新しい友達(鉄壁)
ここ数日のことなのだろうか、気がついていなかっただけなのだろうか。
朝起きて、カーテンを開けると窓の向こうに見える電線のいつも同じ場所に
彼はいる。
彼、と呼ぶのはもうそれだけ親しみを持ってしまっているという証拠で
実際私は彼なのか、彼女なのか判別をすることはできない。
人と会うことがほとんどなくなった私に、新しくできた友達。
カラスの彼。
私の朝は、彼に「おはよう」ということから始まるようになった。
カラスに対して持っている薄い知識のなかで、彼らはとても賢く、人のことを記憶することができる生き物だ、というものを信じて丁寧に挨拶をする。
くちばしが怖く、近くに寄ることはできないけれど、それでも覚えていてくれるものなのだろうか。
彼は、昼頃になるとどこかへ行ってしまう。
餌を探しているのか、寝床を探しているのか、はわからない。
でも決まって夕方にはまた同じ場所に帰ってくる。
だから私は、カーテンを閉めるときに必ず「また明日」と言う。
「また明日」は高校までの学生時代で普通に使っていた。
大学に入学して、それの幸福さに気がついた。
入社してからは、「また明日」に怯えた。
そして今はまた「また明日」の持っている温かさに触れている。
私は友達が少ない。
昔、こんなラノベが流行っていたのを思い出す。
私も友達が少ないので、同族嫌悪だったのだろうか、流行に乗ることは無かった。
今でも、友達は少ないままだ。
少ない友達に依存して生きている。
会いたい、遊ぼうとしつこく言っては、反省をする。
嫌われたかも、と思う。
ただ、その反省は私の自己満足で、友達からしたら本当は反省なんていらないのかもしれない。
私はきっと友達について、重く考えすぎなのだろう。
会えるうちに会っとかないと、会えなくなる日が必ず来る。
そういう不安にいつも駆られている。
きっと私の友達は、そんな私の事を面白いと思い、少し疎ましいと感じているに違いない。
いや、こんな風に考えているのも重い、ということなのだろうか。
私にはもはやよくわからない。
ただ1つ言えることは、私は「また明日」が好きだ、ということだけかもしれない。
そんな今日の1曲。
女王蜂で『鉄壁』
私が愛したすべてのものにどうか不幸が訪れませんように。
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