第31話・コロッケ
先の大戦から日本がどうなったのかは、何とかはぐらかすことが出来た。せっかく出会えた伝説の料理人にショックで倒れられても困るし、何かを察しているような様子でもあった。
昔の戦争を知るのも大事だが、今目の前にある戦争が最優先だ。
「異なる世界などがあったのか。道理で妻や娘がどこを探しても、いないわけだ。帰る
「あったら、俺はとっくに帰っていますよ。列車ごと召喚されたんですよ?」
ハチクマは壁を倒した電気機関車を見上げた。真っ赤な車体、4つもついた四角い前照灯、戦時中の機関車とは似ても似つかない形状だろう。
「これが未来の機関車か……」
「ハチクマさんの時代から50年くらい後です」
「日本は、これだけの機関車を作れるようになるのだな。希望が見えたよ、ありがとう」
ハチクマは嬉しそうに微笑んでいた。俺もつられて笑ってしまう。ハチクマはきっと、多くの人から愛されたのだろう。
「ところで、ここではどんな料理を作っているんですか?」
「肉があるのでステーキやハンバーグだ。パンに似たものがあったから、ポークカツレツやフライドフィッシュも作っている」
「マジすか!? あ……本当ですか? 後ろの箱にジャガイモがあるんです。コロッケを作ってくれませんか?」
俺の願いを耳にして、ハチクマは暗く沈んだ。コロッケに悲しい思い出があるのだろうか。
「ハチクマさん……?」
「すまない。作ろうではないか、コロッケを」
「やった! 凄いたくさんあるんです。タマネギもトウモロコシも、チーズも積んでいます。ヴァルツースを追い出したら、みんなでコロッケパーリーだ!」
大鍋に油を張って、火にかける。ジャガイモを茹でて皮を剥ぎ、潰していると祈祷師様が様子を覗いに来た。
「サガ、何をしているのですか?」
「コロッケという料理を作っているんです。兵隊みんなに食べてもらいたいから、手伝ってくれませんか?」
「料理など、したことがないのですが……」
「教えます、一緒にやりましょう。パンタも首長さんも、みんなでコロッケを作りましょう」
そのうち、戦闘から避難していた人々もジャガイモの匂いに、ひき肉とタマネギを炒める香りに誘われてきた。ハチクマが新作料理を作ると言うと次々と加勢し、小さな食堂は食品工場のようになっていった。
とても戦闘中というのが信じられない、明るく穏やかな雰囲気だ。それもこれもハチクマの人柄のお陰だろうか。一体何者なんだ、ハチクマ。
衣をつけたコロッケを揚げていると、騎士団長以下連合軍の面々が鼻をフンフン効かせながら、食堂にやって来た。それに気づいた祈祷師様が、麗しい微笑みを称えて出迎えた。
「お帰りなさい、勝ったのですね?」
奴らはドキッとして、真っ赤な顔をなっていやがる。クソッ! うらやましい!! 俺も『お帰りなさい』って言われてみたい!!
「は……ハッ! ヴァルツース軍は白旗を上げ、フレッツァフレアは解放されました!」
「騎士団長、ご苦労様でした。サガと、ハチクマという料理人に教わって、コロッケという料理を作ったのです。戦勝祝いにしてください」
畜生! まるで夫婦じゃないか! 並んで厨房に立っていた俺のほうが相応しいんだからな!
俺はハチクマからコロッケを受け取って、いの一番に祈祷師様へと手渡した。
「揚げたてが一番です。熱いうちにどうぞ」
恐る恐るコロッケをかじる祈祷師に続き、俺も熱いところをかぶりつく。
衣はカリカリ、中はホクホク、ほのかな甘みが鼻孔に広がる。これこれ、さすが伝説の料理人。異世界転移してもコロッケを食べられるなんて、夢のような話じゃないか。
「美味しいです! 茹でただけとは、まるで違いますね!?」
当然、祈祷師様も大満足だ。そうでしょうそうでしょう。おやつから高級レストランまで、コロッケは日本中から愛されているんだ。
「俺にも食わせろ!」
「私が先にいたのよ!?」
「作った人から順番や! 食べたきゃジャガイモ潰して固めて待っとって!」
ハチクマが放った突然の関西弁にちょっと驚かされた。そうだ、滋賀県出身と言っていた。それでは、文語体の喋りは何だ。
「ハチクマさんの喋り方なんですが、何かあったんですか?」
「あっ……。関西
「はぁ、そうですか。勉強というのは?」
「本はみんな東京弁だろう? 東京生まれの芥川は愛読していた」
ずいぶん変な覚え方をしたものだ。だいたい、地の文で勉強するのが間違いじゃないか?
「あなたは貨物列車で、どこへ向かっているのだろうか?」
「ヴァルツースを目指して、街を支配から解放しながら仲間を募っているところです」
「それならば、私を乗せてくれないだろうか? 私を召喚したヴァルツースに行けば、妻や娘の元へ帰れるかも知れない」
それは名案だ! 同じ召喚術でも、ラトゥルスに帰っては元の世界に戻れそうにないが、ヴァルツースなら何か
「俺も帰ります! 時代は違うけど……でもハチクマさん、過酷な列車の旅ですよ?」
「大丈夫だ。去年まで列車食堂のコックだったのだから」
それは、心強い仲間を得た。進軍先で馴染みの料理を食べられる。唯一『ろくでもないこと』が気掛かりではあるが……。
ていうか、戦前の食堂車コックって、こんなのか?
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