第2章 率いるもの

13話 竜騎魔術士隊

 魔族による一度目の訪問から、早くも三年の月日が経った。


 あれから魔族は、少人数ながらもたびたびシュティーア王国を訪れて様々な交流を行った。


 本来の目的であったらしい食料の関係や魔術、あるいは工業。実感として何かが変わった――ということはほとんどないが、街角や研究の節々に発想の種が埋まっているような気がする。芽生えを見られるのは、はたしていつになることやら。


 当然プランダも例外ではない。彼女もまた、『種』と言うべきものを手中に収めていた。その種はといえば、自力の解読はほとんど不可能な代物ではあったが、少しずつ少しずつ、柔らかな声の記憶と人間界の古代文字を手掛かりに、確かに前進していた。


 まゆの糸を一本一本解いていくような、気の遠くなるような作業ではあったが、それでもプランダはくじけることなく続けられたのだ。


 数ヶ月ほど前までは。


「ユリウス・ルットマン! アンタってヤツはまーた隊服を乱して! ちゃんと着ないとブリッツ教官にも迷惑が掛かるって何度言ったら分かるの!?」


「あーあー、うるせぇなァ。アンタもいい加減に遅刻癖を治せって」


「そっ、それは関係ないでしょ!?」


 さて。


 今日はユリウス改めユリウス・ルットマンの初出勤日だ。成人を迎え、とあるネコ族の教官と親子の契りを交わし、竜騎士隊――いや、『竜騎士兵団』の新兵として名を連ねることを許された、若き騎士。


 どれだけの期間、彼が竜騎士兵団の見習いとして出入りしていたのかは定かではないが、きっとこの日を心待ちにしていたことだろう。


 相も変わらず世の中を舐め腐ったような顔をしているが、何となく背筋が伸びているように見える。


「行くよ、ユリウス」


「ハッ、オレの方がセンパイなんだから敬語使えよ」


「あ?」


にらむなよ、カワイイ冗談だろ……」


 まとって門をくぐる。


 今日はユリウスの初出頭日だ。同時に、プランダ率いる『竜騎魔術士隊』発足の日でもあった。



   ■   ■



 竜騎魔術士隊。


 竜にまたがり空中戦を主とする『騎手』を魔術士に取り換えたもの。


 大砲の弾に弓兵を乗せるかのごとき珍妙な組み合わせは、他でもない、プランダの父による発案であった。


 ――魔術士の弱点は機動力の低さにある。これを解決できれば、きっと戦死者も抑えられるはずです。


 そこで白羽の矢が立ったのがプランダであった。


 魔術研究室の片隅で、益にならなそうな研究ばかりをしている遅刻魔。旧・竜騎士隊との交流があり、竜の扱いも多少慣れている(某じゃじゃ馬のせいで)。


 体よく言えば出世。はっきり言えば左遷。


 父にとっても枷となりつつあったのかもしれない。


 三年もの間研究室に置いたはいいものの、未だ成果を出せずにいる娘。さぞや肩身の狭かったことだろう。魔術研究室室長として、親として。


「改めて、私はプランダ・ベッカー。本年度発足の竜騎魔術士隊の隊長を務める。一年の間は試用期間の特別措置として王都所属となるが、以降も王の御膝元で守護を続けるつもりだ。御指導、御鞭撻ごべんたつ、ならびに切磋琢磨を、どうぞよろしくお願い申し上げたい」


 初めて設置された竜騎魔術士隊。その隊長は、カビ臭い研究室で暮らした『女』ときている。


 視線は決して温かいものではなく、むしろ批判的な、あるいは同情的な色が濃く読み取れた。


 竜騎魔術士隊はプランダを含めて五人から構成される。


 アマロ・リーベ・ウーラント。

 フェリクス・フェルザ。

 フローロ・バルツァー。

 カルラ・アードラー。


 旧・竜騎士隊として現役であった者、訓練生として入隊しておきながら魔術の才能を見出された者、魔術学院より急遽きゅうきょ召し上げられた者。


 竜に乗ったことのある者からない者まで様々で、まずは歩幅をそろえるところから始めなければならないようだ。


 そこでプランダは、ある人物に協力を要請した。


「おーい、プランダ」


「『さん』をつけろ、『さん』を!」


 振り向くまでもない。この生意気な声掛けは、紛うことなくユリウスのものであった。


「竜、乗るんだろ? ブリッツに言われて呼びに来たんだ。もちろん、そこの新兵もな」


「新兵とは心外だなぁ。ボクは既に竜騎士兵として活躍していたんだよ」


 口を挟んだのは最年長の青年アマロだ。黒っぽい髪をさっぱりと切りそろえた、清潔そうな青年だ。竜騎魔術士隊の中では最年長の三十代だったはず。魔術士隊へ配属になる前は竜騎士兵団として活躍していたそうだ。


 確かに『新兵』とは呼べない経歴の持ち主だろう。しかしユリウスはというと、前言を撤回するつもりはないようで、面倒臭そうに後頭部をいていた。


「ええと、プランダと四人の兵に……。ん、ちゃんとそろってるな。安全のため交代しながらの騎乗練習になるが、別にいいだろ?」


「ええ、練習さえできれば」


 元よりそのつもりだった。


 主観と俯瞰ふかん。これが上達への近道である。自ら体験し、他者を通して己を客観視する。


 竜騎魔術士隊には即興で組み立てられたこともあって、訓練兵を経由せずに召し上げられた者も在籍する。


 多分、訓練生に交じって基礎を学ぶのが最も正確で簡単だろう。しかし悠長なことは言っていられない。


 プランダが隊長に任命されるにあたって、一つの命令が下された。


 ――部隊として機能するよう、迅速に調整せよ。


 なるべく早く。


 その言葉にプランダは密かに唾を吐いたものだ。だがよくよく考えてみれば、竜騎魔術士隊の成立は、異質を求める『誰か』に応えることにも、自分の命を守ることにも繋がる。


(戦争なんて起きてないし、今後も起きることはないと思うけれど。けれど魔術士隊が発足したのは、きっと『竜騎士隊』では足りない部分が出てきたからだわ。……何が足りないのかは分からないけど)


 竜騎士隊、ひいては竜騎士兵団に足りなかった『何か』。それを、たとえ粗削りでも叶えるためには、一分一秒たりとも無駄にはできない。


「一応訊いておくわ、みんな〈風の魔術〉は習得しているわね。竜騎魔術士隊において必須の魔術だったはずよ。万が一落竜したら、まずは手綱を握ったまま」


「言われなくても分かっていますよ、隊長殿。詠唱の時間稼ぎをし、準備が完了し次第、皮帯ベルトと手綱を手放す――常識です」


 教本通りの文言とともにアマロが応じる。


「そうね、一般の竜騎士兵も緊急脱出用の簡易魔術式を持たされるものね。確かに常識だわ。でも、ここにはそれが『常識』とすら知らない子もいる。そんな子に、私は説明を受けさせる義務がある。違う?」


 隊員の安全を守るのが隊長の仕事。ならば事前に防ぐことのできる事故は防ぐべきだ。


 じっとこちらを見下ろす青年。果たして何を思っているのか、プランダには窺い知ることができなかった。


「……ユリウス、どの厩舎に行けばいい」


「第五」


 足早に去るアマロに、短く返すユリウス。


 やはり勝手が分かっているのだろう。生意気だが、二人の背中は頼もしく見えた。生意気だが。


「プランダ、上手くやれそうか?」


「始まったばかりだからね、何とも言えないわ。……けど、竜を失望させない働きはするつもり」


 あと『さん』をつけなさい、と額を突くと、ユリウスは三白眼をくしゃりと歪めた。


「期待してんぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る