第35話・漢のロマン

 俺は無茶を言っている、そんなことは百も承知だ。だが、思いつく最良の手段はこれしかない。


「あの山をくり抜いてください」

「くり抜く!? どのようにですか!?」


 これには、さすがの祈祷師様も動揺している。しかし、俺は平静を保って話を続けた。


貨物列車こいつが通れるだけのトンネルを、隧道ずいどう……えーっと、坑道を掘ってください」


 祈祷師様の目が泳いだ。前を見据えて、必死に考えている。具体的なイメージを伝えなければ、神様は願いを叶えてくれないのだろう。


「それほどの坑道など……。サガ、あなたの世界では、どのように掘削しているのでしょう」

「そうですね……。まずは、貨物列車こいつより大きい円錐を作ってください」


 祈祷師様がお祈りすると遥か前方、線路の先に光の粒が集まって氷の円錐が現れた。電気機関車がスッポリ収まる直径だ、いいぞ神様。


「その先端から下まで、螺旋状の板をまとわせてください」


 円錐の先端から下辺まで、くるくると板が巻きついた。いいぞいいぞ、俺が願ったとおりだ。


「先端を崖に向けて、回しながら前進させます。線路は、あれが通ったあとに敷いてください」


 ひだをまとった円錐は崖めがけて一目散に走りはじめた。そのあとを俺たち、貨物列車が追いかける。

 俺の言葉をイメージして具現化したはずの祈祷師様は、次第に小さくなっていく円錐の尻を見つめて呆然としてしまっている。


「サガ……あれは何でしょうか?」

「俺たちの世界で穴を開けるために用いる道具、ドリルです」


 そうさ、ドリルは漢のロマン。


 円錐が崖にぶつかった。鋭く硬い先端が強固な岩盤を砕きはじめて、その残骸を辺り一面に撒き散らせている。

 割と柔らかい岩盤なのか、氷のドリルが強いのか、丸い穴がぐいぐいと山の中に潜っていく。


 ブレーキを当てて、列車の速度をドリルに合わせて間合いを保つ。鉱石にぶつかって、ドリルが足止めを食うかも知れないからだ。

 そう、この山は鉱山。ヴァルツースが重視し、俺が喉から手が出るほど欲する鉱石が採れる。


 ドリルに続いて、貨物列車も山に突っ込んだ。山をつらぬく漢のロマンは緩やかな曲線を描きつつ、少しずつ上昇している。


「サガ……あなたの世界には、山をも穿うがつ道具があるのですか」

「ちょっと形は違いますけど、私がいた国が世界に誇る技術です」


 そう、本当は日本が世界に誇るシールドマシンにしたかった。だが詳しい構造がよくわからないし、シールドマシンよりも早く掘りたい、そして尖ったドリルがカッコいいから、この形にした。


 どうだ、カッコいいだろう。


 そのとき、ドリルから火花が飛び散った。一定の間合いを取っていたドリルの尻が、膨らむように大きくなっていく。

 鉱脈にぶつかったのだ、文字通り火花散る熱いバトルが繰り広げられている。


 神様、頼むぜ、あなたの氷は岩をも砕く!!


 って、やべえ! ぶつかる! ブレーキだ!!


 咄嗟に減速させたその瞬間、窮屈なトンネルに強烈な爆音が鳴り響き、無数の火花が電気機関車を包み込む。ドリルの尻は、再び山をくり抜いて闇の中を駆け上がる。


 負けたか!?


 ……いや、漢のロマンの勝利だ!


「凄いぜ神様! 想像以上の働きだ!」

「神は私たちとともにあるのですね!」


 運転台の俺たちはB級映画のように歓喜した。互いに破顔を見せ合って、踊りだすような興奮に包まれている。

 凄い、本当に凄いぞ。こんなすぐに願いが叶うなんて、一体どんな神様なんだ。


「坑道ならば、ヴァルツースに悟られずフェルンマイトに攻め入れますね」

「思いつきでしたが、いい手段を選べました」

「ところで、フェルンマイトのどこに通じるのでしょう?」


 あっ……。そうだ、思いつきだから、そこまで考えていなかった。

 広場や道に出ればいいが、住宅街や工場に出口が出来たら大惨事だ。いいや、広場や道でも地上の人を飲み込んでしまったら……。

 そもそもフェルンマイトは、どんな形をした街なんだ? 斜面に沿ったマチュピチュか、街だけ平らな高野山か、どっちなんだ。


 万一に備えてブレーキを当てるが、すぐ意味のないことだと気づかされた。トンネルを意気揚々と切り開く漢のロマンは、留まることを知らずにみるみる小さくなっていく。

 あんなのに人間が巻き込まれたら……。


「祈祷師様、ドリルの勢いを弱めてください」

「何故ですか? フェルンマイトを一刻も早く、ヴァルツースから救わなければ」

「奴らは下から穴を掘って来るなんて思っていません、それより地上の人たちが心配です。お願いですから、もう少しゆっくりにしてください」

「……わかりました。救済するために傷つけては意味がありません」


 祈祷師様が祈りを捧げた。どうか通じてくれ、神様に。


 通じた! ドリルの尻が、みるみる大きく広がっていく。

 って、距離を保っていないから減速しないと。

 ……あれ? 止まっていないか? ドリル。


「見てください、火花が散っています。また鉱脈にぶつかったようです」

「クソッ! 勢いが足りないか。祈祷師様、速く回してください!」


 必死になってブレーキを込めると、祈祷師様はムッとして冷たい視線を浴びせてきた。


「……サガ。貴方は神への祈りを、軽んじていませんか?」

「そんなことありません! 今は神様だけが頼りなんです!」

「遅くしろと言ったそばから速くしろなど、神は貴方の手足ではありません」

「いいから! 安全の確保は輸送の生命なんだ! このままだと追突して、俺たちの生命まで危ないんだって!!」


 次の瞬間、まばゆいほどの火花によって視界が覆い尽くされた。

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