緣分
「信じる? 信じない? 信じる? 信じない? 信じる? 信じない?」
バラの花びらで乙女な恋占いをしているわけではない。
机の上にまな板を置き、豚バラ肉の塊を包丁でバラバラにしながらブツブツと唱えるわたしに、カイくんが白い目を向けている。
「おまえさぁ、いつまでそれ言ってるの?」
「だって!」
カタンと包丁を置き、カイくんへ向き直った。
「あの月老が神様の月老だって、カイくんは信じたんだよね? でもさ」
そう。やっぱりわたしはいまひとつ、信じられないのだ。
幽霊や妖怪なら、子供のころから馴染みがあるから、ほらね、実在するでしょと目の前で見せられれば、受け入れることができなくはない。
だが、神様となると、さすがに話が違う。
なんといっても、あの月老と神様のイメージが、かけ離れすぎているのだ。
「魯肉飯好きの神様なんて、聞いたことないんだもん」
魯肉飯だけではない。男女の縁を成就させてくれる神様が、スーツの似合う美貌のナイスミドルで女性にモテモテって、そんなのありえないでしょう?
「あの人が月下老人だなんてさ、良縁成就どころか、良縁引き剥がしだよ?」
本当は月下老人を騙った悪魔かなんかじゃないのと、疑いたくもなる。
「見た目はどうにでもなるって、月さんが言ってただろう?」
「そうだけど。じゃあさ、カイくんは本当に信じたの? どうして? 霞海城隍廟にお参りしたときのこと暴露されたから? でもさ、それって、たまたま聞かれてただけとかじゃないの?」
わたしだってはじめて月老に会ったのは、霞海城隍廟だった。だから、祈りながら口に出した言葉を聞かれた可能性だって、十分あると思う。
「いや、あれは……聞かれるわけがないんだ。神様か超能力者でもない限り」
「なにそれ?」
「いや……」
目を泳がせたカイくんは、わたしから顔を背けてモジモジしている。アヤシイ。知られては困るのか。
つまり、その秘密はカイくんの弱み。だから、月老を信じたといったわけだ。
それってやっぱり、悪魔なんじゃない?
「とにかく! 変なこと言って邪魔しないで。いま、大事なところなんだからね」
いつか月老の化けの皮を剥がしてやりたいが、いまはそれどころではない。
包丁を持ち直し、肉の細切れ作業を再開する。
林媽媽のキッチンで中華包丁と苦闘を繰り広げたわたしは、大型スーパーのキッチン用品売り場を丹念に回った。
余分な買い物をしたのはご愛敬だが、なんと、お馴染みの三徳包丁を手に入れることに成功したのだ。
これさえあれば百人力。肉も野菜も、もはやわたしの敵ではない。
「信じてないくせに魯肉飯作るっておまえ、律儀だよなあ」
「だって約束したし。それに、月老の話をまったく信じてないとは言ってないでしょう?」
わたしのいまの気持ちは、正直なところ半信半疑。
しかし、なんの確証もないのなら、下手な考え休むに似たり、だ。勝手な結論を出す前に、目の前にある課題を熟すべきだろう。
失敗も多いけれど、やるだけやったあとならば、諦めもつくし。
「まあな。それがリンリンだもんな」
「……なにが言いたいの?」
「褒めてるんだよ。わかんない?」
「褒めてるように聞こえないんだけど? まあいいわ。とにかく、結論はあと。いまは約束どおりミッションを片づけるのが先でしょ。それに、曉慧のことだって頼まなきゃならないんだしさ」
「おっ? 今度は打算かぁ?」
「…………」
——面白がって。どうとでも勝手に言っていてください。
つまるところ、カイくんは暇なのだ。
幽霊になってからのカイくんは、勉強も、学校も、店の手伝いも、友人たちと遊びに出かけることもできない。ほぼ一日中わたしのそばにいて、わたしと話すことだけが、彼のすべてだ。
もしこれがわたしだったら、ものすごく退屈で、ストレスが溜まりまくると思う。
月老の話が本当ならば、わたしがミッションを達成し、弟子(仮)の(仮)が外れれば、カイくんの呪縛は解ける。そうなればきっとカイくんだって、幽霊らしいやりがいを見つけて生きられるはず。死んでいるけれど。
「さて、今日はこれを使います!」
意気揚々と掲げて見せたそれは、おいしそうに煮上がった肉の写真が前面に印刷された
インターネットでたくさんのレシピを検索研究し、材料も吟味したものを揃えた。
もちろん、レシピどおり分量を計るのも忘れていない。前回の教訓を踏まえ、水の量も最低限。仕上がり具合を確認しつつ、追加で煮込む必要があることも覚えた。
これだけの準備をしたのだから、きっと今回は大丈夫。
お店に出せるほどの魯肉飯を作るのは無理でも、家庭料理としては、十分通用するものができるはず。
すべての材料を入れ、蓋を閉めスイッチを入れたら、あとは待つだけだ。
「おまえさあ、いちいちオレに解説しなくていいから」
「いいでしょべつに」
一緒に買い物をしてきたのだから、全部知っているのはわかっている。けれど、わたしだってカイくんとのお喋りにすっかり慣れてしまったのだから、仕方がない。
電鍋からブクブクと音が漏れ出し、調理のはじまりを知る。
鍋を見張っている必要もないので、参考書を片手にベッドへ腰をかける。時間つぶしに勉強でもしようとページを開いたが、カイくんのお喋りに先を越された。
「なあリンリン、曉慧のことなんだけどさ」
「なによ?」
「ホントに月さんに相談するのかよ?」
「するつもりだよ? だってこのまま放っておけないでしょう?」
「そうなんだけどさ。もう少し考えてからにしたらどうかなと」
なぜいまごろになって急に、そんなことを言い出すのだろう。カイくんの言いたいことがわからない。
「これ以上なにを考えるの? 考えてもいい方法が浮かばないから相談するんでしょ? わたしも、みんなも心配してるし、カイくんだってそうなんじゃないの?」
「そりゃあ、オレだって心配してるし、どうにかなるもんならしたいさ。だけどさ、小鈴。あいつらが決めたことだろう? オレたちが余計な首を突っ込むと逆効果っていうか、さらに曉慧を傷つけることにならないか?」
返す言葉がなかった。カイくんのそれは正論。他人の恋愛に外野が余計な手出し口出しをするべきではない。
わたしだってはじめのうちはそう思っていたのだが。しかし。
「芙蓉姐は、縁があれば、って言ってたよね? ねえ、カイくん。縁ってなんだと思う? 偶然とは違うのかな?」
「縁は……縁だろ? そりゃ偶然みたいなもんだと思うけど、説明できないなにかがたしかにある気がする」
「いまは、だけどな」と、気まずそうに念押しをするカイくんに、ちょっと笑ってしまう。生粋の理系男子でも幽霊になると、考え方が変わるらしい。
「でもさ、うまくいかなかったからって『縁がなかった』のひと言で片づけちゃうのはどうなんだろう? なんか寂しくない?」
わたしは曉慧のあのひと言が、無性に腹立たしいのだ。
「まあな。でも、仕方ないだろ? 縁もいろいろだしさ。それこそ、そこまでの縁でした、ってことなんだよきっと」
「そうなのかなぁ」
男女の縁は、どんなに好きでも一方通行では報われるわけもなし。両思いであってもなにかの事情で引き裂かれることもある。
縁とはそういうものだと言われてしまえば、否定する材料もないのだけれど。
「あれ?」
「ん? どうした?」
「月老ってさ、たしか、男女の縁が記してあるノートみたいなのを持ってる神様だったよね? だったら——縁の有無を最初から知ってるってことでしょう?」
「あ、まあ、そうなるな」
「それなら、やっぱり月老に相談するべきよ。先にわかってるんだったら、ダメならダメではっきり言うでしょ? ダメならなにもしなければいいだけだし、縁があるなら、方法を教えてくれるんじゃない? ついでに、月老が本物かどうかも確かめられるし、一石二鳥?」
わたしって、頭いい。これ以上ない思いつきに、にーっと頬が緩む。
「おまえさ……」
「なに?」
「いや、いい」
カチンと上がった電鍋の蓋を開ける。お玉でかき混ぜ、うーんと唸った。
もう少し煮てみるかな? これはこれで悪くはないと思うのだけれど。
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