勇者やってたらめっちゃ好みのお姉さんが「貴女はかつての私に似ている……」とか言って闇堕ちさせようとしてきたので逆に光堕ちさせたる

にゃー

位置エネルギー is パワー


「おりゃぁぁぁぁぁ!!!」


 無駄に気合ばっかり入った叫び声と共に、目の前の大蛇へと飛び掛かる。


 特に業物でも何でもない普通の両刃剣でも、魔力とか気合とか位置エネルギーとか色々乗せて突き立てればこの……なんだっけ?アナコンダ?とか何とかいうでっかい蛇の頭くらいなら貫ける辺りが、わたしことフレイが勇者たる所以なのだろう。

 多分。


 口を丸ごと地面に縫い付けられちゃったもんだから、断末魔すら上げることが出来ず。ここまでの死闘(30分くらい)で消耗していたのか、最後は足掻くことすらなく、このでっかくて長い蛇さんは、あっさりと逝ってしまわれた。



「ふぃー、つっかれたぁー……」


 致命傷こそ追わなかったものの、流石に今回は結構きつかったなぁ。


 一応は辺りを警戒しながらも、死んじゃったアナコンダ氏の眼前に座りこみ、ちょっとばかし休憩。


 体力が戻ったら、森の外で待機してる役所の人たちに知らせに行かなきゃ――なんて、頭では思っているんだけど。


「疲れた……動きたくない……」


 心身を苛む倦怠感ってやつには、どーしても逆らえそうにない。

 もういっそ、このまま寝ちゃおうかなぁ。


 ――なんて馬鹿なことを考えていたら、唐突に、いやもうほんと急に、誰かの気配を感じた。


 圧とか、獰猛さとか、そういう類のものは一切ない。

 けれども、今しがたようやく倒した大蛇やわたしなんかでは到底及ばないほどに、深く、濃く、くらい存在感。


 そんなのが突然背後に現れたものだから、流石のわたしもびっくりしちゃって、びっくりついでに心臓がばっくんばっくん鳴っちゃって。

 その衝動に突き動かされるようにして、後ろを振り向いた。


 小さく開けた戦いの跡地。

 なぎ倒された木々の向こうから、ただこちらにだけ意識を向けてくる。

 そこには――



「……貴女が当代の勇者ですね……」



 ――ものっ凄い美人なお姉さんがいた。


「……拝見させて頂きました、貴女の戦いを……」


 いやもう、やっばい。

 あり得ないくらい美人。


 背ぇたっか。

 肌しっろ。

 黒髪ロングもさらっさら。

 二つのお山もたゆんたゆん。


「……今はまだ道半ばなれど、その力はいずれ、どこまでも大きく膨れ上がっていくでしょう……」


 森の中には不釣り合いな黒いドレスも、もう逆になんか、森の方が合わせろよ空気読めよってくらい、お姉さんの雰囲気にマッチしてる。


 真っ黒い布みたいなので両目を覆ってるんだけど、それがまた何ともミステリアスで神秘的(重複表現)。

 それが赤い唇と合わさって、むしろ色気すら漂って見える。ていうかえろい。

 いや、布で目隠しはえっちでしょ。ねぇ?


「……だからこそ、問わねばなりません……」


 しかも声までイイと来た。

 静かなんだけど、耳にすっと入ってくるっていうか。

 聞いてるだけで背筋がぞくぞくしちゃうっていうか。ていうかえろい。

 声までセクシーとか声帯どうなってるの?


「……貴女は、何が為に戦っているのですか……?」


 すげーよやべーよ。

 好みどストライクどころの話じゃないってこれ。


 わたしの都合のいい幻覚か何かなのではってくらい、理想のお姉さんだよこの人。


「…………」


 どうする、どうする?


「…………」


 いやもう、最初の恐怖心とか秒でどっか行ったわ。


「…………」


 今わたしの頭にあるのは、いかにしてこの超絶美人なお姉さんとお近付きになるかっていう、ただその一点のみ。


「…………」


 取り敢えず、近くの街の喫茶店で……ああくそぅ、わたしオシャレな店とか分っかんないよっ。


「…………あの…………」


 いや、いっそこのまま、森の中のお散歩デートプランでいくか?


「……聞いてますか……?」


 こんな森の奥に突然現れるくらいだし、ワンチャン森デートもアリなのでは……?



「……あ、あのっ!!」


「ひゃいっ!?」



 うわぁぁ変な声でたぁぁぁぁ!!!

 絶対変な奴だって思われたあぁぁぁぁぁだってお姉さんが急に大声(超美声)出すんだもぉぉぉぉぉんっ!!!


「……質問に、答えていただきたいのですが……」


「え、あ、質問?」


 え、なに、このお姉さんもしかして、わたしになんか話しかけてくれてたの?

 やっばぁぁぁ見惚れててなんも聞いてなかったぁぁぁぁ!!!


「スイマセン聞いてませんでしたぁ!!」


 謝罪、とにかく謝罪を!

 謝罪と生ものは新鮮なうちがいいってばっちゃが言ってたし!


「何でもお答えしますぅぅフレイ・ライディア16歳です趣味は昼寝で特技は魔物狩りです目が金色なのは勇者の証的なアレです髪が枯草色で癖っ毛なのは生まれつきですお見苦しくないようにポニテにはしてあるんですがあんまキレイじゃなくてスイマセン!!!!」


「……あ、あの、その……」


「何でも答えるから帰らないでください仲良くして下さいあわよくば付き合ってくださいぃぃぃ!!!!」


「つ、つきっ……急に何をっ………!」


「スイマセン不躾でしたよねでもお姉さんめっちゃ好みなんですどストライクなんですぅぅぅぅぅっ!!!!」


「好みって、その、困ります……、そんな話をしている訳ではっ……」


 あぁぁぁぁお姉さんが困っていらっしゃる!!

 黙れ、早急に黙れわたしの発声器官!!

 これ以上お姉さんの気分を害するんじゃない!!


「…………」


「……あの、急に無言になられてもそれはそれで……」


「……スイマセン」


「……あ、いえ、こちらこそ……」


 なるべくお姉さんを不快にさせないように、静かーに答えるわたし。

 目隠し越しでも分かるほどの困惑を顔に浮かべながらもお姉さんは、わたしが黙ったことで漸く話を本題に戻すことが出来そうだ。……ほんとスイマセン……



「……では、もう一度お聞きしますが…………貴女は何が為に戦い、その力を振るっているのですか……?」



 仕切り直すようにして、再び神秘的で超越者めいた雰囲気を漂わせながら、お姉さんがそう問いかけてきた。


 何やら凄く真剣な問いであることは、お姉さんの表情や立ち姿を見れば良く伝わってくるんだけど。

 何の為にって聞かれても……



「……えーっと、頼まれたから?」



 としか、わたしには答えようがないわけでして。


「……頼まれた……」


「ええ、まぁ。近くの街の役所から、森にでっかい蛇がいて困ってるから討伐してくれって。そういうの何とかするのが勇者のお役目?とやら、らしくてですね」


「……ええ、存じ上げています。勇者の役割、力、宿命はそれこそ、嫌というほどに……」


 どこかうれいを帯びた声音でいうお姉さんも、それはそれで――いかんいかん。


「……つまり貴女は、民草の声を聴き、彼らの望みに応えるべくかの大蛇を討ったと、そういう事ですね……?」


「そんな大層な話じゃないと思いますけど……報酬も貰えますし」


 流石に、タダでこんな疲れることやろうとは思わないかなぁ。


「報酬……つまり彼らは、貴女の力、貴女という存在を、おのが価値観で値踏みしていると……」


「あー、まぁ、悪い言い方したらそうなりますかね……?」


 そう言われるとなんか微妙な気分になっちゃうけど。


 お姉さん結構、鋭い切り口で話してくるなぁ……なんて思いながらも、ついついその奇麗過ぎるお顔をガン見しちゃう。

 そんなわたしの心の内を知ってか知らずか、お姉さんは憂いと、それから、同情心的なものを乗せた声で、こんなことを言ってきた。



「……やはり、貴女は似ているわ……かつての私に……」



 その言葉は、わたしの心に深く深く、突き刺さった。


「それって……」


「……そう、私もかつては、請われるがままに力を振るい――」



「それって脈ありってことですかぁぁぁぁ!?」



「!?!?!?!?!?!?!?」


 突き刺さった穴からラブが噴き出しちゃうぅぅぅぅ!!!


「やったぁ!じゃあ早速、デート行きましょうデート!」


「???え?え?あの、どうしてそんな結論にっ……?」


「え、だって今のアレですよね?『どうしてかな、貴女は私と似ているような気がして……放っておけないんだ……』ってヤツですよね?わたしのこと口説いてるんですよね?」


 このフレーズは世界各地に現地妻やら夫やらがいるばっちゃが殺し文句に使ってたらしいし、お姉さんがわたしを口説き落とそうとしてるのはもう明白っ。


「……いえ、違いますけれど……」


「えっ」


「えっ」


「…………」


「…………」


「……そんなぁ……」


 このまま二人で森の中をお散歩デートして、あわよくばお姉さんのお家にお持ち帰りされる計画がぁ……


「……あの、話を戻しても、宜しいでしょうか……?」


「……はい、スイマセン……」


 どこかおっかなびっくりなお姉さんの言葉が、勘違い女ことわたしの心に再び突き刺ささる。なんだろう、今回のは痛いなぁ……いろんな意味で……


「……では、改めて……私もかつては、人々に請われるがままに力を振るい、魔物――人間に仇なすとされる存在を、幾つも屠ってきました、そう、今の貴女と同じように……」


 厳かな雰囲気で語りだした内容は、ぶっちゃけただの自分語りっぽくも思えるんだけど、この人が話すとなんか凄い伝承みたいに聞こえてくるんだから、やっぱお姉さんの美人力半端ないなぁ。


「……求められるがまま、縋られるがままに、それが『正義』なのだと信じて……ただがむしゃらに、盲目に……」


 滔々と語りながらも『正義』の部分を上手く強調してくるあたり、語り部の才能とかもあるのかもしれない。この容姿と声で語り部とか、引く手数多だろうなぁ。わたしも耳元で愛を囁いてもらいたいなぁ。


「……ですが、そうして戦っていくにつれて、薄々と、しかしいつしか逃れようもなく、気付いてしまったのです……」


 お、流れが変わった。起承転結で言うところの転のあたりかな?


「……人間の傲慢さに。人の持つ醜い業に。自身の欲望の為に他の生き物を平気で傷つけ、力を振るうおぞましさに……何よりも、その『力』の象徴として人間にくみしていた、自分自身の愚かさに……!」


 語り口にも力が入ってきて、当時のお姉さんの感情が余すことなく伝わってくる。


「……だから私は止めたのです。勇者であることを。『人間』であることを。人間に与することを……」


 スゥっと静かに、最後はあっさりと話を締めくくる。

 その後どうなったのかは、今のお姉さんの黒く堕ちた姿を見て察しろ、ってことなのかな。


「……最近、大きな街で噂になってる、魔物の味方をする黒い女の人。みんなは、魔王、なんて呼んでるみたいだけど」


 一体誰のこと、だなんて、今更言うまでもないだろう。


「……魔物の王……いかにも人間らしい、権力構造を前提とした浅はかな呼び名ですね……そも、魔物という呼称自体、ただ人間と共生し得なかっただけの生物を排斥するためのもの……」


 忌々しげに呟くお姉さんの言葉は、もしかしたら、一部の権力者たちにとっては不都合な真実ってやつなのかもしれない。

 でも、そんなことよりも、今のわたしにとってはよっぽど大事なことがある。


「お姉さんは人間が嫌い、なんだよね。だったら、わたしのことも嫌い?」


「……言ったでしょう、貴女はかつての私に似ていると。人間の欲望のままに振るわれる哀れなやいばではありますが……まだ、目を覚ます余地はある……この私のように……」


「……そっか」


 ……。


 …………。


 良かったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 嫌われてはいなかったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 少なくとも、好感度はマイナスじゃない!!!

 むしろ、同情心ではあるけれど、若干プラスに傾いてる可能性すらある!!!

 やったぜ!!!


「……だからこそこうして、私は貴女の前に姿を現したのです……」


 おっと、顔が緩まないようにしなきゃ。

 多分お姉さん的には今、すっごい真剣な話のつもりなんだろうし。



「さあ、勇者よ。私と共に来てください。愚かな人間の鎖から、貴女を解き放ってあげましょう……」


 そう言ってお姉さんは、指先まで黒く覆われた右手をこちらへと差し出してきた。



 高まったテンションのまま、差し出されたその手を衝動的に取ってしまいそうになるけれど。


「じゃあお姉さん、闇堕ちしついてったらわたしと付き合ってくれる?」


「…………」


「…………」


「……それとこれとは、別の話です……」


「えぇー」


 それじゃあ、わたしの望みは叶いそうにない。


「……そもそも、つ、付き合うなどそれこそ、っ、肉欲……浅ましい人間の業の表われではないですか……そんなことに、私が現を抜かすとでも……?」


「そっかぁ。じゃあはいとは言えないかなぁ……」


「……そうですか……」


「うん。だってわたし、お姉さんのこと好きになっちゃったんだもん」


「、っ……一目惚れなど、一時の気の迷い。貴女はただ、自身の心に振り回されているだけなのです……」


「そうかもね。だからさ、確かめさせてよ」


 言いながら、今度は逆に、こちらから手を差し伸べる。



「ね、魔王さま。もう一回、『人間』として、わたしと一緒に生きてみない?」



「…………」


 静かに佇むお姉さんは、勿論わたしの手を――取ってはくれない。


「ですよねぇ。うん、知ってた」


「……当然です。私はもう二度と、あのような愚かな存在に戻ることはありません……」


「でも、そう簡単に諦めたりはしないよ。だって、お姉さんめちゃくちゃタイプなんだもん。……お姉さんもそうでしょ?」


「……ええ……」


 そう、っていうのは勿論、めちゃくちゃタイプって部分――ではないです、はい。


「……貴女の、勇者の力は強大過ぎる。それを人間の傲慢で振るうなど、許されることではありません。だから、私が解放してあげます……貴女を、『人間』という業から……」


「……そっか」


 正直、『人間』がどうとか、業がどうとか、その辺はよく分かってはいない。

 ただ確かなのは、わたしがお姉さんを堕としたくて(恋愛的な意味で)、お姉さんもわたしを堕としたい(人間を見放す的な意味で)ってことだけ。


「だったら、勝負だね」


「……勝負……?」


「うん。どっちが先に相手を堕とせるか」


「……堕とす……ああ、確かに。人間の目から見れば私の振る舞いは、貴女という『光』を『闇』へといざなおうとしているように感じられるのでしょうね……」


 こういう言い回しから分かることは、お姉さんは結構カッコつけたがりだってことかな。

 また一つ、惚れた相手について知ることができた。やったぜ。

 ……って、わたしってば肝心なことを聞き忘れてたっ。


「……まあ、いいでしょう。今日のところは顔合わせ。貴女もいずれ気が付くことになるわ……人間という生き物の愚かさに……」


 なんか、今日はこの辺にしといてやるみたいな雰囲気出してるけど、帰っちゃう前にこれだけは聞いておかないとっ。



「待って!最後にお姉さんの名前、教えてよ」



 その瞬間、目隠し越しにでも目が合ったって、根拠もなくそう思った。

 


「――ティア。ティア・ダルク。人間などとうに見放した身ではありますが……貴女の為、そしてこの世界の調和の為、必ずや貴女を導いて見せましょう……それがたとえ、貴女にとっての『闇』であっても……」



 そんな捨て台詞を残しながら、まるで陽炎のように、お姉さんの姿が揺らめき、薄れていくけれど。

 数秒もせずに消えてしまうその間際に、こっちも負けじと決意表明をして見せる。



「こっちだって、勇者フレイ・ライディアの名に懸けて必ず、お姉さんを堕としてやるっ。そんで、いつか絶対に、お姉さんといちゃらぶエッチしてやるから、綺麗に体洗って待っててよねっ!!!」


「ぇっ、!?!?!?!?!?!?!?!?!?」



 完全に掻き消える直前に見たお姉さんの顔は、元の青白さとは正反対の真っ赤に染まっていた。


 これが、わたしこと勇者フレイ・ライディアとお姉さん魔王ティア・ダルクのファーストコンタクト。


 まさしく第三種接近遭遇。前代未聞の動悸不順。


 不規則に暴れ回る自分のハートに、わたしは強く誓ったのであった。

 ぜーったい、あの人を光堕ちさせてみせるって。




 ◆ ◆ ◆




「どっせぇぇぇぇぇぇぇい!!!」


 お世辞にも可愛げがあるとは言い難い掛け声とともに、嵐吹き荒れる高空から、勢い良くこぶしを振り下ろす。

 魔力と気合と根性と、隠し味に位置エネルギーを込めた私の渾身の一撃によって、『荒れ狂う大海の具現』(街の人たちがそう呼んでた)――海龍リヴァイアサンの脳天がはじけ飛んだ。


 爆発音にも似た派手な音と共に、頭部の肉片をまき散らして絶命したリヴァイアサンのデカ過ぎる身体が、ぷかぷかと水面に浮かんでくる。


 ここは大海原のど真ん中、当然陸地なんか無いもんだから、仕方なしにわたしは、その物言わぬ亡骸の上に腰掛けることになった。

 まぁ、デカすぎてちょっとした島くらいの大きさはあるし、戦ってる時もこの胴体を足場にして立ちまわってたんだけどね。


「何とか倒した、は良いんだけど……」


 リヴァイアサンの住処は海のど真ん中で、討伐依頼を受けたわたしは一人用の小舟をきこきこ漕いでここまで来たわけなんだけど。

 案の定、戦闘の余波で小舟はどっかに吹っ飛んで行っちゃったし。怖がって誰もついてこなかったもんだから(というかそのせいで舟を漕ぐ事になった)、帰る手段が失われてしまった。


「困りましたなぁ……」


 誰にでもなくそう呟きながら、空を見上げポリポリと頬を掻く。


 やっぱり荒海の具現、だなんて呼ばれてるだけのことはあったらしく。

 戦っている最中には怖いくらいに荒れ狂っていた嵐や高波も、リヴァイアサンさんが死んじゃった途端にぴたりと凪いで、今や空は青く、水面は穏やかな水平線を見せている。


 ……うーん、水平線しか見えない。

 

いやまぁ、最悪泳いで帰れないこともないだろうけど、流石に激戦(4時間くらい)直後の今から、どこにあるとも分からない陸地を目指して女子水泳自由形に勤しむのは、中々精神的にしんどいものがあるというか。


「……明日でいっか」


 幸い足元には陸地、兼、食料リヴァイアサンの死骸があるわけだし、ここでゆっくり一晩過ごして、しっかり休んでから帰ることにしよう。


「うんうん。そうしよう、そうしよう」


 と、言うわけで。


 魔法と気合で火を起こし、適当に足元から削いだリヴァイアサンの肉を、同じくリヴァイアサンの小骨に突き刺して焼いていく。

 味付けは、目下無限に広がっている海水由来の塩一択。


 いただきまーすっ。



「……うーん、素材の味っ!」


「……いや、あの、もう少し危機感を持った方が良いのでは……?」



 こ、このさざ波の音よりもなお優しく、包み込むように静かな美声はっ……!



「お姉さん!」


「……その呼び方を直すつもりは、相変わらずないみたいですね……」



 呆れたような声と共に、どこからともなく現れたのは、お姉さんこと魔王ティア・ダルクさん。

 相変わらずの美しいお顔に、肌の露出を極限まで抑えた漆黒のドレスが良く似合ってるぅ!


「こんな辺鄙な・・・ところまで、ようこそいらっしゃいましたっ」


 来てくれたのは嬉しいけれど、お出しできるものなどリヴァイアサンの塩焼きくらいですよ……なーんて、串を一本差し出しながらアピール。


 わたしと同じように水龍の胴の上に優雅に腰掛けながら、大きな肉塊を小さく噛むお姉さん。

 いや可愛いかよ。


 そんな眼前の超絶可愛い存在に悶えるわたしとは裏腹に、当の本人は水龍の串焼きに舌鼓を打ちつつも、表情は物憂げなそれだった。


「……ついに、リヴァイアサンを倒すにまで至ってしまいましたか……」


 いつもの如く憂いと、少しばかりの焦燥感を滲ませながら、お姉さんは言葉を続ける。


「……貴女の力は、私の予想を遥かに超える速度で成長しているようですね……」


「えへへ、お姉さんに追いつくために、けっこー頑張っちゃったからねぇ」


 出会った当初のわたしとお姉さんの力の差は、それこそ天と地ほどのもので。

 まずはそれを埋めないと、堕とすも何もないだろうと判断したわたしは、より強い魔物の討伐依頼を受けに受けまくり、勇者としての力をどんどん成長させていったのであーる。


 わたし、目標があれば結構頑張れるタイプだったみたい。


 ちなみに、何かしら激闘を制した後には大体、こうやってお姉さんがふらりと現れては、その魔物が居なくなったことで自然がいかに影響を受けてしまうのかだとか、人間のエゴで生態系が変わってしまうだとかっていう、ありがたーいお言葉を滔々と語って下さっている。ついでにちょっと……いや、最近はいっぱい世間話とかもする。


 お姉さん的には闇堕ちのお誘いのつもりなんだろうけど、もうこれ半分デートだと思うんですよねぇわたし的には。


 だって、毎度毎度足しげく、わたしがどこに居たって駆けつけてくれるんだよ?

 お姉さん、実はわたしのこと結構好きでしょ?


「……努力、と言えば聞こえはいいですが。このリヴァイアサン討伐も、海辺の国から依頼を受けてのものなのでしょう……?」


「まーそうだね」


「……結局、貴女は踊らされているだけなのです。貴女の努力は、強欲な人間によっていいように利用されてしまっている……」


「確かにあの国の王様は、今にも『これで海洋資源がっぽがっぽだぜぐへへへー』って言いだしそうな顔してたけど」


「……資源など、今手に入る分で不足は無いというのに。更なる富を求める傲慢さが、この大海原の『声』を封殺してしまった……」


「……やっぱり、リヴァイアサンって、けっこう大事な存在だったんだ」


 お姉さんの言葉から、薄々勘付いてはいたことを再認識する。


「……この大海で最も永く生きる者。その存在は全ての海洋生物を統べ、『海の代弁者』としての役割を担う。このリヴァイアサンこそがそうだった……」


 お姉さんは悲しげに、落としていた視線をこちらに向けてきた。


「……それを貴女が、殺してしまった。人間の声だけを聴き、人間の為だけに動いて、海から『声』を奪ってしまった……今後、人間から搾取されるだけの海洋生物たちは、どうやって反旗の声を上げれば良いのでしょう……」


 言葉はわたしを責めているようで、その実、ただただ悲しんでいる。わたしが、この手で海の声を殺してしまったことに。


 だから、お姉さんが心を痛めなくてもいいように。


「――大丈夫!」


 わたしは、努めて声を張る。



「知り合いの頭が五つあるサメさんが、リヴァイアサンの後を継ぐって言ってたから!」



「……え、はい……?」


 目隠し越しでもよく分かる、何言ってんだコイツみたいな顔をするお姉さん。

 あれ、上手く伝わらなかったかな?


「いやぁ、わたしもね?色んな魔物と戦っていくうちに、なんとなーくこう、自然の秩序っていうか、バランスっていうか、そういうのが分かってきてさぁ」


 例えば、セフィロス。

 例えば、フェニックス。

 例えば、バハムート。


 強すぎる個体は、それぞれが分布する領域で、何かしらの役割を担っている。


「リヴァイアサンが最強の海洋個体で、海にとって欠かせないポジションにあるんだとしたら。そいつが居なくなった後釜に就くヤツを用意すればいいんだって」


「……それは、確かにその通りですが……」


 お姉さんもそのことはよく分かっていて、わたしの言葉にも耳を傾けてくれる。


「確かにしばらくの間は人間が、我が物顔で海を闊歩するかもしれない。でも、いずれは次の『代弁者』が、先代以上に力をつけて人間から海を取り返すよ、きっと」


 何せあのサメさん、今の時点で竜巻くらいなら起こせるって言ってたから。将来性は十二分でしょ。


「だから、前もって探しておいたんだ。勿論、次の世代がいるとは思っていたけど、まぁ、念のため」


 ほんとのところは、お姉さんを納得させるためっていうのが、理由の大部分を占めてるんだけど。


 まぁでも、実際には。

 わざわざこっちが気を使って、次の代を探したりしなくたって、自然はそれを勝手に用意するんだけどね。



 わたしは知っている。


 倒れ伏す世界樹が、その身を弾けさせ、それこそ世界中に、芽を植え付けたことを。


 力尽き火口へと呑まれていく不死鳥の目が、次は負けないと燃え盛っていたことを。


 死した黒龍から流れ落ちた血が、雛たちの眠る地下深くへと染み込んでいったことを。


 自然は回る。

 例え、強者を打倒して、一時、支配したように思えても。

 結局のところ、一種族が永遠に覇権を握れるほど、世界は簡単じゃないんだ。


「そもそも、勇者なんていう存在自体が、彼ら自然の強者と同じなんだと思う」


 世界樹や、不死鳥や、黒龍や、海龍。

 勇者はおそらく、彼らに連なる存在。


 人間が、生存競争で生き残るために。

 版図を広げ、繁栄のチャンスを掴むために。

 強力な力を持った個体が誕生する。


 それが、人呼んで『勇者』。



「『自然』って、きっとそういう事なんじゃないかなぁ。多分」


「…………」



 ……なーんていうのが、勇者稼業に本腰を入れてから辿り着いた、わたしの結論。

 そして、わたしの先輩・・にあたるお姉さんが、そのことに思い至っていないはずもなく。



「……ええ。自然とは、世界とは……恐らく、そのように出来ているのでしょう……」



 随分と思い詰めた声音で、そう零した。


 そう、お姉さんは知っていた。

 自然の摂理を。世界の真理を。


 人間の傲慢だとか、強欲だとか、そんなもの、世界は元から織り込み済みだって、とっくに分かっていた。


 森林開拓の為に、世界樹を切り倒したって。

 火山研究の為に、不死鳥を討ち落としたって。

 空権確保の為に、黒龍を仕留めたって。

 海洋資源の為に、海龍を討伐したって。


 そんな程度で、自然の大枠は変わらない。

 ただ、次の世代へとめぐるだけ。


 分かっていて今まで、それを悪し様に、人間こそが一方的な悪であると、わたしに告げていたんだ。



「…………」


「…………」



 いつの間にか、渡したお肉は全部無くなっていて。

 だらりと垂れたお姉さんの右手には、水龍の骨だけが握られていた。



「……お姉さんは、嘘つきだね」


「……っ、……」



 わたしの言葉にびくりと肩を震わせるその姿は、わたしよりもずっと背が高いはずなのに、ずぅっとずぅっと、小さく見えた。


 お姉さんは嘘つきだ。



 ……だけど。



「……えいっ」


「きゃっ……!」



 そんなお姉さんのこと、わたしは大好きなんだ。


 横からぎゅっと抱きしめると、驚いたように声を上げて。

 それから、どうしてって。


「……どうして……?私は……」


 声と、目隠し越しの瞳で問いかけてきた。


「疲れちゃったんでしょ?勇者のお仕事に」


「……っ!」


 またびくってして、まるで、周りの全部に怯える子供みたい。


「ずーっと、命がけで戦って、他の生き物の命を奪って。それで手に入るのはお金と、上っ面だけの感謝」


「…………」


「それだけならまだしも、汚い人間の本性だとか、欲望だとか、そういうのばっかり、まざまざと見せつけられる」


「…………」


「でも、たまーに。本気で、純粋な心で感謝してくれる人もいるから、そんな人たちの為にがんばろーって」


「……、……」


「そのせいで余計、引くに引けなくなって。また神経すり減らして戦って。その繰り返し」


「……、っ……」


「それで、頑張って頑張って、限界まで頑張って。もう、耐え切れなくなっちゃったんでしょ?」


「……、……っ……っ」


「それで勇者、やめちゃったんだ」


「……、……っはい、……、……」


「でもお姉さん、真面目で優しいから、自分が投げだしちゃった後の、次の勇者のことが気になっちゃって」


 自然は回る。


 他の強者たちが世代交代するのと、同じように。

 勇者もまた、誰かがその役目を放棄すれば、誰かが次代を担う。

 それが自然の摂理なんだから。


「それで、わたしの前に現れたんだ」


「……っ、……はいっ、……、……っ」


 小さくしゃくりあげ、涙を目隠しに滲ませながら、お姉さんは話し始めた。

 まるで、懺悔するみたいに。


「……私が、逃げだしてしまったからっ、っ……押し付けてしまったからっ……せめて、何か出来ることは無いかってっ……!」


「うんうん」


「……でも、怖くて、っ、言い出せなかったっ……!私のせいで、貴女の人生を、っ……、狂わせてしまった、だなんてっ!」


「……うん」


「だからっ、嘘を吐いて、ぐすっ、……!」


「わたしが、逃げだせるようにしたんだよね。お姉さんと同じように、『勇者』から」


 人間は悪であると言って。

 わたしに、勇者であることを、やめるべきなのだと。

 人間を見限ることこそが、善なんだって。 


 自然に、善も悪もないのに。


「違うっ!私が、私が逃げ出したかっただけっ……!貴女の味方面をして、罪の意識からっ!!」


 仮に。

 わたしがお姉さんの言葉に従って『闇堕ち』したとして。

 結局は、次の勇者が現われて。その誰かがまた、わたしたちと同じ苦しみを背負う。


 そうと分かっていて、それでもお姉さんは、わたしに手を差し伸べずにはいられなかった。

 逃げ出した先にあった罪悪感から、なおのがれたくて。そうせずにはいられなかった。


 この人は、どこまでも真面目で、優しくて、身勝手で、傲慢で、中途半端だ。


 逃げ出せばよかったんだ、こんな役割なんて。

 ギリギリまで、疲れ果ててしまうまで頑張る必要なんてなかった。


 やめてしまった後だって、全部次の世代に任せて、好きに生きればよかったんだ。

 どうせ、『自然』なんて、そんなものなんだから。



 逃げ出して、戻ってきて、でもやっぱり、逃げ出したくて。



「許すよ。全部」


 なんて不器用で、なんて愛おしいんだろう。


「……ぇ……」



「わたしに『勇者』を押し付けて逃げ出したことも。そのくせのこのこ戻ってきたことも。好き勝手言って、騙してたことも。ぜーんぶ、許すっ」



「……な、んで……どうしてっ……!」



「おんなじだから」


「……おんなじ……?」



 この人は、わたしとよく似てる。


「初めて会ったとき、一目見て分かったよ。瞳が、金色に煌めいてたから」


「何言って……私の目は……」


 両目を塞ぐ真っ黒い目隠しを触りながら、お姉さんは首を振るけど。


「ううん、視えて・・・たよ。わたしには、はっきりと」


 それが、勇者故のものなのか、ただの直感なのか、或いはわたしの願望だったのか。

 分からないけれど、すぐに分かった。

 投げ出してもなお残る黄金色の輝きを恥じて、自らその目を塞いだんだって。


 この人も、おんなじなんだって。


「疲れてた。辛かった。毎日毎日、毎日毎日毎日毎日、何の恨みもない生き物を殺して、自分の命もすり減らして、お金ばっかり受け取って」


「……ぁ……」


 もう、投げ出したかった。

 この金色の瞳が、恨めしかった。


 でもそんなこと、誰にも言えなかった。


「だから、お姉さんに出会った瞬間に、救われたんだ」


「……救われた……?」


 自分の前任者も、いっぱい悩んで、苦しんで、擦り切れて。

 逃げ出したくなっちゃったんだって、分かっただけで。


「うん。おんなじ悩みを持ってる人がいたんだって。こんな人生なんて投げ出したくなっちゃうのは、わたしだけじゃなかったんだって」


 独りぼっちじゃないって。

 そう分かっただけで、もう、救われてしまって。


「あの瞬間から、私の人生は前向きになれたんだよ。それこそ、誰かを好きになれちゃうくらいに」


「……っ!、……、……!」



「それからわたしは、強くなろうとした」


 折角人を好きになれたんだから。

 その人を救ってあげたいって思うのは、人間っていう傲慢な生き物にとっては、当たり前のことでしょ?


 それが、自分を救ってくれた人だったら、なおさら。


「あなたに恩返しがしたくて。あなたを許すって言葉を、信じてもらえるように」

 

 その過程で、うっかり自然の摂理に気付いちゃって、ますますあなたに感謝した。


 殺すこと、殺されることもまた、自然なことなんだって。

 いためども、全部を背負う必要はないんだって。


 人の驕りも、他の生物を殺し、支配しようとすることも。

 そんなの全部全部、世界は織り込み済みなんだって。


 ……まぁ、初めからそう教えてくれた方が話が早かったのは、否めないけどね。



「だから、わたしは頑張れたんだ。一番強くなって、食物連鎖の頂点に立てれば」


「わたしが一番強いんだぞって、人間様は偉いんだぞって。せめて私が生きてるあいだだけでも、てっぺんでふんぞり返っていられればさ」


人間わたしたちにとって、世界は危険じゃなくなって」


「安心して、お姉さんと一緒に生きていけるって、思ったから」


 人間わたしは身勝手で、傲慢だ。

 勝手に疲れ果てていたくせに、ちょっとした切っ掛けですぐに息を吹き返す。

 そしたらもう、好きな人も、一緒に安心できるくらいの力も、全部を求めて、全部を手に入れたがる。


「だからお姉さん。ぜんぶ、ぜーんぶ許すから」


 手に入れるために、手を伸ばす。

 まずは、左の手。


「……ぁぅっ……」


 黒く覆われた目隠しに指をかける。


「……外すよ?」


 昏く、分厚く見えたそれも、触れてみればなんてことはない、ただの薄布だ。


「……ぅ、ん……」


 しゅるりと、小さな音を立てて露わになった白い瞼が、ゆっくりと開かれ。


「えへへ、おんなじだ」


「……おんなじ、ね……」


 ああ、おんなじはずなのに。


 あなたのものだというだけで、どうしてこんなにも美しく見えるんだろう。


 久方ぶりの外界に、早くもその瞳は潤んでしまっているみたい。



「…………ありがとう。赦してくれて…………」



 どこか、自分自身に投げかけているような。

 そんな言葉を聞いてしまっては、約束通り全部許す――わけがないんだなぁ、これが。


「何言ってるの、まだだよ?」


「……え……?」


 次は、右の手。

 全部を手に入れるために、手を伸ばす。


 まるで、初めて会ったあの時のように、ゆっくりと。


 そう、あの時と同じように、確信があった。

 ここまで来たら、もう。



「もう一回、『人間』として、わたしと一緒に生きてみない?」


「…………、っ…………はいっ…………っ!」



 絶対、この手を取ってくれるって。


 だって、わたしたちは似た者同士なんだから。




 ◆ ◆ ◆




「――と、言うわけでお姉さん、取り敢えずちゅーしていい?」


「……え、や、あの……」


「えー、だめぇー?」



「……その、お肉食べたばっかりだから……」



 ……は?

 可愛すぎなんだが?



「あ、わたし肉食系なんで大丈夫です」


「ちょ、何言っ、ぁ、んんぅ―――」

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勇者やってたらめっちゃ好みのお姉さんが「貴女はかつての私に似ている……」とか言って闇堕ちさせようとしてきたので逆に光堕ちさせたる にゃー @nyannnyannnyann

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