第16話 筋金入りのド変態

「――へぇ、可愛い店員がいるじゃねえか。ちょっと、そこに座れよ」


 昌高のクラスの文化祭の出し物は喫茶店。柄の悪い客が入店したと思ったら、席に着くなり三都美に絡んだ。


「すみませんが、そういうお店じゃありませんので」


 怯えた目をしながらも、毅然とした態度を取る三都美。腕を掴もうと伸ばした客の手を払いのけた。客はそれが気に入らなかったのか、席を立って三都美に凄む。


「勇ましいじゃねぇか。それが客に対する態度か?」


 立派な体格に威圧感のある人相。周囲の店員も他の客もその脅威に、距離を取って傍観するばかり。

 裏で調理を手伝っていた昌高はホールの異変を察知すると、すぐさま三都美の下に駆けつけた。そして身体を割り込ませて、客を睨みつける。


「ご注文がないのでしたら、お帰りいただけますか?」

「舐めた口利きやがって!」


 有無を言わさず殴りかかってくる客。

 昌高はその拳を手のひらで受け止めると、そのままミシミシと握り締める。みるみるうちに客は顔を青ざめさせると、捨て台詞を残して逃げ出した。


「覚えてやがれ――」




『なに? このコテコテの展開。昭和のテレビドラマなの?』

『さすがに小説としても、ちょっとありふれすぎですよね』


 今日になっても三都美とは仲直りができないままなのに、小説用のノートにペンを走らせたキミ。教室のキミの席を挟んで、左右からあたしとリコが内容に口を出す。


(文化祭ネタで何か書こうと思ったけど、思いつかなくて……)

『こんな何の変哲もないネタじゃ、読者はここで読み止めちゃうよ?』

(わかってますよ、面白いネタが浮かんだら差し替えますって!)


 キミを怒らせちゃった。そこまで言うつもりじゃなかったんだけどな……。

 あたしはアレ以来、常にイライラしている。アレとはもちろん、利子への返事の引き延ばしのこと。

 海に行くまでは、揺るぎないキミの意志が感じられた。でも面と向かって利子に告白された辺りから、キミの心に迷いが生じ始めた気がするよ。

 キミは利子に惹かれつつあるのかな……それはやだな……。


『それよりも、今はあたしとの仲直りが最優先でしょ?』

『でも、いくら話しかけても三都美さんが応じないんじゃ、仲直りなんて無理じゃないですか。そんな冷たい人と、無理して仲直りなんてすることないですよ』

『あたしが冷たいっていうの?』

『誰も、ミトンさんが冷たいなんて――』

(また声に出して叫びそうになるから、黙っててくれないかな!)


 先生からの連絡も終わり、ホームルームでは文化祭の打ち合わせが始まる。

 議事進行はもちろんクラス委員の二人だ。それを見つめるキミは、今日もちょっと不貞腐れ気味。

 その羨望の眼差しの先にいる智樹から、声も高らかに重大発表が告げられる。


「昨日の文化祭実行委員会で、各クラスの出し物が正式に決まったぞ。うちのクラスは男女逆転喫茶になった」

「えーっ、マジかよ」

「冗談で投票なんてするんじゃなかった……」


 あちこちから漏れる不満の声。クラスの出し物が決まって教室内は騒然となった。

 その騒ぎが収まるか収まらない内に、今度は三都美から段取りが発表される。


「今回の男女逆転喫茶では、男子生徒と女子生徒の制服を交換して、男子は女装、女子は男装で喫茶店をやりまーす。なので、声を掛け合って制服の交換相手を決めてくださーい。どうしてもサイズが合わない人の分は、改めて考えまーす」


 三都美の掛け声で、クラス中の生徒が右往左往することになった。

 けれどもキミは静観。机に頬杖を突いたまま、動こうともしない。


『ほら、キミもあたしのところに声を掛けに行こうよ。じっとしてても何も始まらないよ。自発的に行動しないと仲直りだってできないよ?』

(いいんですって……。また樫井さんに無視されるかもと思ったら、怖くて声なんてかけられませんよ)


 キミはそこまで拗らせちゃってるんだね。

 だからと言ってキミが声を掛けなきゃ、いつまで経ってもこのままなのに……。

 あたしが何もできずに指をくわえていると、リコがキミに声を掛けた。


『昌高さんのお相手なら大丈夫みたいですよ。ほら、そこに』


 リコは、安心感を与えるようにキミに優しく囁きながら、後ろを指差してみせる。

 その言葉にキミが後ろを振り返ると、後ろ手で腕組みをしながらモジモジとたたずむ利子の姿があった。


「あ、あの……昌高さん。良かったら、制服を交換してくれませんか?」


 あたしは気付いてた、利子がキミの後ろでいつ声を掛けようかってタイミングを計ってたことを。そしてなかなか言い出せずに、口をつぐんでいたことを。

 だけどキミが振り返ったのをきっかけに、利子が話を切り出した。

 そんな利子の渾身の申し出を、キミはあっさりと断る。


「僕なんかに、わざわざ声を掛けてくれてありがとう。でもごめん、せっかくの申し出はありがたいけど、僕が咲良さんの制服を着られるとは思えないよ」

「確かにそうですね……。他を当たってみます」

『ああ、身長……私の身長のバカぁ……』

『その点、あたしの体型なら制服の交換は問題なさそうだよね』


 あたしは辺りを見回して三都美の姿を探す。すると案の定、智樹のところでモジモジしていた。

 けれど智樹は既に、クラスの中でも高身長の女子数人に囲まれている真っ最中。

 三都美は残念そうな表情を浮かべると、周囲を見回し始める。そして少し考え込んだ三都美は、決意を固めたらしくキミの元へとやってきた。


「あ、あの……久しぶり、だね」

「い、一ヵ月ぶりぐらい、かな」


 ドギマギとぎこちない二人。

 仲直りのきっかけなんて、意外とあっさりとした形で訪れるものだ。着席したままのキミと、その正面に立ってキミを見下ろす三都美。目を合わせた二人は、互いに少し頬を赤らめた。

 やれやれ、この会話を交わすだけで一か月以上もかかるなんて……。

 けれどもこの言葉を皮切りに、二人の間に少しずつ会話が始まった。


「キミなら、あたしの制服着られるかな?」

「ぜ、ぜひ! よ、喜んで」

『居酒屋か! それにあたしの制服を喜んで着たいとか、それじゃ変態だよ』

『はぁ……まさか昌高さんを助けるための私の案が、二人の仲直りのきっかけになってしまうなんて……。皮肉なものですね』


 キミには、あたしとリコの言葉なんてまるで聞こえていない。

 緊張に声を上ずらせるキミは唾を飲み込み、仲直りのために勇気を振り絞った。


「あ、あの……海でのノートのことなんだけど……ごめん」

「あたしの方こそ、勝手に読んじゃってごめんなさい。でも、あれは何だったの?」

「実は僕、小説を書いてて……。登場人物のモデルとして、身近な人を参考に……。それで……ごめんなさい! 悪乗りしすぎました、本当にごめんなさい!」


 キミは勢いよく立ち上がり、自分の机に両手をついて三都美に頭を下げた。

 立ち上がった勢いで跳ね飛んだ椅子が、後ろの利子の机にぶつかって激しい音を立てる。その音に、キミと三都美はクラス中の注目を集めることとなった。


「大丈夫? ミトン」

「おい、那珂根。お前、ミトンに何したんだよ」

「そんな奴じゃなくて、俺と制服交換しようぜ」


 相変わらずキミの信頼度は地の底だ。

 けれども三都美が笑いながら、何事もなく取り繕ってくれた。


「大丈夫、大丈夫、何もないから。みんな気にしないで。それに制服交換は、もう那珂根クンと話がまとまったから」


 三都美の言葉に、クラスは落ち着きを取り戻す。

 そして三都美の言葉から、キミとの会話が再開された。


「で、海の件なんだけど……。そっか、小説だったんだ。あたし、もうビックリしちゃって、それで恥ずかしくなっちゃって。でも……ね。ちょっと、嬉しかったよ」

「え?」

『あれを嬉しいって……。あたしってば、とんだド変態だったわけ?』

『それって、あの、下着をつけずに更衣室から出てきた話ですよね? あのシーンはさすがに、私も恥ずかしくて読み続けられなかったのに……』


 三都美は顔を真っ赤にしながら、下を向いて身体をくねらせる。きっと海で読んだ小説を、頭の中で思い返しているのだろう。


「あの、怒って……ないんですか?」

「全然。どうしてあれを読んで、あたしが怒るの?」

『いや、怒るでしょ、普通。あたし、自分に自信がなくなってきたよ』


 邪魔しちゃ悪いと思いながらも、あたしは思わず口を挟んでしまう。

 なにしろ三都美との感性の違いに、あたし自身がついていけない。


「ずっと口も利いてくれなかったから、てっきり怒ってるんだとばっかり……」

「ごめんね。でも、キミがあたしのことをあんな風に見てるんだと思ったら、恥ずかしくて話し辛くなっちゃったんだよ」

「あんな風って言うと……?」

「ほら、豊かな胸だとか、頬ずりをしたくなるだとか……」


 なんだか話が噛み合わないような……。

 キミもそれを感じて、頭の中で考えを整理し始めたみたいだ。そしてキミは、恐る恐る三都美に核心を尋ねた。


「あの、ちなみに樫井さんはどこまで読んだんですか?」

「女神が降臨したってところで、あまりにも恥ずかしくてノートを閉じちゃった。でもダメだよ? あんまりエッチなのは」

『なんだー、読まれたのって最初の所だったんだね。良かった、あたしってば筋金入りのド変態なのかと思って、ドキドキしちゃったよ』


 あの時、ノートを取り上げた三都美が読んだのは、キミが行きの電車の中で書いてた部分だったんだね。そして早々に読むのを止めた……。

 やれやれ、誰もが一発で軽蔑するあの部分は、三都美に読まれずに済んだんだね。


「今回は、本当にごめんなさい」

「そんなに謝らなくていいって。それにしても楽しかったね、海。ありがとう、キミのおかげで最高の思い出になったよ」


 そう言って、三都美は笑顔を輝かせた。

 その笑顔を見てキミも無邪気に喜んでるみたいだけど、三都美がこんなに喜んでるってことは、智樹との仲が進展しちゃったかもしれないんだよ? 

 そう思うと、あたしはキミの仲直りを素直に喜ぶことができなかった……。



 キミは顔をいやらしくニヤケさせながら下校中。きっと、ろくでもないことを企んでいるに違いない。


『ねえ、当日なんだけどさ……』

(どどど、どうしよう。か、樫井さんの使用済み制服を、我が手中に収めるチャンスが訪れるなんて……)

『ちょっと……なにか変なこと考えてない?』

『犯罪の香りがしますよ、昌高さん』

(そうだ! 今のうちに樫井さんと同じサイズの制服を用意しておけば……)


 キミはあたしたちの言葉なんて耳に入ってない。

 ねぇ、男子高校生ってこんなことばっかり考えてるの? キミだけだよね?

 前にもこんなことを思った気もするけど、呆れ果ててものも言えない。


『着古しと新品じゃ、すり替えてもすぐバレるっての』

(そうか。じゃぁ、汚しちゃったから弁償しますっていうのは……)

『なにで汚すつもりなんですか? 昌高さん』

(え? なにって、そこまでは考えてないけど?)

『だ、だったらいいんです。でも、止めておいた方がいいと思いますよ』


 ダメだこれは。このままじゃキミが闇落ちしてしまう。

 それにリコも、見た目は子供っぽいのに意外と……。

 仲直りを果たしたキミは、さっそく三都美のことで頭がいっぱいらしい。それはそれで、あたしはちょっとイラっとした……。

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