26:帰国
ヘクトールの希望通り私は翌日に城に戻った。
出立したヘクトールと入れ違い。正直タイミングは最悪だったのだが、私が出立の前夜にヘクトールの部屋を訪ねた事が知れわたるとそれらは徐々に穏やかな噂に変わっていく。
つまり旦那が居ない間にこっそり戻って来た卑屈な妻から、旦那の留守を守る健気な妻と言う話だ。
どちらも不正解。
まあ所詮は噂だ、どっちでもいいわと相手にしない事に決めた。
城に戻ってから食事はテーアの作る物から料理人が作る豪華な品に変わった。
場所も部屋ではなくて城の食堂に変わり、食堂なのでテーアやロザムンデと一緒に食べる訳には行かなくなった。
久しぶりの一人きりの食事。
前菜のサラダから始まり、食前のスープ、副菜のお皿、メインのお皿と続く。食事は贅を凝らしていてとても美味しいのだが、なんとも味気ない……
数日ほど経った頃。
「ロザムンデ、ちょっといいかしら?」
食事の席で私は手を止めて側に控えていたロザムンデを呼びつけた。
「どうかされましたかレティーツィア様」
近づいて来たロザムンデに、私はこっそり左手の指輪を見せた。
一瞬だけロザムンデは眉を顰めた。
以前にエルミーラから毒の鑑定として購入して置いた指輪。今日のスープに触れさせた所、その指輪のチェーンが黒く変色したのだ。
「部屋に忘れ物をしたみたい。頼めるかしら?」
「はい畏まりました」
呼びつけた手前だ、適当な事を言ってロザムンデを下がらせた。後はロザムンデが勝手に動くだろう。
こうして料理を作った者、ここまで運んだ者などが一斉に取り押さえられた。
終わってみると随分とあっさりした話だ。しかしこれはヘクトールが仕込んで行った罠だから当たり前だろう。
あの日、ヘクトールは抱くつもりが無いのに、私をあえて
続いて流れた噂の広まり具合が良かったのもすべてこれのため。私が懐妊すると都合が悪い人が少なからず城内にいるということだ。
「ねえ私が気付かなかったらどうするつもりだったのかしら?」
「念のために銀のフォークとスプーンを用意しておりましたから、皇妃様に限ってそれは無いと確信しておりました」
「私を買い被り過ぎじゃないかしら?」
先に皿の中身を調べて持ってこればいいのにと思ったが、その調べた人物こそが相手の手の者ならやっぱり意味が無いと気付く。
つまり発見するのは私以外になしと言うことね。
「ごめんなさい。なんとなく理解したわ」
「ご理解ありがとうございます。ですがこれで終わりとは限りません、今後もお気を付け下さい」
毎日注意するのも疲れるのよね~とぼやいた。
ヘクトールが出立して二週間が経った頃。
このような時期を狙って訪問するなど褒められた事ではないが、その相手が皇妃である私の祖国、ライヘンベルガー王国となると話は変わってくる。
謁見の間で私と宰相のラースは、ライヘンベルガー王国からの使者と会った。
玉座の隣にある皇妃の席に座る私を、膝を付いて見上げているのは、幼馴染のダニエル。予想通りの人選、今回も彼が使者として選ばれたようだ。
「皇妃様お久しぶりでございます」
「お久しぶりねルディガー侯爵家のご令息ダニエル」
「もう昔のようにダニエルと呼んで頂けないのですね」
「あなたが構わないならそう呼ばせて頂くわダニエル。それで今回の訪問はどういう用件かしら?」
「はい。我がライヘンベルガー王国の国王陛下はとても嘆いておいでです。
友好と平和の為にと三姫のレティーツィア様を嫁がせたにも拘らず、イスターツ帝国は再びの内乱に突入しております。
これでは姫のお心は休まりますまい。
つきましては内乱が終わるまでの間、レティーツィア様をライヘンベルガー王国でお預かりしようと申されております」
私を連れ戻すですって、なんの為に?
「申し出は大変ありがたく思います。
ですが皇帝ヘクトール様がご不在のこの状況で、皇妃レティーツィア様までご不在となれば民衆も城の者も動揺いたします。
ダニエル様は是非に、宰相のラースがその様に申していたと、ライヘンベルガー王国の国王陛下にお伝え下さい」
ほんの少し気を取られていた間にラースが断りの返答をしてしまった。
「ですが先日、その敬うべき皇妃のレティーツィア様の食事に毒が盛られていたと聞いております。
本当に貴国に我が国の大切な姫を預けておいて大丈夫ですか?」
「未然に防いでいることでございますから何の問題ございません」
「今回は、ですね。次回も未然にと保障ができますか?
いや保障はいらないな。次回が無いと断言できない限り、レティーツィア様をこれ以上貴国にお預けする訳にはいかないのです。
ご理解頂けますか?」
二度目が無いと言う保障などどこにも無いから、さすがのラースも言葉に詰まった。
だが今のを聞いて理解した。
毒の事をライヘンベルガー王国に伝えたのはロザムンデだ。そして同時に、ヘクトールが張った罠の事も伝えているだろう。
本当に私とヘクトールとの間には性交は無かったのだが、城の者が誤解している今ならば、同様の効果があると気付いたのだろう。
つまり第二案。
私は祖国に連れて行かれて別の男の子を産む。そしてこの内乱でヘクトールは暗殺されると言う事か。
私が帰らないと言えばこの話は流れるだろう。だがそれをすれば残されたロザムンデの家族に害が及ぶのは明白だ。
ダメだわ……
監視役に情が移った時点で私の負けね。
それから二週間。
奇しくも、いや二度目の事となるが、私は移動中の馬車の中で誕生日を迎えていた。
一度目はイスターツ帝国に向かう馬車の中で十六歳の誕生日を迎え、そして今回はライヘンベルガー王国に向かう馬車の中で十七歳の誕生日を迎えた。
こうして一年の刻を経て、私は再び祖国ライヘンベルガー王国の地を踏んだ。
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