オッサンたちの少年時代

鳥取の人

オッサンたちの少年時代

 初夏の昼下がり。山道を下りながら、オッサンが昔日を偲んでいた。幼い頃、よくこの山で遊んだものだ。今にして思えば、山というより丘に毛の生えたようなものだが。

 かつて子供たちの遊び場だったこの山も、今では人が入ることさえ稀らしい。

 ヤクザ映画に夢中になって母にエアガンをねだったのは小学四年生の時だったろうか。もう30年も前のことだ。


「この山のはずなんだがなぁ……」

 声に驚き茂みを覗くと、初老のオッサンが両手に杖を持って歩いている。

 面食らって声をかけた。「何してるんです?そんなところで」

 男が振り向く。60代くらいに見える。

「ああ、こりゃ失礼。あまり人の入らない山だと聞いてたもんで。埋蔵金を探しておるんです」

「埋蔵金?」

 男は持っていたものを掲げて見せた。杖のように見えたものは、金属探知機とスコップだった。軍手をはめている。

「徳川埋蔵金ですよ。独自に研究しておりましてね。この山にあるはずなんで」

「あ、あぁ、そうですか……」

 ほっといて行こうかとも思ったが、思い直して尋ねる。

「お仕事は何を?」

「会社勤めでして。徳田といいます」

「糸井じゃないんですね。私は山田。この街の出身です。どこまで探すんです?」

「もちろん、隅から隅まで探しますよ」

 山田は諭すように言った。「ここら辺はまだ良いですけど、上の方はここよりもっと茂っていますからね。上には行かない方がいいと思いますよ」

 徳田は笑い飛ばした。「ご忠告は有難いですが、私の考えでは間違いなくこの山に徳川埋蔵金が埋まってるはずなんです」

「しかし、あんなに木が茂っているんでは、とても埋められませんよ」

「幕末頃はまだそれほど密生してなかったかもしれんでしょう。とにかく私はこの山全部掘り返すつもりなんで」

 山田は呆れた顔を作って「それじゃ私も付き合いますよ。どうせ今日はヒマですし、ここのことはよく知ってるんです。昔この山で遊びましたから」


 しばらくのあいだ徳田はあちこち歩き回り、山田はそれをぼんやり眺めていた。

 そこへ別のオッサンがダッシュで飛び込んで来た。「捕まえた!」と叫んでヘッドスライディングしたオッサンに、山田も徳田も固まってしまった。

 禿げ上がったそのオッサンは、両手で掴んだものを10秒ほど見つめた後、落胆した様子で投げ捨てる。怪獣ツインテールのソフビだった。

「違ったかー……」

 山田が恐る恐る訊いた。

「あの……、何してるんです?」

 オッサンが顔を上げ、 見開いた目を2人に向ける。50代にも60代にも見える。一瞬のち、我に返ったように立ち上がって会釈した。

「これは失礼。まさか人がいるとは思わなかったものですから。私はツチノコを探している者で、土田と申します」

「ツチノコ?」

「はい、ツチノコです。数年前この山で目撃情報があったらしく、探しに来たのです」

 山田は内心「また変なのが出てきた」と思っていたが、徳田はツチノコ探しのオッサンに感心したようである。

「なるほど、ツチノコをですか。私は徳川埋蔵金を探しに来たんですよ。この山に当たりをつけまして。私は徳田、こちらは山田さん」

「ほう、徳川埋蔵金ですか。山田さんも?」

 即座に否定した。「いいえ、私はこの辺りの出身なので、たまの休みに昔遊んだ山でも歩こうかと」

 土田は嬉しそうに語り出した。「昔遊んだ山ですか!良いですなぁ。少年時代を忘れないというのは良いものです。私が最初にツチノコを探したのは9歳の時分でした。暗くなるまで友人たちと学校の裏山を探し回りましてね。ツチノコは何メートルもジャンプすると聞いて、バッタが跳んでもハッとするしまつで。母に絞られたものです。」

 徳田も共感を示す。「私が財宝探しに憧れたのも、8つか9つでした。手塚治虫の『新宝島』やマヤ遺跡の探検記なんかを読んで、自分もいつかこんな探検をしてみたいと思ったもので」


 オッサンが埋蔵金を、もう1人のオッサンがツチノコを探す中、また別のオッサンが木にもたれて2人を見ている。

 突然、金属探知機が唸りを上げた。

 徳田が叫ぶ。「埋蔵金だ!見つけた!」

 他の2人が駆け寄ると、すでに徳田は地面を掘り始めていた。

 スコップが何かに当たる。土を除け、その何かを抱え上げる。

「こ、こりぇは、なんりゃ……?」興奮で舌がもつれていた。

 ドラム缶の赤ちゃん然とした容器だ。地面に下ろし、ダンゴムシを払い除け、四苦八苦して蓋を開ける。人形、レコード、マンガ等々、雑多な品が放り込まれている。

 突如、徳田が容器を回し始めた。側面に『昭和××年 〇〇小学校6年1組』とある。

「これは……!」

「何か心当たりが?」山田が訊く。

「クラスで埋めたものだ!そうだ、この山だ……。どうして思い出さなかったのか……。私はここの隣の市の出身なんで。卒業を控えてタイムカプセルを埋めようって話になったんですが、学校の敷地内に埋めちゃいかんと言われてしまって、それでこの山に埋めることにしたんで。提案したのは私なんですよ。遠くに埋めた方が掘り出す時に宝探しっぽくて良いだろうと。この山のことはすっかり忘れていた」

「なるほど……。しかし、それならもっと以前に、同窓会なんかで掘り出さなかったんですか?」

「ええ、同窓会でね。掘り出そうってことになったんですが、山のどこに埋めたかみんな忘れていたんで」

「リスですか……」

 ふと、土田がある人形を手に取った。「ヒトデンジャーじゃありませんか。懐かしいですな」

「それは私が入れたものです。ヒトデンジャーが好きでね。ヒトデンジャーってあだ名を付けられたほどで」嬉しそうに語る。

「ヒトデンジャーってなんです?」

 徳田が説明した。「初代仮面ライダーの怪人ですよ。ヒトデの怪人なのに水に弱いんです」

「はぁ……」

 徳田はさらに『アホの坂田』のレコードを拾い上げる。「思い出が蘇ってくるようだよ。これは鳥山のだ。キダ・タロー先生元気かなぁ」

「こないだナイトスクープに出てましたよ。というかそこはキダ・タローじゃなくて『鳥山元気かなぁ』でしょう」

「鳥山か……。あいつは中高は別だったんだが、大学が一緒になりまして。なぜかカラフルな水玉模様の服が女の子にモテると思ってたようで、いつも奇抜な服を着て大学に来るんです。実際彼女も出来たんだが、もっとカラフルでもっと水玉模様の多い服を着たダンスの上手い男に取られてしまって」

「クジャクですか……」そうツッコんだ後、山田は一瞬ハッとして考え込んだ。

「結局、鳥山は大学中退してしまいましてな。それ以来、噂も聞かんのです」

 ガンジーの伝記を取り上げた。「これは印田いんだだな。よく一緒に遊んだもんだ。中学まで一緒だったんだがな。なんでも高校卒業後インドに放浪の旅に出て、以来、消息不明だそうだ。あした昔のクラスメイトたちにタイムカプセルのことを連絡してみよう」


 30分ほど後、土田はツチノコ探しに戻り、徳田はタイムカプセルを前に思い出に浸り、山田は思い出語りに付き合っていた。

 徳田が歌う音痴な「ウルトラセブンの歌」が終わりに差し掛かった時、土田が叫んだ。

「捕まえた!」

 徳田と山田が駆けつける。暴れる生き物を抱きかかえ、地面に転がる土田。

「これは、ツチノコ……?」と徳田。

 山田が応える。「いや、これは………………ノコッチです!」

「はあ?」

「ポケモンのノコッチですよ!!これ!!」

「よく知ってますねぇ」

「ええ、上司がポケモン好きなもので。しかしまさかポケモンが本当にいるなんて…………」

 会話を聞いていた土田は軽く嘆息し、「なんだ、ツチノコじゃなかったのか」と呟いてノコッチを逃がした。

「ツチノコよりすごいの発見したような気がするんですが……」山田が言う。

「新しいものはよく知らないもんですから。自分が新しいものを知らないということは知ってるのですがね」

「なんですかそのソクラテスみたいな……。あとポケモンももう26年やってますけどね」


 夕方になり、涼しい風が吹く。相変わらず2人のオッサンは埋蔵金探しとツチノコ探しに勤しみ、もう1人のオッサンは2人を眺めていた。

 金属探知機が再び反応した。

 スコップを地面に突き立て、興奮して掘り始める。

 ガツン。スコップに当たったものを大急ぎで掘り出す。

「これは……エアガン?いや…………」

 黒光りする自動式拳銃。山田が近寄り、手を差し伸べる。

「少し貸してもらえますか?」

「う、うむ」

 拳銃を手渡された途端、山田の表情がガラリと変わり、2人の方に銃口を向ける。

「見られちまったら仕方ない。せっかく誰も入らない山に埋めたってのに、掘り返しやがって」

 2人は我が目を疑った。さっきまでの穏和な山田はそこにおらず、悪意に満ちた顔で銃を構える男に豹変していた。

「1つ教えてやろう。俺はトトーリ組の者でな。こいつを安全な場所に埋める仕事を任されたんだよ」

 徳田と土田も事態を飲み込みはじめ、足が震える。

「ま、待ってくれ。本気で私たちを殺す気か?」徳田が怯えた声で訊く。

「もちろん」ヤクザは笑って答えた。

 徳田と土田は青白くなった顔を見合わせる。その瞬間、脇の茂みから何かが飛び出し、山田に激突した。『何か』は銃と共に地面に落ちたが、次の瞬間には再び跳躍し、茂みの中へと消えていった。

 それと同時にオッサンたちが山田に飛びかかり、全力で押さえつけた。


 刑事というと今でも『太陽にほえろ!』のイメージだ。しかし現代の刑事たちはイメージとかけ離れているし、当時の実際の刑事たちもイメージ通りでは無かったのかもしれない。オッサン2人はそんなことを思いながら警察署に座っていた。

 あのあと山田は逮捕され、徳田と土田は聴取を受けるため警察署へ来ている。警察が到着するまでヤクザを押さえつけていた2人は疲労困憊であった。

 両人を案内してくれた刑事が部屋に戻ってきた。

「今回の件、何とお礼をしてよいか分かりません。後日、署長直々に感謝状を贈呈するそうです。それにしても大変な目に会いましたね!」

「いや、まったく……。しかし、あの銃は一体……?」徳田がおずおずと尋ねる。

「先月発生したシマーネ組組長銃撃事件で使われたもののようですね。できればこれを足がかりに烏田もしょっぴきたいところですが……」

「烏田?」

「トトーリ組組長です。本名は鳥山カラ太郎。おかしな男でして。いつもカラフルな水玉模様の服を着ているし、なぜかダンスの上手い人間を毛嫌いしてるんです。しかもポケモン好きだとか」

「…………………………」

「何か?」

「……いえ、なんでも。世の中おかしなこともあるもんですなぁ」


 聴取を終え、オッサンたちは署の正面玄関ロビーで喋っている。

「散々な1日でしたなぁ、土田さん」

「まぁ、助かって良かったですよ。それにしてもアレは、あのとき山田さん目掛けて跳んできたものは、ツチノコだったんじゃ……」

 土田という男は、ならず者にも律儀にさん付けするオッサンだった。

「また探しに行きましょう!私もあの山には何か埋まってる気がしてならんのです」

 その時、警官がやせ細った老人を連れて入ってきた。

 なにやらブツブツ呟いている老人を宥めつつ、受付に話しかける。

「通行人を捕まえてはヴェーダがどうとか梵我一如がどうとか言っては困らせてるんです。インド帰りを自称していて……」

 徳田は老人に向き直り、その顔を注視する。

「…………印田?印田じゃないか!」

 老人はブツブツ言うのを止め、徳田の方を振り向く。しばしフリーズ。

 一転、無表情だった目に光が戻り、満面の笑みになった。

「ヒトデンジャー!」

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