パートナー解約




地区戦争が始まれば、多くの犠牲は避けられない。

霧島も彼女に殺されてしまう可能性がある。

なんとしてでも、彼女から霧島を守ろうと思った。


「…あんたがそのつもりならそれはどんな手を使ってでも霧島を守る」


俺はそう言って狩猟道具がなくても、相手を殺すという意志を、目の前の相手に向かって放つ。

するとにへらと笑いながら、紫煙を吐き出して首を横に振る。


「ウチがそんな事するわけないでしょ?曲がりなりにも霧島ちゃんは部下だったんだから…可愛い可愛い霧島ちゃんを殺すなんて気が引けちゃうよ」


「だったら何で一番に彼女の名前を出した。何で霧島を恨んでると言ったんだ!」


俺は叫んだ。

この女は嘘しか吐いていない、俺は糾弾する。


「だって裏切られたのは事実だから…、ウチは勝手に離れていく子が許せない…その子にも、私の気持ちと同じようなこの苦しみを味合わせてあげなきゃ気が済まない」


何を言ってるんだこの女…。

稲元潤がスマートフォンを取り出して画面を映し出す。

それを俺は見た。

ベッドの上に眠る二人の男女。

一人は金髪でもう一人は茶髪。

どちらも裸になってシートを被っている。

その片方は稲元潤だった。

そして…もう片方は俺だった。

まさかこの女、俺が眠っている間に、服を脱がしたのか?


「この写真、見たらどうなるのかなー?キミの為にお金を出して七原の所に行ったのに、貴方と私はこうして一緒になってるって知ったら、どんな顔をするのかなぁ?」


そんな事、想像すらしたくない。

なんて写真を用意しやがるんだ、この悪女めが。

この写真を見られたらまずいと思った。

せっかく彼女が俺の為に治療費を出してくれるたのに。

彼女の好意を無駄にするような事を俺はしている。


「それを彼女に見せるのか?」


「ん?それもいいかもね…けどね、写真を見せるのは後の事、言ったでしょ?彼女には私と同じ苦しみを味合わせたいって」


この写真を見せる事が復讐じゃないのか?


「彼女はうちを裏切って七原の班に入った、だったら、キミもうちの班に入って貰うの」


俺が、お前の班に?


「そうしたら、彼女、傷つくと思うでしょ?でも、それでも傷つかなかったら、この写真を見せるの」


…そういう事か。

彼女の言葉に俺は頷くことしかできない。

これ以上霧島を曇らせるような真似はしたくない。


「本当?嬉しいなぁ、じゃあこれからはキミが私の新しい家族だね」


稲元潤が俺の首に手を回して抱きしめてきた。

なにが家族だ。

脅迫で人を縛り付けて、そんなものは家族じゃないただの脅しだ。


だけど今は我慢してやる。

俺と稲元潤感情を抜きにしてみればこれはかなりの好条件。

かなり待遇が良いと言えるだろう。


俺の階級は下っ端から毛が生えた程度の立ち位置であり、地道に努力を重ねていって班長のグループに入ったとしても最低でも三年はかかるだろう。

そう考えると個人的感情で下っ端の俺をグループに加入させるなんて真似は破格の対応としか言いようがない。

俺にとってこの状況はポーカーの席でロイヤルストレートフラッシュを配られて勝負するようなものだ。


『狩人本部陥落編』を攻略するには人数が必要だ。

俺はこのグループを支配して俺の手駒として活用することに決めた。

彼女は俺に首輪をはめたつもりだろう今はそう思っておけばいい、その内、俺があんたの手綱を引いてやる。


かちゃりと音がした。

何か硬いものが俺の手首に絡まっていた。

自分の手首につけてあるものを確認する。

それは手錠のようなものだった。

はたからみればブレスレットのようなものにも見えるだろうが鍵穴の横には電灯のようなものが緑色に点滅している。


「一応行動を監視させてもらうからね?その手錠は発信機付きで、ウチのスマートフォンと連動してるから、何処に行っても分かっちゃうからね」


手首を軽く振ってみる。

当然ながら外れる気配はなかった。


「これって、どうやって外れるんだ?」


一応無駄だとは思うが聞いてみることにする。


「外れないよ?外そうとしたら携帯反応の信号が途絶えると同時に爆発しちゃうから、右手が恋人だったら間違いなく離別しちゃうね」


厄介にもほどがあるだろ。

とりあえず…あのグループに入るのに当たって乗り越えなきゃならない障害がある。

乗り越えなければならない障害、それは俺と百槻与一とのパートナー関係だ。


現在、俺は百槻と狩人同士による契約関係を結んでいる。

パートナー契約を解約しない限りは、稲元潤の班に加わる事は出来ない。


「なあ、俺にはパートナー契約を結んでいる奴がいる、そいつに連絡を入れたいんだけど…」


「あー、そうなの?」


稲元潤はホットパンツの尻ポケットからスマートフォンを取り出した。

これは俺のスマートフォンで、それを俺に渡してくる。

俺はスマートフォンを使って稲元潤の方を見る。


「…俺のパートナーには何て説明すればいいんだ?」


パートナー解約する以上はそれ相応の理由が必要だろう。

百槻与一が理由もなしに別れてくれるはずがない。


「えー…えっとぉ…私を裏切らない程度だったらどんな理由でもいいよ?」


私を裏切らない程度ということは…霧島の情報は話すなということか。

なら俺は考える、百槻与一に、霧島の事を伝えずに連絡をする。

もしも、彼女の『裏切り』に反していれば、即座に俺の手首が爆破する。


「(…よし)」


俺は連絡先を百槻与一に決める。

コール音を鳴らした。数秒で百槻与一と繋がる。


『九条ちゃーん、今どこにいるのっ?』


心配するような口ぶりで百槻与一が声を荒げていた。

何て言うか考えた結果、俺は百槻与一の関係に頼ることにした。


「なあ百槻、唐突だけど…今は何も聞かずに俺とのパートナーを解約してくれ」


さも意味ありげに俺は言った。

百槻与一は何も言わずただ黙っていた。


『…何か理由はあるんだね』


百槻与一はそう言ってため息を吐いた。


『…まったく九条ちゃんは自分勝手だね』


電話先ででグチグチと言ってくるけど、何も理由を聞かずに、百槻与一は頷く。


『分かったよ、九条ちゃん、明日会えるなら、狩人協会本部で、申請を出すよ。九条ちゃんと一緒じゃないと解約は出来ないから、絶対来てね』


そう百槻与一は言う。

俺は、彼の主人公性に懸けた。

主人公ならば、俺の意味ありげな言葉に意味が深い事だと思ってくれたはずだ。

そして、その予想は敵中した。


『全く、尻軽の相棒で困っちまうなぁ』


百槻与一が苦笑する。


「お前が重くて良かったよ」


俺も同じように苦笑した。


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