25:独立か内乱か
ネリウス将軍は内乱という言われ様を嫌ったのか、政治方針の違いを理由にイスターツ帝国からの独立を近隣諸国に向けて宣言した。
合わせて、袂を別ったとはいえイスターツ帝国を攻める事はしない。ただしイスターツ帝国が攻めてくるのであれば我が国は徹底防戦をするとも宣言している。
イスターツ帝国の会議室では皇帝ヘクトールと宰相ラース、そして残った将軍らが集まりその対策を話し合っていた。
その中に何故か私も、ラースの要請で皇妃として呼ばれていたのだが、軍務の話に皇妃の私が関係あるはずもなく、先ほどから置物の様に静かに過ごしている。
「ネリウス将軍は東部全般と、東部により近い北部の諸侯を含めてブルクハルト帝国を建国いたしました」
「その様だな」
「さてここからは我が国の方針となりますが、如何なさいますか?」
「言われるまでもない。領地の独立をポンポンと認める様な皇帝に誰が付いてくると思う。内乱の鎮圧を盾にして徹底抗戦しかあるまい」
「イスターツ帝国としては、これは独立ではなく内乱だとアピールなさるのですね」
「そう言う事だ。
内乱ゆえに手出しは無用と送っておけ」
「畏まりました周辺諸国にはそのように書状を送ります」
ここで私の出番かしらとラースを見たのだが、彼は一瞥しただけで私を無視した。
私なんて他国への書状以外に役立てそうにないのだけど、う~ん。
「続きまして誰が出兵するかになりますが……」
「ネリウスはやり手だ。俺が行くしかあるまい」
「しかし皇帝陛下が自ら出陣されてもしもの事があっては困ります」
「ほぉ貴様は俺がネリウスに負けると思っているのか?」
そう言った将軍が気まずそうに口を噤んだ。他の将軍もそう言われてしまうと返す言葉は無いようで似たような表情を見せていた。
この時ラースが私にだけ分かるように目配せをしてくる。
なるほどね。ここまで見越して私の呼んだと言うのね。
「
「何が卑怯だというのだ」
「彼らは皇帝陛下の事を思って進言しています。その言葉を封じるのにその様な問い掛けをされるなど卑怯以外になんと言いましょう。
私は戦の事は解りませんが、それでも皇帝陛下はネリウス将軍を片腕と称して信頼しておられたとお聞きしております。
十戦して十勝する様な相手にその様な信頼はなさらないはずです。ならば将軍らは、十戦して唯一の一敗を引くことを心配しておられるのではないでしょうか」
「……分かった。
だが他の者に任せては勝てぬ。せめて先陣に出るのは控えると約束しよう」
「
その後は誰が先陣を賜るかなど細かな話になっていき、私は再び物言わぬ置物としてしばしの時間を過ごした。
出立の日の前夜。私はヘクトールに呼ばれて城に入った。
呼ばれた時間が時間なので内心は不安からドキドキしっぱなしだ。
ヘクトールは私の想像以上に律儀だったから、私が成人するまで決して手を出さないと思っていた。しかしこのような状況になると流石に彼も心変わりするのではないかと、心配が尽きない。
それもこれも送り出す時にロザムンデが嬉しそうにしていたのが悪いわね。
─大方ライヘンベルガー王国から送らせたのだろうけど─ちょっと小奇麗なドレスまで着せられている。
ノックをして名乗ると、入れと返ってくる。私は失礼しますと言ってドアを開けた。部屋の中はランプの灯り一つっきりで薄暗い。
そしてヘクトールは身軽な服装でベッドの上に座っている。
もう嫌な予感しかしない。
「どうしたもっと近くに来い」
拒否は出来ないので覚悟を決めてヘクトールの前に立つ。
「座らぬか?」
どうしようか。ここに歩いてくるまでに確認したが椅子はベッドから遠く持ってくるには不自然だ。座るのなら彼の隣、つまりベッドの上以外にないだろう。
もう逃げられないのは解っている。
私は諦めの様な気持ちで彼の隣に座った。
「明日からしばらく留守にする」
「ええ存じております。
ご無事にお帰りになられるのをお待ちしておりますわ」
「前に西部に行ったとき同じ様な言葉をくれたな」
「そうでしたね」
「あの時は貴女なりの嫌味だと思って素直に受ける事が出来なかった。悪かったな」
「はぁ……」
「戦場に行く俺よりもだ、俺は城に残る貴女の方が気がかりだ。
どうか屋敷を出て城に住んでくれないだろうか?」
「私に護衛を付けるおつもりですね」
「あの場ではああ言ったが、ネリウスはやり手だ。俺にはあいつが手勢を全て連れて行ったとは思えん。
きっといまも城の中には奴を支持している者が残っているだろう。だから俺も俺が信頼している者を残していく、命令になってしまうがどうかこちらに戻ってはくれぬか?」
「解りました。明日にでも戻ります」
「……」
「どうされました?」
「いや前に同じことを言った時には心まで奪えるとは~と大層拒絶されたと思ったが、今回は随分とあっさり従うのだなと思ってな」
「状況が違いますから当然ですわ」
「やはり貴女は俺には勿体ない聡明な嫁の様だ」
「あのぉヘクトール様の中で私の評価がとても高いように思いますが……
私、何かしましたか?」
前はあれほどガキ呼ばわりして無視していた癖に、最近は手のひら返しの様にやたらと関わってくるのだ。私がそのことを不思議に思ってもおかしくないだろう。
「西部の件をラースからすべて聞いた。
内乱を治める為に、南部に街道を作らせ、マイファルト王国とは国交を結んでくれたそうだな。
俺は最初、ラースが貴女を上手く乗せてやらせたことだと思っていたが、勘違いであった」
「それはヘクトール様の為ではなく民衆の為です」
「民衆の為で大いに結構ではないか」
へぇそう言う考え方も出来るのねとちょっとだけヘクトールを見直した。
「そもそも貴女が俺の為に出来る事は最初から決まっているだろう?」
そこで優しげに私の方を見られても……、うぅこの流れはヤバい。
ヘクトールの大きな手が私の肩に掛かり少し力が掛かる。抵抗したいのをグッと我慢して力を抜く。するとすっかり肩を抱かれて彼に寄り掛かってしまった。
ドキドキと心臓の鼓動が早くなる。
本気で手を出すつもりなのか、ここで止まるのか?
男性は一度火が付くと止まらないと教えられているけど、これはどっちなの!?
「貴女はいつの間にこれほど美しくなったのか……」
肩を抱いたままヘクトールが呟いた。
「何を……、私なんて未成年の子供と馬鹿にしておいででしょう」
「はははっこの時ばかりはライヘンベルガー王国の法が羨ましいな」
抱く気が無いと分かり、思わずホッと安堵のため息が漏れた。
無意識ゆえに、いまのため息は失敗だった。
「……やはりか。それほど貴女は俺を拒絶するのだな」
肩から手が退き、少々甘めだった空気はその言葉でがらりと変わる。
しかし私も少しは成長しているつもりだ。売り言葉に買い言葉、『先に拒絶したのはあなたです』と言う言葉を寸前で飲み込んだ。
「……」
「明日には俺たちは出立する。どうか貴女は城に入ってくれよ」
彼は私を立たせるとドアの所まで見送った。そして手を取り、その甲に軽く口づけをしてから私を解放した。
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