第08話 罪を償うのは
──おかしいわ。
どうしてこうなってしまったのかしら?
カレンティナは一人、首を傾げる。
『人族との接触を禁ずる』
それは確かに集落の取り決めではあるけれど……
族長を恐れてここには誰も来ない。
反省しろと言われたけれど、カレンティナには後ろ暗い事なんて何もないのだ。だから分からない。
(怪我をしたテリオットを助けただけなのに)
森で怪我をして動けなくなっていたテリオット。手当をしてあげたら喜んでくれて仲良くなった。
テリオットはカレンティナの事を聞きたがっていたけれど、カレンティナは集落の掟を守って、口を閉ざし微笑むだけに留めたのだ。
それでカレンティナは人族の平民の娘だと勘違いされてしまったから話が拗れただけで……
(でも、素性がバレないようにしただけだもの?)
やがてテリオットは自分の事が好きなのだと気がついた。集落にいる異性は皆カレンティナに同じ眼差しを向ける。彼のものもそれと同じになった。
恋人になって欲しいと言われ困ったけれど、カレンティナは自分を好きな人を傷付けるのが嫌だった。
だから望まれた通り身体を繋げた。
そして素性を話した。
テリオットは混乱していたけれどカレンティナを愛していると言ってくれた。
けれど段々と
時間が経つにつれ
カレンティナを悪く言うようになった。
『穢らわしい獣』
カレンティナの心は悲しみに歪んだ。
「酷いわテリオット、どうしてそんな事を言うの?」
「──お黙りなさい! 獣に騙された心傷の殿下に軽々しい口を効かないで!」
そう怒鳴るゴテゴテと飾り立てた女性はテリオットの婚約者だと名乗った。
「テリオット……私の事が嫌いになってしまったの……?」
そう問えば彼は僅かに動揺して……
二人だけで会っていた山奥の泉は、今は見知らぬ匂いで満ちている。多分騎士と呼ばれる人たちだ。王族のテリオットを守る為にいるのだろう。
……だから割って入る婚約者に遮られ彼の近くには寄れなくて。顔を背けるテリオットがどんな表情をしているのかも、よく分からない。
「わたくしの殿下に擦り寄って……箍も何もない獣風情が……はしたない。汚らしい」
憎々しげに告げる様に小首をかしげ、カレンティナはじっと婚約者とやらを見つめた。
「あなたの言葉と心の方が汚いと思うの。だって私に恋人を取られたって逆恨みしてくる人は、皆あなたのように罵声を放つんだもの。どうしてそんな人が素敵な男性に好かれると思うの? テリオットが私を選んだのは当然でしょう? 綺麗な服を着て宝石で飾って化粧で顔を塗り固めて誤魔化したところで……今あなたとっても醜いもの」
「な! なんですって!」
顔を真っ赤にして怒り出す婚約者に溜息を吐いてテリオットに向き直る。
「でもテリオットが私を嫌いになったならもう会わないから。気にする必要はないでしょう」
ぴくりと反応するテリオットにカレンティナは視線で問いかけた。
少しだけ悲しいけれど……
「テリオットは王子様で、大切な立場があるんだもの。仕方がないわ」
そう儚く告げれば周りから息を呑む音が聞こえた。対照的に婚約者からは禍々しい気配が漂ってくる。
(女の人って皆怖い。可愛いのは私のアレアミラだけね。大好きな妹……どうして皆あの子のように仲良くしてくれないのかしら)
醜いなと思いながら婚約者の女性を見ていると、テリオットが口を開いた。
「エミュエラ……私は、やはり彼女を……」
その言葉に眦を吊り上げた婚約者がテリオットの頬を打った。
「エミュエラ嬢、何を!」
「きゃあ!」
周りの兵が動揺する。
騒然となる場に驚いて、カレンティナはその場を後にした。逃げ出すカレンティナにテリオットが愕然とし、そうして第一王子がカレンティナに害された、とカーフィ国は獣族へと使者を出す事になったのだが。そんな事をカレンティナには知る由も無かったし、想像も出来なかった。
やがて族長の怒りを買ったその出来事は国王に取り上げられ、結果、彼女は和平の供物とさせられたのだが──
カレンティナは首を傾げる。
「あら、でも私のおかげで和平が成り立ったのよね? テリオットが私を嫌いになったというから行きたくなかったけれど、もしかしたら行った方が良かったのかしら?」
改めて与えられた小さな小屋の室内をぐるりと見回す。
食べ物も自分で用意しろと言われて、果実をもいで食べているけれど、いい加減お肉が食べたいし料理が恋しい。
掃除なんて得意じゃないし、洗濯をしたいけど、前にお気に入りの服がぐしゃぐしゃになってしまって泣いてからは手をつけていない。そもそもどうして一人しかいないのにこれ程散らかるのか不思議で仕方ない。
「私、ここにいるべきじゃないんだわ」
罰を妹に代わって貰ったけれど、やはり自分が受ける事にしよう。
誰もいないなんてカレンティナは寂しいけれど、妹はいつも一人で過ごしていたし、ここを気に入るような気がする。
もしここを抜け出して怒られるようなら、またアレアミラに罰を代わって貰おう。
カレンティナはにっこりと笑おうとして、ふと顔を顰めた。
「何だかお腹が痛いわ……」
果実が腐っていたのかもしれない。
やはり自分にこの暮らしは無理だ。
カレンティナは決意を新たに小屋を飛び出した。
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