは戦地にほど遠い場所だ。これ以上無責任な話は控えるべきだわ。
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