神絵師、会社から逃げました。ワケアリ女子に拾われました。もうちょっとだけ頑張ろうと思います。

美少女ゲームが好きなふつうのひと

神絵師、逃げました。

 この日、俺は駅を乗り継いで逃げた。






 ことの顛末は数時間前までに遡る。


 俺こと鍵谷康太は大学生でありながらグラフィッカーとしてアルバイトをしていた。


 会社に席を置きながら労働力として搾取されることはや2年くらい。もはや固定席と成り果てた自分の仕事スペースを確保した後、毎日が変わらないルーチンワークをこなすため、目はペンタブとモニターを交互に、手はキーボードとペンをせわしなく動かす。


 毎日社長や先輩、年上の後輩さんなどに色々と揉まれながら今日も変り栄えのしない日を送る……はずだったのだが、今日は違った。


 そう、俺が辞めるきっかけとなった一言を突きつけられたのだ。


「鍵谷君、追加でこの案件今週末までに納品頼むよ」


「…はい?」


 すでに一部の電気は落ちており、声を掛けられたのは周りがすでに帰宅をしており、残っている人間も自分と遠くに数人しかいない、というタイミングだった。


「えっと…追加…と言いました?」


 きっと間違いだろう。もっかい聞けばきっと違う答えがくるでしょ?


「今週末まで、キミの手の速さならできるでしょ? よろしく頼むね」


 言い間違いじゃないのかこの野郎。


「いや、あの…ちょっとまっ…」


 声を掛けられたと思ったら、追加の仕事。


 上からの無茶振りはいつものことではあるけど…ちょっとこれは…。


「あの…今週末って…今日金曜日なんですけど…」


「んんん? まさかできない、なんて…言わないよね?」


 敬愛なるクソ上司からの無慈悲な指示(またの名を帰宅拒否とも言う)。


 仕方ない…とりあえず案件だけみて…。


 あ、ダメだ、吐きそう。おえっぷ。


「すみません、自分のタスクが間に合わなくなるのですが…。それに今手を付けているのも今日納期、そして実写風の背景グラフィックが10枚来週半ばまでです…。学校もあるのに…そのうえで「新キャラデザイン」というのは流石に……」


「君ならできるよね?」


「…………」


 絶句。


 頭をポリポリと掻くフリをして周りをみるも、すでにほかの人はほとんど帰宅しているため、責任転嫁はできそうにもない。


 残っている遠くの人も「外部協力者」だから頼むことができない。


 つまり「無茶振り」をするのであれば内部の、それも立場が弱い人間バイトが一番なのだろう。


 この男はそれを知りながら俺に指示をしてきたのだ。


「うんうん、言いたいことはわかるよ。じゃあ頼むね?」


 そう言ってわざわざ目の前に仕様書を置いてから退勤をした我が敬愛なるゴミ上司(嫌悪するクソ野郎)。


 ……。


 ふと窓をみると、そこには「クマを作ったぼさぼさで汚そうな男」が映っていた。


 そして目は何かを諦めており、気力をなくしている。


「…仕事するか……」


 手元のグラフィックに視線を落とし、夜の浜辺でたたずむ少女の絵を見る。


 今描いてる「らくがきそふと」さんは、自分のデザイン案件でも古株で受け続けているもので、描いてて楽しいから問題ない。


 ただ今回は急ぎだったらしく、事情を聞いたうえで納期短いことを了承しながら受けたという背景がある。それと個人的に、らくがきそふとさんの担当で赤月さんという人がとてもいい人で、その上、原画もグラフィックも好みなので全然描いていて苦にはならないどころかとても勉強になるため、どれだけ納品が短ろうとも、いつもお世話になっていることもあり、助けてあげたいという心情もあったのだ。


 だったのだが…。


「全然描けない…」


 しかし、残り2枚だというのに、作業をする手が一切動かなくなってしまった。


 完成の予想図はみえており、読み手がすぐに理解できるような懇切丁寧な指示書を見ても、ペンを走らせる気力が残っていない。


 原因は言わずもがな、手元に無造作に置かれた紙束。視線の外に追いやっても上司の命令は頭から離れない。


 それを忘れてデザインに没頭しようとも、視線が手元へ移動してしまう。


 動かしたくても、動かすことができない。


「…気分でも変えるか…」


 財布と携帯を手に取って外に出た。








「そろそろ戻るか…」


 自社の屋上でコーヒーを飲みながら一服ココアシガレットをかじかじしていたが、どう足掻いても避け切るビジョンが見えず、惰性で受け入れることにした。 ←言い訳


 まぁ、結局自分は絵を描くこと以外何もできないのだから、描かせてもらってる以上従事するのは当たり前なのだが…。 ←言い訳。


 …どうしようもない。 ←諦め。


 そのまま屋上を後にした。


 ―――――――ピコン!――――――――


 階下へ移動するエレベータの液晶をぼーっと見続けていたところに、一つの通知が届いた。


 Rhineの相手は社長…嫌な予感しかしない。


「君には期待しているよ。これからもよろしく頼むよ」


 ……………………。


「ふぁ〇きゅー!!」


 思わずスマホを地面にたたきつけてしまった。


 …………。


 ………………。


 ……………………。


 急いで自分のPCに戻り、引き出しから一枚の封筒を机の上に置き。そして「らくがきそふと」さんへ一報入れた。


 ほかにも数社、個人にも声を掛けてデータなど諸々を送った後にPCをシャットダウンする。


 そこに映ったのは、長年搾取される自分を解放するための覚悟を決めた陰キャ大学生――ではなく草臥れたおっさんにも見える男。


 あまりにも醜い。


 アヒルにすら勝てない醜さだ。ローストチキンにもなれなさそう。


「よし、逃げるか」


 この日、俺は駅を乗り継いで逃げた。




 ☆★☆★☆★




 築50年の1K、家賃3万9千円の木造アパート、その1階の真ん中部屋。


 すでにお隣さんは寝ているか…もしくは夜の街に繰り出したか。


 カバンからカギを探し、扉を開くとまさにゴミ屋敷…とまではいかないが、殺風景でなにもない、しいて言えば「溜まったエナドリの空き缶」に出迎えられた、と言えばいいのだろうか。


 着ている服を脱いで軽くシャワーを浴び、部屋着…もとい仕事着に着替える。


 21インチのモニター2枚と24インチの液晶タブが目に映るが、PCに足を向けず、己の楽園(布団)に倒れ込んで仰向けになる。まさに至福の時間。


 慣れ親しんだ親の顔のシワよりよく見た天井のシミ。5年近くもこのボロ屋に住んでるのだから、愛着も…さすがにここまで帰ってこなければわかないなぁ。


 どれくらい天井を眺めてたのか……なんか家にいたら会社の人が突撃してきそうな気が…。


 これはアカン。


「よし、逃げるか」


 いまの俺は全逃げ。マヤノトップガ〇やメジ口マックイ〇ンですら真っ青になるほどの逃げ足を持っている、に違いない。そこにスペ〇ャノレウィークからもらった全身全霊をつぎ込んでもいいとすら思える。


 善ではなくても急げ。風と馬と共に逃げるように家を後にした。


 走れ、光速の帝国〇撃団!


 …じゃあね、俺の家。


 すぐに戻ってくるよ。たぶん。きっと。おそらく。


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