イキリ主人公に第一ヒロイン
『なれど』シリーズ第一作目に登場する主人公、それが彼百槻与一だ。
ゲーム序盤では、あまり彼に対してよく思うファンは居ないだろう。
「今日も無駄に頑張ってるねぇ」
そう言いながら自販機に100円を入れてジュースを購入する。
彼が買ったのは喉が焼けるほどに甘い缶コーヒーだった。
それを持って俺の方を向くと、ニマニマと笑みを浮かべた。
「これ、間違って買っちゃったんだけどさぁ…あげようか?」
どうやら間違えて買ったらしい。
俺はそれを受け取るかどうか悩んだ。
この場合、既に結果を知っているので、それに乗るかどうかという意味なのだが。
このかまってちゃんの相手は面倒くさいぞ…だが、断った時もまた面倒臭いのは目に見えている。
「…じゃあ、貰おうか」
俺は頷いて手を伸ばす。
すると百槻は缶コーヒーを持ち上げて自らの頭の上に缶コーヒーを乗せた。
「はい、あげたー」
…子供がやるような馬鹿な真似を平気でやってのける。
序盤の百槻与一は、人を小馬鹿にする様な悪戯を行う為、作中では悪ガキとして描かれている。
まあ、付け上がっても仕方が無い。
主人公は近代稀に見る優秀な狩人なのだ。
運動神経を確かめるテストではA評価を貰っており、狩人適正もほとんど上位に食い込む程に優秀な成績を残している。
これが今作の主人公が齎す主人公補正というものだろう。
凡人、ないし、モブには存在しない概念だ。
しかしそれはたいして羨ましくはないと俺は思う。
基本的にプレイヤーは主人公のイキリに対して反感を覚える事がある。
が、しかしこのゲームのジャンルはエログロ満載の鬱ゲーである。
当然ながら主人公に対する『わからせ』、及び『尊厳破壊』が存在するのだ。
全ては主人公の絶望を際立たせるために用意された設定に過ぎない。
この無邪気なイキリを見て悲哀の感情を持つ人も少なくはなかった。
しかし驚きなのは俺と主人公の関係性だ。
どうやら俺と主人公は面識があるらしい。
運動会場で試験を行う時、一緒になった事があるそうで、その時の話をしてくるので俺はまあ忘れたフリをしていた。
記憶障害による記憶喪失と言う設定を有効活用させてもらっている。
しかし今日はいつにも増してテンションが高い。
あまりにも高すぎて若干苛立ちすら覚えてくる。
「何かあったのか?」
俺は百槻に伺うと待ってましたと言わんばかりに胸を張って言い放つ。
「俺ってつくづく思うけどさぁ、優秀だよなぁ?だって近々さ、上層部直々の指名で仕事の依頼が発足してよぉ…九条はまだ任務は受けてないだろうから、俺が同期の中で誰よりも早いんだぜ?どうだ、良いだろ?」
羨ましいだろう、と言って来るが、そんなもの自慢するほどじゃない。
俺はため息をつきながら百槻の話を話半分で聞いていた。
「あまり調子乗ってるとすぐに死んじまうぞ?」
忠告をするようにという。
まあ主人公だからそう簡単には死なないと思うが…。
「まあ、誰かさんとは違うから、誰かさんとは」
その発言は本当に人を苛立たせる。
「俺は優秀だからなぁ、さっさと化物をぶっ殺して功績を挙げてやるぜ」
俺に向けてVサインをしてくる。
主人公だから、序盤で死ぬ事は無いだろうが…それでも慢心は出来ない。
調子に乗りながら、百槻が俺の肩に手を回してくる。
「どーよ九条くん、今から化物退治に出かけねぇ?」
俺を誘ってくる百槻。
「(なんでだよ、嫌だよ)」
誰が好き好んで自ら死地に赴くような真似をしなければならないのかと思った。
けれど俺はこうも思ったこの世界に転生して生活をしているが、俺はまだ化物と遭遇して戦闘を繰り広げていない。
「(一度経験を積むのも良いかもな)」
もしもの時がある。
いざという時に戦う事が出来なければ、みじめに死ぬだけだ。
「その化物退治の内容は?」
「え?乗り気なの?」
意外そうな表情をしていた。
まさか、自分から誘っておいて、連れて行かないつもりなのか。
「へへ、じゃあ適当に仕事聞いとくわ。あ、この仕事は俺が受けた依頼とは別な?流石に素人を連れていくワケには行かないからさぁ」
調子に乗ってるなコイツ。
まあ、この性格が丸くなる程に悲惨な展開が待ち受けているのだが。
「九条くんでも簡単にこなせる様な…そんな仕事は、っと…」
スマホを弄りながら、仕事を探している百槻。
出来るだけ弱い化物を用意して欲しいものだが。
「あ…与一くん」
ふと、廊下の奥から、そんなはかなげな声が聞こえて来る。
後ろを振り向く俺と百槻。
目に写る灰色の髪、その体には生傷を覆う包帯を巻いている、一人の少女の姿。
「あ、恋姉ちゃん」
スマホをスリープ状態にすると、百槻が彼女の名前を呼ぶ。
俺も軽く会釈をして、彼女の淡い紫色の瞳を見た。
「どうも…霧島さん」
彼女の苗字を口にする。
すると、彼女の視線が俺の方に向けられた。
「え…っと。…ごめんなさい、何処かで、逢いましたか?」
悲しそうに微笑んでくる、霧島恋。
『なれど狩人は化物を喰らう』のヒロイン。
共通ルートで化物に殺される運命にある、その少女が今、目の前に居る。
「(まあ、こっちが一方的に知ってるだけだからなぁ)」
彼女の反応は至極当然だろう。
俺と彼女は初対面である、と言うか、俺が一方的に彼女を知っているに過ぎないのだから。
「恋姉ちゃん、これから仕事?」
馴れ馴れしく百槻与一が姉呼びをする。
設定では、二人は戦禍に巻き込まれた孤児だ。
化物と狩人の闘争によって、両親を亡くした二人は、狩人協会の管轄下に当たる孤児院で過ごして来た。
孤児の子供が望む事で、狩人としての強化プログラムを受ける事が出来る、別名『人削ぎ』。
人間性を極限まで削ぎ落し、全知全能を狩人として鍛え直す事から強化プログラム『人削ぎ』と呼ばれている。
百槻与一も、霧島恋も、その『人削ぎ』を受けて生き残った連中なのだ。
「うん…あ、与一くんも、これから?」
おどける様に、百槻与一は俺の肩に手を添える。
「ちょいとね、友達がどーしても、俺の仕事っぷりを見たいって言うから、どーっしても、ねッ!」
へへへと笑う百槻与一。
誰がお前の仕事ぷりを見るんだよ。
「そっか…えっと、お名前は?」
親類としての笑みを浮かべる霧島恋。
どうやら、俺と百槻が友達だと聞いて警戒心を解いた様子だ。
「俺は、
軽く俺は挨拶をした所で、百槻に耳を添える。
「お前…上層部からの仕事って、何時なんだ?」
「なんで知りたいんだよ、そんな事…三日後だけど?」
三日後か。
それは急だな。
俺は霧島恋を見る。
彼女が死ぬ時間帯が、三日後である事が分かった。
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