不本意ヒーロー
真庭 裕
第1話
急募。
大学をひとつ爆破しておきながら朗らかに笑うサイコパス変質者のあしらい方。なお、その変質者は自分に対してとても懐っこいものとする。
-ーこんな問いに回答できる人がいるなら、今ここで代わって実践してくれ。というのが正直なところだ。
ズドン、と腹の底に届いた重い響き-ーそれが私の日常を物理的に破壊した。
そして。
避難訓練でも聞かない類の緊急警報が鳴り響く中、混乱するままグランドへ出た私を迎えたのは。
「ひーちゃん!」
半壊した大学の校舎を背にして満面の笑みを浮かべる、人懐っこそうな青年だった。
-ーこの気持ちを、どう表現するのが正しいのだろう。
恐怖はある。
動揺もしている。
困惑がないはずもない。
だけど、それらすべてを塗り潰す-ー憎しみにも似た、しかし決定的に何かが違うもの。
その激しさに反して不明瞭な感情が、自分の心を底から凍らせていくような気がした。
何かを察したのか、見知らぬ青年は首を傾げている。医療用の眼帯で片方しか見えないその目が、きょとりと瞬いた。
「ひーちゃん」
『ひーちゃん』
懐かしい呼び名に、掠れた記憶の中の幼い声と重なる。笑みを浮かべた小さな男の子が、手を差し出した。
-ーそれらの幻覚を、頭を振って追い払う。
「……何か、用ですか」
渇いていく喉から絞り出したそれは、思った以上に温度のない声になったが-ーまあ、変質者を相手に、配慮などない。
「あ。今日はね、久しぶりって言いに来たんだ! あと、遅くなってごめんねって!」
申し訳なさそうに眉を下げたのはほんの一瞬。再び-ーどこか懐かしい-ー笑顔で、青年は手を差し出した。
「ひーちゃん! 約束、守りに来たよ!」
『ひーちゃん! 約束、守りに来たよ!』
「き、」
ババババッ
真上を、建物すれすれの高さでヘリコプターが過る。多少は距離があるとはいえ、その音は大きい。
-ーだというのに。
「邪魔だなあ」
その声は-ー羽音に紛れてもなお、はっきりと。
「ねえ、ひーちゃん。あれは必要?」
青年の指先が示すものは、一度は頭上を通り過ぎたヘリコプター。必要かと問われたのは乗り物かその中にいるだろう人かはわからないが。
「……要るんじゃない?」
青年の仲間ではないかも知れない。それが私の味方であるとは限らないにしても、誰かにとって必要なものであることは確かだろうし-ー軽い気持ちで答えれば、彼は納得したらしい。
「そっか。なら、後回しで良いかな」
この場で対処しないがいずれは消す-ーそう聞こえた気がするが、突っ込むことはしないでおいた。
命は惜しい。
「邪魔も入ったし、今日は帰るよ」
「あ、待っ」
「またね、ひーちゃん」
来るのが突然なら、去るのも唐突。
どこか執着さえ感じた雰囲気は霧散し、青年は迷いのない足取りで姿を消した。
「……なんで……!」
空を切った手を、握り締める。憔悴していくあの子の両親をただ見ているだけだった、あの時のような-ー判っていても何もできない夢の中のような、不快な感覚。その中で、掌の
-ー視界が、歪む。
沈むような、浮かぶような感覚と同時に、身体から力が抜ける。へたりこんでもまだ身体が傾いて、地に崩れ落ちたことが判った。
心身共に限界を迎えたのだと、どこか他人事のように状況を分析する。
そして、脳裏で取り留めのない思考が空回る。
他の人たちは、無事だろうか-ー半壊した建物は、今日、使用予定はなかった。だが、もしかしたら時間が空いた学生たちがいたかも知れない-ー結局、あのヘリは何だったのか-ーあの人たちに、彼のことを言うべきだろうか-ー
砂利を踏みしめる音が近付き、それと同時に視界にごついブーツらしき爪先が入り込んだ。視界も思考も感覚も感情もぐらぐら揺らぐままにそれを辿れば、見上げた先にあるはずの顔は逆光で見えず-ー眩しさに目を閉じたのか、体力の限界だったのかもわからないような有り様で気を失った。
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