あたしを口説きたいのなら、あたしに任せておきなさい
大石 優
あたしを口説きたいのなら、あたしに任せておきなさい!
プロローグ
「遅くなってごめんね、昌高クン。待った?」
「い、いえっ。ぼ、ぼきゅも今来たところでしゅ!」
「ん? 今日はどうしちゃったの? そんなに噛みまくっちゃってー」
ホワイトデーに
口から飛び出しかけた心臓を飲み込むように喉を鳴らすと、昌高は歩み寄ってくる三都美を両手で制した。
「ご、ごめんなさい。ちょっとだけ、ちょっとだけ待ってもらっていいですか?」
「ほんとに今日はどうしちゃったの? 敬語まで使っちゃって」
昌高は恐縮しながら三都美に背を向けると、すぐさま自分の顔の前に手のひらを広げて構える。
(人、人、人……これでよし! って、いつの時代のおまじないだよ)
昌高は思わず自分に脳内でツッコミを入れた。でも今は、そんな迷信にでもすがりたいほどに余裕がない。
そして手のひらに書き終えた『人』の字を、昌高は丸呑みにする。
(いや、手のひらに書いた字を呑むには、手自体を飲まないといけないんじゃ……)
昌高の頭に、またしてもどうでもいいツッコミが浮かぶ。だけど、それで気が紛れたのかもしれない。平静を取り戻した昌高は、三都美に身体を向き直した。
すると、三百六十五日、二十四時間、にらめっこをし続けても飽きない自信のある三都美の可愛い顔が、昌高の目の前に迫っていた。
「うわぁ……。か、樫井さん……ち、近い、近いですっ」
「だって、キミが何してるのかなぁって思ってさ」
どうやら三都美は、昌高のまじないの様子を肩越しに覗き込んでいたらしい。
その気配に気付かずに振り返ったせいで、昌高と三都美の顔はありえないぐらいに急接近していた。
(くそっ、反対回りで振り返ってれば、事故チューできてたかも……)
不謹慎な考えが、昌高の頭をよぎる。だけど今はそれどころじゃない。
昌高はポケットに手を突っ込んで、クリスマスに渡しそびれたプレゼントをギュッと握りしめる。そして昨夜考えぬいた、三都美に伝える言葉を頭の中で思い返した。
これでよし! 後は心の準備を整えるだけだ。
(……って、普通はそれが一番最初だろ!)
自らの行動にツッコミつつ、自分の心の準備が万端に整うことなんて永遠にないことぐらい昌高はわかっている。
小心者でコミュニケーションの苦手な昌高は、見切り発車で実行に移す。ここで冷静になってしまったらきっと、またの機会に……ってなるのが目に見えてるからだ。
昌高は握りしめたプレゼントをポケットから取り出すと、震える手で三都美に差し出しながら深々と頭を下げる。
さらに心の中を隅々まで漁って勇気をかき集めると、昌高はそれを一気に解き放つように、上ずる声を張り上げた。
「――樫井さん! 初めて見た時に一瞬で恋に落ちて以来、四年間ずっと想い続けてきました。ぼ、僕と……つ、付き合ってもらえませんかっ!」
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