侑花とリシア6

 その日は朝から雨だった。

 土砂降りではないが、霧雨でもない。

 どうにも半端な雨模様だった。


「あーあ。雨はやだなー」

 どして?

「私が猫っ毛なの知ってるくせに」


 侑花は猫っ毛だ。湿気に弱いのだ。

 事実、いつもならふんわりセミロングの髪は、うねうねっと波打ち、侑花曰くは『見苦しい』ヘアスタイルになっていた。


「あーもー、いくらセットしてもダメだ」

 まー、こればっかりはどうしようもないね。

「リシアはいいよ? そんな心配しなくていいものねぇ」

 あ、それ嫌味?

「いーえ、そんなことはありませんよーだ」


 と。

 侑花が歩く道の先に、大きな水たまりがあった。

 侑花とリシアは、髪の毛の話題に夢中で、後ろから来る車に気付かなかった。

 先に気付いたのはリシアだった。


 あ! 侑花! 後ろ!

「え? 何? どうしたの?」

 ええい間に合わない! ちょっと魔法使うから『手』借りる!


 リシアは、侑花が傘を持つ手の主導権を奪い取った。

 それと同時に、水たまりに車が突っ込んだ。歩行者を一切考慮しない、マナー違反も甚だしい運転だった。

 盛大に水しぶきが上がり、侑花を襲う。

 リシアは、傘に魔法をかけた。


<万物よ。我が身を守り給え>


 水しぶきは、傘を中心とした見えない壁に阻まれ、侑花の後ろに盛大に飛び散った。

 

 ふぅ。なんとかなったかな。

「……なんて運転するのあのヤロー!」

 そだね。ちょっと懲らしめるか。

「お、いいねぇ、魔女っぽい」

 へへ、そお? じゃやるね。

 

 リシアは、まんざらでもない声色で、傘をくるっと回した。


<我に仇なし者、等しく災いを与えん>


 遙か前方では、大変なことになっていた。

 バケツをひっくり返したどころではない『大量の水』が、その車に降り注いだのだ。

 当然ドライバーは大慌てだ。

 いきなり視界を失い、反射的にブレーキを力一杯踏む。

 甲高いスキール音が鳴り響く。

 その直後、何かにぶつかった『ような』金属的な破裂音がした。


 ……。

「おや?」


 事の成り行きを、何となく察した由香とリシアは、しばし押し黙った。

 そして開き直った。


 てへへ、ちょっとやり過ぎたかな〜?

「ふん! いいのいいの。ちゃんとマナーを守らないあの車が悪い」

 でもさ。あ……。


 そうこうしている間に、救急車のサイレンが聞こえてきた。


「……やりすぎた、かもね」

 そう……だねぇ。


 侑花はリシアを必要以上におだてないことを、リシアは侑花の口車に乗らないことを、それぞれ肝に銘じたのだった。

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