負傷


右側に『銀乱袖薙ギラソデナ』。

左側に『赫捨羅アカシャラ』。

何方も、人間を狙っている。

人間は餌として認識しているだろうが、闘級が上がれば知性も上昇している。

獲物を喰らう為に同士討ちをすると言う無駄な真似はしないだろう。

むしろ、協力する事でお互いの損害を少なく、労する事なく利益を得られると思っている。

この二体が手を組む事は想像出来た。


『(まずはッ)』


散弾銃を『赫捨羅アカシャラ』に向けて放つ。

発砲され、火薬に爆ぜる小さな鉄球の雨が『赫捨羅アカシャラ』の体へと飛ぶ。

俺が狙うのは頭部、『赫捨羅アカシャラ』は人型であり、頭部の部分には眼球がある。

散弾銃で化物を殺せるとは思っていない。だが、この散弾によって怯んでくれる、もしくは、目潰しの役割となってくれればそれで良かった。

野太い発砲音と共に、瞬きの間に弾丸の雨が『赫捨羅アカシャラ』を穿つ。

首の角度が変わる。威力に圧されて首が動いた。

だが、『赫捨羅アカシャラ』は即座に俺の方を向く。

全身に覆われた甲殻が、『赫捨羅アカシャラ』の体を守っていて、小さな鉄の球が甲殻に引っ付いていた。

そして、顔面から鉄の球が落ちる。甲殻は硬く、散弾銃では無傷であった。


『(予想してたがッ…ッ!)』


ずさ、と音が後ろから聞こえて来る。

建物の壁が破壊されて、窓がひび割れて甲高い音が聞こえる。

即座に俺は身を屈める、その音を察するに、『銀乱袖薙ギラソデナ』が背後から攻撃してきたのだろう。

銀乱袖薙ギラソデナ』の触手は何処までも伸びる。だから、建物を破壊しながら、無理矢理触手を振るって攻撃して来たのだ。

屈めた瞬間に、俺が立っていた頭上辺りに、『銀乱袖薙ギラソデナ』の触手が通過した。

肝が冷える。回避行動が遅れていれば、俺はその一撃によって体の骨を折るか、叩き飛ばされて建物に激突する所だった。

だが、安心している場合ではない。今度は『赫捨羅アカシャラ』の方だ。


赫捨羅アカシャラ』の左腕の部分、肥大化した前腕は、カニの腕、と言うよりかは、死神の鎌の様な形状であった。

腕を振るう『赫捨羅アカシャラ』に俺は地面を蹴って横に移動する。

奴の攻撃位置と、俺の居る場所は、少し離れている。

少なくとも、『赫捨羅アカシャラ』の腕を振り下ろされても、攻撃が俺に当たる事は無い。

それでも、俺が大袈裟に回避したのは、奴の腕から放たれる攻撃からだ。


ぱしゅん、と風を切る音が聞こえると共に、真横に避けた俺の傍で、見えない刃が地面を切り刻む。


『(どちらも遠距離の攻撃ッ、怖ェっ!)』


赫捨羅アカシャラ』の持つ能力。

それが、圧縮の刃だ。

この攻撃は、腕を振るう事で、空気に斬撃を付加して飛ばす、と言うもの。

空気を刃として飛ばすわけじゃなく、斬撃を飛ばす為に、その切れ味は中々のものだ。

人間ならば、簡単に真っ二つにされてしまうだろう。

散弾銃を構える。遠距離ならば此方もあるが、これは牽制や足止めにしか使えない。

相手が俺に集中している、それが一番良い事なのだ。

何故ならば、俺を標的にしている間、後ろから迫る百槻の攻撃に気が付かないから。


チェーンソーの音が響く。

『喰代』の刃が『赫捨羅アカシャラ』の肩を思い切り切り付ける。

だが、『喰代』の回転刃でさえも、『赫捨羅アカシャラ』の甲殻を破る事は出来ない。


『クソッ、硬ェなッ!!』


百槻が罵る。

奇襲に失敗した百槻に対して、『赫捨羅アカシャラ』は振り向くと共に腕を振り上げる。

俺は走る、『赫捨羅アカシャラ』と距離を縮めて、なんとか百槻から注意を逸らそうと斬機壱式を構える。


だが、俺が攻撃をする寸前に、俺は地面に倒れた。

こけたワケじゃない。俺の足には、『銀乱袖薙ギラソデナ』の触手が絡まっていた。


『クソッ!』


俺は叫ぶと同時に散弾銃を、俺の足に纏わりつく触手に向ける。

だが、一歩間違えれば足を傷つける事になる。自らの足を向けて撃とうと思った時、俺はこれをヒントと解釈した。


『百槻ッ!関節部分を狙え!!』


叫ぶと同時に、俺は散弾銃を別の方向へと向ける。

その先には、『赫捨羅アカシャラ』の足があった。

その足に向けて散弾銃を放つと、威力に気圧されて『赫捨羅アカシャラ』の態勢が崩れる。

一瞬だけでも、百槻が優勢になるように整えて、俺は散弾銃を『銀乱袖薙ギラソデナ』の方に向ける。

俺の体は引き摺られていく。

このまま、『銀乱袖薙ギラソデナ』が俺の体を持ち上げる。

五メートル程、俺の体が浮き上がる。

俺はゾッとした。この化物はこのまま、俺を地面に叩き付けるつもりだ。

何もせず死ぬか、多少の痛みを我慢するか、どちらを選ぶかなんて分かり切った事だ。


『うおおおッ!!』


自らの足に向けて散弾銃を放つ。

俺の体を掴んでいる触手に向けるが、最悪俺の足が引き千切れるかも知れない。

一発放つ。

触手に当たると同時、俺の爪先が抉れた。

弾けた弾丸が、靴を裂いて肉を抉ったのだ。

銀乱袖薙ギラソデナ』の手が離れる。俺の体は五メートル程浮いたまま、地面へと叩き付けられた。


『が、あああッ!!』


足が熱い。

脹脛が痙攣して、筋肉が力んでいる。


『ひッひッ!っあッ!!』


だが休んでいる暇はない。

寝ころんでいる俺の上から、触手が叩き付ける。

俺は体を捻り、回転して攻撃を避ける。地面を叩く音が響き出す。

ついで、二振り目の『銀乱袖薙ギラソデナ』の触手が俺に向けてやってくる。

それも体を捻り回避をする、野郎、このまま俺を叩き潰すつもりか。

予測通り、『銀乱袖薙ギラソデナ』が触手を振り上げた。

その瞬間を狙って俺は触手に向けて散弾を放つ。

銀乱袖薙ギラソデナ』の触手の端辺りに当たったが、一瞬だけ動きが止まった。

それと同時に俺は立ち上がる。


『ぐ、ふーッ!ふ、ッぐッ!!』


拳を握り締めながら俺は痛みに悶える。

耐え難い痛みだ、俺は我慢出来ずに、防護服の裏側に供えられた注射器を取り出す。

医療機関が製造した『細胞活性化薬品』だ。

俺は怪我をしている部位、足を欠損した太腿辺りに注射針を突き刺す。


『い、いちッ…』


注射器は一本、注射針は四つ。

その内の一つは、注射器に掛かれた『①』と言うボタンを押す。

最初は痛み止め、局部麻酔の様なものだ。これを打って十秒ほどで『②』を押す。


だが、『②』を押す前に触手が俺の方へと空を切ってやって来る。

俺は注射器を握ったままその場から前転して攻撃を回避する。

体がぐるりと回り、体の中の酔いが全体に回った様な感覚、それと共に吐気を催す。


俺は再び寝転ぶと、注射器を突き刺して『②』のボタンを押す。

これが『細胞活性化薬品』だ。欠損した部位の細胞を活性化させ、膜を作り止血をする。

これは支給品なので、効果が悪いが、自費で購入する分だと上等なものがある。

ゲームで言う回復薬だが…これは遣い過ぎると中毒になる。

別作品のゲームの主人公がこれを使い過ぎてヤク中になると言う薬漬けエンドも存在した。


『①』が効いて来たのか、痛みが安らいでいく。

俺は立ち上がると共に、ガンベルトから弾丸を取り出して、それを散弾銃に詰め直す。


『はぁ…はぁ…ッ』


百槻は、大丈夫だろうか?俺が後ろを振り向く。


『しっ!』


…俺の言いつけ通りに、関節部分を狙っている。

即座に、『赫捨羅アカシャラ』の武器である鋏の腕を切り落としていた。

流石主人公…モブには出来ない真似だ。

あちらの心配はしなくても良さそうだ。

だったら…俺は、俺の心配をしていよう。


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