39.死神 【勇者side_FINAL】



 ピピピピッ! ピピピピッ!




 無機質な音が、まどろみの中で響いた。



(うるせえよ……いまいましい首輪が……!?)



 ……首輪!?



「はっ!?」



 オレの意識は、急速に覚醒した。



 場所は、魔王城。


 目の前には、シャルロッテだったものの消し炭。




 ピピピピッ! ピピピピッ!




「ひ……!」



 耳に、響くのは。


 オレの首輪が発する、無機質な音。



「まさ……か?」



 オレの頭の中に。


 ジョウカーの、首輪起爆条件の話が。


 ぐるぐると回り出す。




『2つ目は『魔王』の死亡。『魔王』が死んだとき、キミたちの命もなくなる。平たく言えば、道連れというわけだね』




「マモルが……ジョウカーを? 『魔王』を……ブチ殺した?」



 つまり。



「オレも……死ぬ?」



 がく然と、オレがつぶやいたときだった。




 パアアアアアアァァァァ!




 突然、あたりを光が包んだ。



「うおっ!?」



 オレは反射的に目を閉じた。


 やがて光が収まって。


 目を開けると、そこには。




「ワタシは、カンナギと申します」




 銀色のマントを羽織った、銀髪の女が立っていた。


 その表情は……恐ろしく冷たい。



「エセ勇者・ダイト。あなたを死の世界に連れていく、死神ですよ」



「しに……がみ……」



 あっけに取られるオレに向かい。




「あなたの魂の末路は、もちろん地獄です」




 カンナギと名乗った死神は、宣告した。



「なっ……!?」



「転生の見込みもありません。地獄の牢屋の中で、永遠の責め苦にのたうち回るがいいでしょう」



「あっ……がっ……!?」



 全身が凍り付く。


 冷や汗が滝のように流れる。



「ふ……ふ……!」



 オレは震えながら、近くに落ちていた剣を取った。


 ボロボロの体で、剣を杖替わりに立ち上がると。



「ふざけんじゃねえクソがああああああああぁぁ!」



 全身全霊を込め、カンナギに斬りかかったが。




 スカッ!




 カンナギにかわされ。



「おわああああああぁぁ!?」




 ドデーン!




 その場にすっ転んでしまった。



「ぐぎいいぃぃ……ぎぃぎぎぎ……!」



 歯ぎしりするオレを、カンナギが冷ややかな目で見つめる。



「荒事は苦手ですが。瀕死の相手なら、さすがにワタシでも対応できます」



「な……何でだよ……!」



 オレは、カンナギをにらみつけ。



「何でオレが地獄に行かなきゃならねえんだよぉ! オレは勇者だ! 勇者が地獄行きなんて、そんなバカげた話があるかよおぉ! どうしてええええええぇぇ!」



「黙りなさい」



「うぐっ……!?」



 カンナギの剣幕に、ひるみつつも。



「だ……だったらよ! オレが地獄行きになる、証拠を出せよ!」



 オレは叫んだ。



「まさかテメエは証拠なしで、オレを地獄行きにするつもりじゃねえだろうな! オレみたいな善人勇者を、適当な濡れ衣で――」



「これで満足ですか?」



 言いながら、カンナギはバラバラと。


 オレの目の前に、何枚もの紙をバラまいた。



「なんだ……こりゃ……!?」



 オレは震える手で、その一枚を見ると。


 そこに書いてあったのは。




『名前:プラット』



『死因:勇者パーティーリーダー・ダイトによる刺殺』




「んなっ!?」



 オレは別の紙を、次から次へと引っつかむ。




『名前:マティアス』



『死因:勇者パーティーリーダー・ダイトによる毒殺』




『名前:モーガン』



『死因:勇者パーティーリーダー・ダイトによる絞殺』




『名前:ガイズ』



『死因:勇者パーティーリーダー・ダイトによる焼殺』




『名前:ダン』



『死因:勇者パーティーリーダー・ダイトによる撲殺』




「これ……は……?」



 ぼう然とつぶやく、オレに向かい。



「罪状です」



 カンナギが告げる。



「アナタはご存じないでしょうが。あの世で死者が語った死因は、死神たちの精査後に。すべて『死神資料館』という場所へ、保管されます」



「ぎ……!?」



「昨日。ワタシは極めて重要な用事で、資料館を訪れまして。その際に、アナタが犯した罪も。洗いざらい、調べさせてもらいました」



「う……ぐ……あ……!?」



「まさかこんなに早く、役立つ日が来るとは思いませんでしたけどね」



 ……なぜだ?



「どうしてテメエは……ピンポイントで、オレのことを調べた……?」



「確実に、地獄へ送るためです。ワタシの尊敬するお方を殺そうとした、アナタをね」



 カンナギの瞳には、怒りの炎が燃え上がっていた。


 敵には容赦しない、と言わんばかりに。



「アナタの死をワタシが事前察知できたのは、運命かもしれませんね。同情の余地はありません。この資料は、地獄の裁判官に提出しますので」



「ふ……ふざけ――」



「うるさいです」



 いきなりカンナギが、オレの襟首を引っつかむと。




 パァン!




「があっ!?」



 オレの頬に、熱い痛みが走った。



「それでは」



 オレにビンタを食らわせた、カンナギは。


 氷のまなざしで、オレを見つめ。


 宣告した。




「ひと足先に、あの世でお待ちしています」




「ま、待て! 待ってくれ!」



「地獄へは、手早く送り届けてあげますよ」



「死にたくない! 死にたくない死にたくない! オレは死にたくないんだよおおおおおおぉぉ!」



「これからワタシには、重要な仕事が控えていますから」



「頼むううううううぅぅ! 助けてくれええええええぇぇ! 助けてくれよおおおおぉぉ! 頼む頼む頼む頼む頼むたの――」



「『紅茶の準備』という。とっても大切なお仕事が、ね」




 バシュン!




 カンナギは、オレの訴えを無視し。


 その場から姿を消した。




 ピピピピピピピピッ!




 首輪の音が鳴り響く。



「いやだ……オレはいやだ……」



 死のにおいを、間近で感じる。



「死にたくない……死にたく……ない……」



 頭の中には、これまでに出会ったヤツの姿が。


 次々と、浮かんでは消える。



 弓矢を持った、クールな女の顔が浮かぶ。



「助けてくれ……ハンター・ハルカ……」



 仮面を付けた、いけすかない魔王の顔が浮かぶ。



「助けてくれ……ジョウカー……」



 おとなしそうな雰囲気の、残虐な女の顔が浮かぶ。



「助けてくれ……ツカサ……」



 共に剣の修行をした、男勝りな女の顔が浮かぶ。



「助けてくれ……サリィ……」



 小さい頃から一緒だった、ふわふわした女の顔が浮かぶ。



「助けてくれ……シャル姉……」



 そして、最期に浮かんだのは。




「マモル……」




 いまいましかったはずの、解呪師の顔だった。




「助けてくれ……マモル……! 助けてくれよおおおおぉ……!」




 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!




「助けてくれええええええええええええええええええええええ! マモルううううううううううううううううううううう! 助けてくれえええええええええええええええええええええ!」




 バズン!




 ……ゴトッ。


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