第13話 為政者として

 

 この国の宰相は侯爵家の当主だ。

 城内において筆頭公爵のレイジェラ家の立場を際立たせるには都合の良い存在であった。

 しかし彼は他の公爵家の介入を牽制できる程、有能でもある。国王を立て、レイジェラ家をやり過ごし、他貴族を上手く丸め込む。人の間に立つのが上手い男であった。


 それが今自身の置かれた状況が一変し、どう反応するのか。野心を見せるのか縮こまるのかアシュトンは見極める必要があった。

 事前に宰相に大まかな説明を済ませてある。

 もう充分、今城内がどのような状況か理解出来ているだろう。


「侯爵、よく来てくれた」

 ホッとした風に息を吐き出迎えれば、侯爵もまた緊張を解いたような顔をした。

(明らかに不安がっている)

 包まっていた温い布団を取り上げられ、慣れない気温に震える動物のようだ。

(僕も同じだけれど……)

 果たしてどれだけ隠せているのやら。自分の顔など見えないが、必死に取り繕うしかないのだから。



「──……、殿下の意見を通すにはやはり、後ろ盾が必要でしょう」

 長く話し込んだ結果、そう呟く侯爵にアシュトンは頷いた。

 つまり婚姻というそれ。

 レイジェラ家の勢いを殺し、国の転換に舵を切る。その為の力を得る為に。

「そうだな……」

 両手を握りしめるアシュトンに侯爵は期待の眼差しを向けた。





 ◇





「父上」

 自分を呼ぶ声に振り返る。

 アシュトンがエトス公爵の爵位を賜り、もう二十年になる。

 立派に育った精悍な顔立ちの息子に目を細めた。


 黒髪に灰褐色の瞳の青年は、しかしそこに油断ならない光を宿している。

 優秀な彼は十八歳という若さでその座に臆する事なく立っている。

 自分が十八の頃など虚性を張るので精一杯だったのにな。……なんて思えば些か面白くないような、その成長が面はゆいような、複雑な気持ちではあるけれど。


 年に一度の王家主催の舞踏会で正式に息子に爵位を明け渡す。

 だからもう間もなく、こうして話す時間も無くなっていくのだろうなあと、最近はつい感傷に浸ってしまうのだ。

 幼い息子の手を引き、やがてここで生き抜いてらいかねばならないのだと王城へ通わせるのは、やはり気が滅入るものだった。

 

 あれからレイジェラ公爵から筆頭の名を剥したものの、エミュエラは公爵家の遠縁の子爵家へと嫁いで行った。法の裁きや修道院送りには出来なかったけれど、父に見捨てられて彼女のプライドは充分砕かれたようだった。

 だからと言って彼女は実質罪を問われていないようなものだが、嫁ぎ先はここ数年干ばつに苦しむ土地でもある。

 食事一つ、水一滴の有り難みを知り生きていく事になるだろう。……それに、彼女がその環境を受け入れて王妃教育を活かし、対策を講じてくれればなどと、都合の良い夢を見ている。その地に生きる者として、領主の妻の勤めとして。向き合ってくれたらいい。


 そんな思いに耽り、アシュトンは首を横に振った。

(まだまだ甘いな、私は……)


 父の崩御において、城内で毒物が使われた可能性を示唆し、医師の普及と医療技術の向上に努めた。また幾らか特権を用意して、権力者に阿る事のない仕組み作りに取り組んだものの……どこの世界でも派閥というものは出来てしまうらしい。人が増えればそれだけ諍いも増え、その調整には苦労した。


 それでも国内の医療技術が底上げされ、医師を目指し勉学に励む者が増えた。国内の学力向上にも繋がったのだから僥倖だろう。

 

 どれだけの事が出来ただろう。

 勿論自分一人では無かった。

 けれど、


「父上、まだ感傷に浸るのは早いでしょう? まだ私はあなたに聞いておきたい事が山ほどあるのです」

 そう言う息子に苦笑を零す。

「山ほどとは大袈裟だな。お前に教えられる事がまだあるのなら、嬉しい事この上ない」

「また父上は……」

 揶揄うように笑う息子にアシュトンは穏やかに笑いかけた。


「本当だ。私は素晴らしい息子を持った」

 息子は一瞬虚をつかれたような顔をして、少しだけ目元が赤くなる。こんなところを見るとまだまだ年相応で可愛げがあるというのに。


「──旦那様?」

「ああ、セレン」

 そう振り返り目元を和ませる。

 年月を経ても変わらぬ淑女の手本のような人。そんな思いに浸っては、やはり今日、自分は感傷的だなと小さく笑う。

「お支度が整いましたよ?」

「ああ、それで君も今日、そんなに綺麗にめかしこんでくれたんだな」

 そう着飾った姿に目を細めれば、息子から及第点とばかりに首を横に振られた。

「父上、そういう時は『いつにも増して』と言うのです」

「え。ああ……そうか、すまない」

 くすくすと笑うセレンに肩を竦め、それでは行こうかと手を差し伸べる。遠慮がちに触れられた指先をエスコートしながら、アシュトンは馬車へと足を向けた。

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