ヒロインの問答

その後。

百槻は帰って、神崎さんも医務室で仮眠を取る。

病室には俺と霧島の二人だけで一晩過ごす事になった。


「(しんどいな…)」


ベッドの上で眠る事にしていたが体が痛むのでなかなか寝付けない。

鎮痛剤を打ってもらったが、効いてないのかキリキリと痛みで目が冴えてしまう。


「ふぅー…しぃー…」


痛みを散らすために深呼吸をする。

確かシステマという武術の一環で、呼吸を繰り返すことで痛みを和らげる効果を持ってると聞いた事があるような無いような、又聞きした程度の情報を実践していた。

そんな時。


「九条くん」


カーテン越しからか細い声が聞こえてくる。

霧島が、自分から話し掛けて来たのかと、俺はベッドから起き上がる。


「どうした?」


俺はカーテンを開けて、俺は思わず目を瞑る。


ベッドの上に座る彼女は。

ピンク色のドレスの様なキャミソール姿だった。

ベビードールと言う下着、だったか?

キャミソールの下には包帯が巻かれており、彼女の艶めかしい肌に新しく買い替えた真っ白な包帯が垣間見える。


「な、何ぎゃすか?」


俺はつい敬語になってしまう、ついでに噛んでしまう。ダサイ。

年齢の設定は確か、俺と霧島は、そこまで大差はなかったはず。


息を整える。

彼女が俺に、話し掛けたのかは分からないが、それでも何かしらの用があるのだろう。


真剣な表情を見て、俺も彼女の目を真剣に見る事にした。


「何かあったのか?」


「あなたは…えっと」


その質問を口にしても良いのか、迷っている。

だけど、彼女は、ゆっくりとまた再び口を開いて喋る。


「あなたは…なぜ私を助けたの?」


何とも不思議な質問だった。

何故助けた、だって?

俺は首を傾げそうになった。

そんなこと言われても、俺が助けたのは、ただこの世界に負けたくないとか、お前たちを見殺しにしてまでこの世界で生きたくはないとか、そういった理由だ。

それ以外の事なんて、考えた事もない。

敢えて言うのであれば。


「それは多分、お前と同じ考えなんだと思う」


彼女の共感性を得る為にそう言った。

だが、ますます彼女は意味がわからないと言ったように眉を顰めた。


「私と同じって…どういう事?」


どういうことって。

霧島恋という人間は誰かの為に生きるキャラクターだ。

自分を犠牲にして誰かを救う。


それこそが霧島恋なのだ。

だから私と同じことってどういう事、と言われても彼女の精神性は彼女だけしか知らないことだ。

それ以上の内面は俺に言われても分からない。


「…私は誰かの為に生きてきた。私が誰かを尊く思い、命を救うのは私がそれをする事で、何か心に温かなモノを感じてから…けど誰かの為に戦うなんて普通はしない事でしょ?…誰もが自分は可愛いものだから…だからこそ、私は、誰かの為に戦っているのか、誰かの為に命を懸ける事が出来るのか、分からなかったの…自分のやって来た行いは、正しい事だと思うし、後悔なんてない…きっと、この感情の真相を知っても…私は、誰かの為に命を捧げる…だからこそ、私は、知りたいの」


俯き、自らの胸に手を添えて、彼女の心の底が吐露される。

そんな悩みがあっただなんて知らなかった。

原作をプレイしていたが、彼女の心の内など知らなかった。

少なくとも彼女は、どんな状況でも人を救う、聖人の様なキャラクターだと思っていた。

…一説には『なれはら』は本来、彼女をメインヒロインとして考えていたこともあった。

もしも彼女のルートが存在していれば、彼女の悩みが、シナリオに組み込まれていたかもしれない。


「あなたは……、あなたは、自分の命に危険を感じた後でも、必死になって、私を助けに来てくれた…それは、どうして?」


俺は考える。

なんとか彼女にとっての納得のいく理由を、と思った。

けれど、俺が言ったところで彼女は納得をしてくれるのだろうか。

俺が彼女を助けた理由、それはただ単純に、生きて欲しいと思ったから。

待て待て、俺が助けた理由を発するよりも、彼女の疑問を解消した方が、良いんだよな?

彼女のキャラクター性から察するに、人を助ける事は当たり前だが、その理由を求めている。

こういう時、漫画やアニメとかで、自己犠牲の激しい他のキャラクターならば、どんな理由で、人を助けるのか…。


「…多分、愛?」


「…愛?」


彼女は首を傾げた。


「そう、愛、かな?自分よりも大切な存在、失いたくない人を助けたいから、それを見過ごしてしまえば、見殺しにしてしまえば、心にぽっかりと穴が空いてしまう。失ったものは戻らない、大切な存在を失いたくない、だから、人を助けたいと思うんじゃないか?」


それらしい事を言ってのける。

彼女はぶつぶつと、愛、と呟いていた。


「…えっと、それは…つまりは…」


そこまで言って、彼女は俯いたまま、カーテンに手を添える。


「えと…いえ、あの…ありがとう…おやすみ、なさい」


俯いたまま、彼女がカーテンを引いた。

彼女が納得出来る様な答えを言う事が出来ただろうか?

しかし、彼女と喋っていたおかげで、なんだか痛みも引いて来た。

鎮痛剤がようやく効いて来たか、俺は、目を瞑って、眠る事にした。

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