神絵師、拾われました。
行き先はコンビニ寄って支払いをすべて終わらせた後、適当に電車にのること15分。
(あれ…? 終着駅…? 降りなきゃ)
予定では近くのファミレスに入って夜を明かすつもりだったけど、気づくとなぜか電車に乗っていた。不思議だじぇ。
駅内に併設されたコンビニで適当に買い込み、ぬぼーっと歩くこと数分。日頃の疲労が来てしまったようで、足元が少しおぼつかなくなってきた。日頃の酷使した身体を持ってよく耐えたのだろう、歩き疲れてしまった俺は
(さて…俺はこれからどうしようかな…)
逃げたのは良いけど…行く当てはない。頼れる知り合いもすでに寝ている…と思う。
(明日アイツに電話しようかな…趣味をするなら家に戻らないといけないけど…でも家に帰るのは…)
気が重い。誰かと鉢合わせしそうだし、それが上司なら非常に厄介。
厄介…。
「「………ハァ…」」
溜息が重なった。
「……んっ?」
「……えっ?」
さっきまで誰もいなかったような気がしたけど…。
その声の主は全身真っ黒の私服…身体にメリハリがあるから恐らく女性だろう。そして長い髪はボサボサで黒フレームの薄い眼鏡の下には隠しきれていないクマができている。まさに徹夜数日、エナドリとコーヒーで誤魔化している、と言える風貌。
…きっとこの人も逃げてきたんだろうか…? もしくは残業で終電を逃しているとか? …なんか大変そうだな…。
そう思ったら声を掛けずにいられない。
「えっと…大変ですね、お疲れ様です…」
「あっ、はい。お気遣いありがとうございます」
声自体は高めの可愛い系らしい。
「あ、どうぞこれ、つまらないものですが…」 ←エナドリを差し出す
「ありが……えっ? ……ありがとうございます?」 ←エナドリを受け取る
なんで俺はエナドリを渡したんだろう?
そもそも…なんでエナドリとコーヒーのラインナップしか買ってないんだろ?
ほら、みてみろよ。目の前の女性も困ってるじゃん。
「あー…コーヒーと交換しますか?」
間違えた、そうじゃない。
「じゃなくて、食べ物がいいでしょうか?」
だからそうじゃないでしょ。
ほら、相手の人がまだ困ってる。
「えっと…すみません大丈夫ですか? その…何か…愚痴でも吐いちゃえばスッキリ? するかも…しれないと思います…よ?」
と言っても流石にここではいさようなら~、というのも憚られる。
たまには愚痴を履きたくなる時だってあるんでしょう。俺ならそうしたい。そういうときもあるし。
「あの…よろしい…んですか?」
まさかの。
半分くらいはお世辞のつもりだったけど、そんなに溜まっていたんだろうか。
とりあえず聞くだけは聞こう。どうせ何もできないけど。こういう時は吐き出した方がすっきりするに違いない。
経験則。ちなみに俺は屋上でよくやってた。一人で。
誰もいない屋上で誰に語るでもなく、一人でしゃべっていた。
もしくはココア〇ガレットを咥えて黄昏てた。
……だからきっと効果的なはずに違いない。 ←洗脳済み。
「いいですよいいですよ。ここであったのも何かの縁ですし。俺ら無関係じゃないですか。どうせ話したところで内容なんてわかりませんよ」
「そう…ですね、では初対面ですが…甘えさせていただきますね」
「そうそう。あなたは凄く頑張ってるんですから、愚痴を吐くくらい全然いいんですよ」
それがいいですよ。うん。
ストレスは良くない。ほんとに。
「私、これでも代表の立場なのですが…」
Wow. 意外と大物さんだったと。でも俺は壁。
そう、壁。俺は今壁になっているんだ。決してストーカーの気持ちになっているわけではない。小豆の乗ってないまな板や凸凹のない断崖絶壁の如く、壁役だ。
「社長さんでしたか、すごいですね」 ←小並感
「そうは言いましても、新企業の社長なので私も従業員でもあるんですよ…、ただ…」
「ただ…?」
「さきほど良くお世話になっている企業から作業休止の報告が入ってしまいまして…」
「へぇ…それは大変ですね」
まぁ相手から作業お断りなんてザラにあるでしょうな。
社長ならわかってると思うけど。
「えぇ。しかし…今回はすべて外注でしたもので…自社で賄うことができないのも事実」
外注のメリットだけど、キャンセルについてはデメリットだしなぁ。
「先方さんもずっとお付き合いはありますし、いつも担当してくださる作業者様も少しは把握してましたし」
「まぁあれですよね、人情のお付き合いもありますし…。でもそうなら今からでも探せば何とかなるのではないでしょうか?」
「それが…そうもいかないのですよ」
「それはまたどうして? 専門職だから作業者がなかなか見つからない、とか?」
「まさにその通りなのです」
見つからない、の範疇で予想できる一つだね。
わからんでもないけど…新企業って言ってたし、流石に伝手が潤沢とは言えんよな。すぐにはみつからないか。
「こういっては何ですが…今まで頼んでいた作業者様と比べると…数歩分落ちてしまいますから…」
「それほどその人の腕を信頼していたのですね」
「えぇ。作業も丁寧でしたし…納期もきっちり守ってくださる方で…」
ふーん…そんな人もいるもんなんだ。(小並感)
「今回もスケジュールがないってあらかじめ伝えてたのですが…あなたの会社の依頼なら是非に、と答えてくれたので」
…んー、その作業者も人情味あふれる人なんだなぁ。
「でも…つい先ほど、その人が会社を辞めると連絡がありまして…」
「へ?」
「一身上の都合とは言ってましたけど…ただそれだけじゃないような書き方もしてたものですから…」
…んー、自分で言っててちょっと身が痛いなぁ。
この人もそうだけど、なんだかその作業者君に同情するよ。
「すぐに辞めると言って会社を飛び出たそうです。それ以降は途絶えてしまい…」
…んー?
「おかげで残りの2枚だけが完成してなくて…」
…んんんー。
「その人にメールを送っているのですが…一向に返信がなくて…困っているんです…」
…………んー!
会社用のスマホは置いてきちゃったからもう手元にはない。一応壊れてはいないことを確認しているので、責任を問われることはないと思う。契約書にもそう書いてあったし…。
なのでこっそりと、プライベート用のスマホから会社のメールにアクセスした。
まさか。…まっさっかー^^;
あはは。
「うちのイラストレータも手が追い付かないって言って…この2枚も手を付けられないみたいですし…」
メールの受信は総数20件ほど。
送ったのは一斉送信だったからいいとしても…15件近くは別の相手。しかし、残りはすべて同じ会社。
「まさに困った、っていう状態なのですよ…って、どうしました?」
内容を開くと催促と事情の説明を要求する文章。
宛先は…。
「らくがきそふと…さん?」
「…えっ…」
声の主はさっきまで相談という名の愚痴をこぼしていた女性。
「ええと…少々お時間を頂いても…?」
「え、えぇ…どうぞ…」
許可がおりたのでメールを開いていく。
内容は…事情説明はしつつも、全て身を案じる内容のメール。
「ちなみにあなた様は…鍵谷様…でしょうか?」
…これは逃げられないようですな。
だってそうでしょ。
会社から逃げた先が、取引先の社長の眼前なのだから。
…。俺、生きていけるのかな。
「えっと…はい、ブラックパースの契約絵師のことなら…はい、自分です…ハイ」
めっちゃ気まずい…。
「鍵谷様…でしたか…。……」
一つ咳を入れると、女性は簡単に身を整える。
……服とか大丈夫か? ……ん、たぶん大丈夫だろう。
顔を上げると同時に女性も身体を起こした。
「いつもお世話になっております、らくがきそふと代表の赤月と申します」
「あ、いえこちらこそ、いつもお世話になっております…鍵谷と申します…」
お互いに名刺を持ってないためペコペコと頭を下げ合う。
らくがきそふと代表の赤月さん。メール上では何度もやり取りをしていたため人と成りは把握していたが…、だいぶやつれてしまっているためか、社長のオーラは見る影もない。
「ひとまずはご無事のようでなによりです。えっと…もし話しずらいのであれば答えなくても良いのですが…会社のことは…」
草臥(くたび)れた赤月さんだが、さっきとは変わって社長としての立場で接してきた
(…まぁ、聞いてくるよね…)
うーん、でも隠すことでもないし…答えちゃうか。
―――かくかくしかじか―――
「―――と、言うことで我慢の限界がきてしまいまして」
「なるほど、ご事情は把握しました」
ひととおり説明が終わると赤月さんは思考モード? 深く考え込んでしまった。
俺から話しかけるのもなんだか、というくらいに話が聞こえてなさそう。それにしゃべり続けたことで喉が渇いてしまった、というかこの無言の空間が辛い。
それに赤月さん、手を口に当ててずっと考え込んでるし…でもここで逃げ出すのは…ちょっと申し訳なさが立つ。
そして1分か10分か…どれくらいの時間が経ったかはわからないが、思考の整理…だろうか? が終わった赤月さんが「キリッ」とした表情で正対する。
「一つ……鍵谷様に質問をしてもよいでしょうか?」
「……はい、なんなりと…」
これだけ考え込んだのだから、何かきっと知りたいことがあるんでしょうな。他人事だけど。
聞くのが一つというのは意外でもあるけど。
「鍵谷様は…今でも絵を描くことを忌避されてますか?」
……?
「いえ、昔から絵を描くのは好きですし、今もお絵描き程度ですが、絵は続けてますから」
これは偽らざる本心だ。小さい頃から変わらない趣味で特技。
そして画力もキャラデザも殴り負けるつもりもない。 ←ドヤ顔
「……不躾で申し訳ありません、私たちの手伝い――いえ、私共と契約を結びませんか?」
「契……約……?」
今回の続きを描けばいいのかね?
「そう、契約です。私たちの会社でこれから一緒に仕事をしませんか?」
隠しきれないクマが残った垂れ目を、にっこりと閉ざして笑顔で宣言する赤月さん。
コイツ社畜かよ。
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